『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967)完璧な悪役スター、ギャオスをしても駄目なのか?

 ガメラ・シリーズのライバル怪獣の中で、もっとも人気のあるギャオスがはじめてその勇姿をスクリーンに現した記念すべき作品が、この『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』です。大映の作り出したすべての怪獣の中で、ギャオスこそが完璧なフォルムを持って命を与えられました。

 鳥類、爬虫類の素晴らしい機能的な形状と機能を持ち、獰猛さとずる賢さをも合わせ持つ完璧な怪獣がギャオスです。大映の特撮がもっとしっかりと彼を描いていたならば、歴史に残るほどインパクトの強い作品に仕上げられる事もできたと思うと、その機会が失われてしまった事がとても残念です。

 いかにもピアノ線か何かで吊っているのがバレバレの空中飛行シーンにはがっかりさせられます。リアルだったら良いというわけではないのですが、あまりにも安易な特撮には子供でも見向きもしません。

 ドラマ自体は道路公団に色目を使う政治家達の思惑と、政府による土地買収で暴利を貪ろうとする地元民の形だけの道路工事反対運動を絡めて、人間達の汚さを前面に強調する。実写部分にも一本の太い軸を通しているのです。

 今でも通用する人間の汚さを暴こうとするドラマがこの作品を、他の怪獣映画とは違うものに導こうとしていました。つまり名作に成る可能性は十分にあったのです。

 大映怪獣らしく、生物的な特徴を多く持つギャオスには、人間をついばんで食べるという恐ろしい習性や、ガメラに襲われ捕まりかけると自分の足を超音波で切断して逃げるというエグサと狡さを持ち合わせています。

 また、吸血鬼ドラキュラのように夜だけ出現し、血を求めて街を彷徨って、人々を恐怖のどん底に陥れるなど、大映怪獣映画らしい素晴らしい設定、シーン、個性が数多く盛り込まれているのです。であるにもかかわらず、数ある怪獣映画の中でも、そんなに評価されていないのがこの不幸な作品であります。

 名作になり得なかった最大の理由は何か。名作になる可能性をぶち壊してしまったのはヒーローのように振舞う子役の登場であり、彼の出現とともにガメラが堕落してしまう。「子供の味方」、「正義の味方」のガメラの登場である。

 ゴジラが歩んで失敗した道をガメラも歩んでしまいました。大甘のシロップ付けのような作品に成り下がるターニング・ポイントの作品になってしまったのです。

 そもそもギャオスという名前自体がこのガキが勝手に命名したものであり(しかも鳴き声が「ぎゃおす!」に聞こえるからだ、というふざけた理由。)、謂れがあるわけではありません。ガメラの甲羅の上に乗った初めての子供であるこのガキはギャオスの目撃者でもあった為、自衛隊の本部に招かれていました。

 大人の重要な戦略会議にいるだけでも無茶なのですが、作戦まで提言してしまうのは異常です。さらにそれが採用されるのはもっと異常。自衛隊は子供の知恵にも劣るとでも言いたげな演出には苦笑するしかない。

 「ギャオスが襲ってくるのは夜だから、昼間は安全だよ」と子供に教えられる馬鹿な大人達に国防を任せておいて良いのだろうか。

 自衛隊の今回のバカボン並みの作戦は「グルグル椅子作戦」に止めを刺します。首が回らないギャオスの特性を活かし、三半規管を麻痺させようとする間抜けな方針の下、ガメラホイホイに続き、ギャオス回転台を作ってしまいました。結果は当然失敗。

 ゴジラの自衛隊よりも火力が少なく、作戦は子供任せというのは情けない限りでした。日光に弱いギャオス(UV対策が必要なんていうのは若いおねえちゃんみたいだ!)を倒すために採られたのがグルグル椅子作戦でしたが、結局はガメラ頼みになってしまいます。

 平成ガメラ・シリーズで復活した時には子供など出さずに大人だけで作品を構成しており、そのために名作になった第一作目でしたが、もしこれを昭和シリーズでもやっていたならば、東宝よりも支持されていたかもしれません。大映は読み間違えました。怪獣映画の基本は大人の鑑賞に耐えられる作品をまずは作り上げる事なのです。

総合評価 65点
大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス
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