『ザザンボ』(1992)奇才・渡邊文樹監督の問題作。天皇・同和・警察以外なら良かったはずなのに…。

 渡邊文樹という監督の周りには常にトラブルが絶えない。それも法的なものが多く、この映画に関するものでも、死因追及のためとはいえ、モデルとなった少年の墓を無許可で勝手に暴こうとしたりして、これだけが原因ではないものの、少年の遺族から訴えられていますし、また反対にTSUTAYAが渡邊の許可を取らずに、勝手にレンタルで貸し出しをしていたことに怒り、TSUTAYAを相手取って、訴訟を起こしています。

 そもそもこの映画を上映するまでにもかなりの紆余曲折があり、もともと奥山和由プロデューサーが権力を握っていたころの松竹資本で公開されるはずでした。その時に奥山が示した条件は天皇、同和、警察に触れなければ、何を作っても良いというかなりラフで自由なものであり、予算として3000万円が手渡されました。

 にもかかわらず、渡邊は約束を破り、旧家の部屋の壁に天皇家の写真を飾り付け、家の中心に据える。シーンとしては薄暗い部屋の中での10秒にも満たない小さなカットではありますが、観る者は瞬時に田舎ではまだまだ旧態依然としていて、そこでは天皇が家族を纏める象徴としての機能を受け持っていることを知らされる。

 もちろん古いもののすべてを否定するのは間違っていると思いますが、渡邊的な解釈では悪しき因習として描かれている。半分ドキュメンタリーに近い撮影方法で、すべてのシーンで自然光を使い、ドラマ用の照明を使用せずに製作していることもあり、この家の照明がまたたいそう暗い。この家庭には明るさという戦後の家族にあるべき要素が皆無である。明治以来の伝統は残っているようではあります。

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 映画に説得力を持たせるのが素人俳優の起用で、素朴な彼らの演技とはいえないものの、本物の地元民を起用することで生まれる現実感は力強い。こういった使い方はロベール・ブレッソン監督の考えるモデル論にもあります。この映画の場合は予算が少ないというのが最大の理由でしょうが、方言丸出しで聞き取れない部分に字幕をつけるという発想はユニークでした。

 ほとんどの方が視聴するのは困難と思いますので、人間関係やストーリー展開につきましても書いていきます。登場人物全体を俯瞰すると、場所は福島県の山あいの集落が舞台であり、ここには縫製工場を経営する本家の実力者がいて、そこの兄妹が近親相姦を行った果てに男子が生まれる。

 村の風習では近親相姦による子は川に流す掟ではあったが、彼らはそうすることが出来ず、分家扱いの家に妹もろとも嫁がせる。月日が経ち、子は無事に成長し、嫁を迎えるが、近親相姦による子のためか、身体が弱く、長女はあったものの、彼の父親(血が繋がっていない。)は子孫を絶やさぬために、息子の嫁を孕ませて、男子を得る。

 しかし、この子も乱れ切った、この集落の因果のためかは分かりませんが、知的障害を持ち、生まれてくる。身体の弱かった息子はこの物語の頃にはすでに亡くなっている。知的障害を持つ少年は中学生、姉は高校生となり、彼女は本家の跡取り息子と付き合い、妊娠してしまう。

 その頃、ある事件が起こる。中学の職員室で女教師の通帳と印鑑がなくなる騒ぎが起こり、日頃、他人の家に勝手に上がりこみ、食べ物を漁っていたこの少年が疑われる。

 この少年は学校で、執拗に責められた挙げ句、犯人扱いされる。そして、ある朝に少年が首吊り自殺してしまう。そしてザザンボ(葬式)シーンへと流れ込む。この葬式シーンには学校の友人代表が弔辞を表するのであるが、彼らは生前の彼を勉強が遅れるのは困るからと忌み嫌っていたのに、彼が亡くなると何事も無かったかのように“親友”顔して葬式に出席する。嫌なシーンでした。

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 後で分かったことではあるが、通帳を持って、全額を下ろしたのは二十歳位の青年であったという。新聞などのメディアは自白を強要し、暴力を振るったとして、渡邊演じる新任教師を責め立てるが、死因に疑問を持った彼は姉の協力などもあり、何が起こったのかを解明していく。

 さまざまな調査の結果、職員室に侵入して、通帳を盗んだのは少年だったが、それを指示したのは姉が付き合っていた本家の跡取り息子であることが明らかになる。つまりこの跡取り息子がすべての原因であった。自分がしでかしたことにより、姉を妊娠させたのに、その責任を果たさずに、中絶費用を彼女の弟、それも知恵遅れの彼を利用して、窃盗を働かせるという卑劣極まりない情けなさであった。

 さらに酷いのは身内の関係者全員がそういう事情を知っているのに知らないふりを貫く。結果的に、この少年は身内をかばっていたのに過ぎなかったのだが、本家が謝りに来た後に、祖父とトラブルになり、彼によって殺害される。

 この祖父(父か?)もまた人殺しをしているのに平気な顔をして、検死を迎える。事なかれ主義が横行するこの集落では警察も病院も厄介事を敬遠するあまり、司法解剖どころか、まともな検死も行わず、その日のうちに土葬(ザザンボ)してしまう。

 自分が原因であるような濡れ衣の仕打ちを受けた渡辺はとうてい納得出来ないため、墓あばきをしてまで、原因究明しようとするが、暴いているところを村人に見られ、手伝いに来ていた少年の姉が自動車事故に巻き込まれるに及び、村人全員の憎悪を浴び、家族を拉致され、家に火をつけられる。

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 家族を救うために、本家に押し掛けていく彼に村人は憎悪と暴力を振るう。家族もろとも猟銃で撃ち殺されようとした瞬間、家の軒先ですべての原因であった跡取り息子が罪悪感とプレッシャーに耐えられずに、首吊り自殺を遂げる。すべてが終わったわけではないが、跡取り息子のザザンボが済み、少年の祖父も後を追うように心臓マヒで亡くなると、渡邊も荷物を纏め、この地を去っていく。

 この時地面は雪に覆われて、ただひたすらに白いのだが、雪深いこの集落の空は血の色のように、不気味に赤く染め抜かれている。以上がこの映画のストーリー展開と内容です。

 表現で素晴らしかったのは少年を取り調べる場面での微動だにしない固定されたカメラで、これによりクローズアップで固定された少年はどこにも逃げられなくなる。また真っ直ぐに向けられたカメラには犯人を決め付ける意志を感じる。少年が厄介者扱いされていたのを物語る教室シーンでは生徒全員の反発を表すのに、彼ら全員の嘲笑する顔のクローズアップを丹念に拾っていく。

 正直そこまで必要とは思えませんでしたが、この映画には商業映画にはない独特の映像センスが散りばめられている。暴力を振るわれるシーンはどれもほとんどが闇の中で行われるが、これも誰も責任を問われない状況では何をするか分からないことを表すようだ。少年の母を昔に抱いた過去を持つ渡辺教師というシーンがあり、姉はじつは渡邊の子供なのではないかと暗示される。渡邊の映画には人妻との不倫シーンが度々登場し、『家庭教師』『島国根性』にも出てくる。

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 祖父が専制君主の如く、厳として君臨しているこの家には都会人からすると、異常に思える事象が数多く存在している。先ほどから述べた皇族の写真などは些細なことでしかなく、近親相姦や窃盗、町の有力者の子弟と少年の姉が付き合った結果の妊娠中絶騒ぎも発生していく。

 とりわけ近親相姦問題は深刻で、この少年の父親には子種がなく、すでに死去しているし、少年は祖父が息子の嫁を孕ませた結果に生まれた子供であった。祖母にも同じく近親相姦の末にこの家に嫁いで来ている。虐待も繰り返されているようで、シーンの端々に少年がこの祖父を恐れているのが分かる。

 乱れに乱れた因習が明らかにされそうになると、生け贄としての少年の自殺事件が起こる。他人の家に入り込み、盗みを働いてくる少年ではあるが、彼は近親相姦の影響からか知的障害があったという。

 そういう子供が自分の意志で、盗みなど働くだろうか。しかも女教師の通帳が盗まれたという事件ではあるが、現金は他人がすべて下ろしていたようである。遺書の存在も問題視されていて、知的障害者であった少年が書けるような内容ではないものであったという。このように何らかの意志が強く働いた上の“自殺”にたいし、渡辺の疑念は強くなる一方であったのだろう。

 祖父が関わっているのではないのかという信念により、渡邊は祖父に疑いを向ける。自殺ではなく殺人事件なのではないか。そういう疑念を持ったとしても、警察も有力者も、関係者全員に迷惑がかかっていく事案の性質上、みな口は固くなり、誰も何も言わなくなる。

 その結果として渡邊が起こしてしまったのが、例の少年の墓暴きだったのでしょう。ただ疑念を持ったからといっても、やって良いことと悪いことがあるのは当然である。村社会ではすべてを隠蔽し、よそ者には何も明かさない。日本は今でもそういった体質を強く残していて、一企業内でしか通用しない非常識なルールが普通に罷り通っている。

 よくあるのが創業者一族が力も能力も無いのに、旧態依然の考え方と因習を社員に押し付けてくるというものです。昔はそれで通用したのでしょうが、スピードが求められる現在ではこういった一族は単なる遺物にすぎず、会社には不必要である。

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 この映画には日本社会が抱えるダーク・サイドが抉り取られている。目を背けるのは勝手ですが、見てみぬ振りをしても、世界は何も変わらない。なかなか観ることの難しい作品ではありますが、自主上映会などを丹念に探し出し、自分の目で観るべき作品です。

 VHSテープらしきフォーマットから、そのままDVD化したような音源がヤフオク等で出回っています。これが正規盤なのか海賊盤なのかは判別しかねますが、この映画のDVDはメジャーな映画会社から発売されているわけではありませんので、渡邊サイドの製作した商品なのかもしれません。

 もともとは先述したように松竹系で公開されるはずでしたが、最終的には渡邊サイドがフィルムを買い取っていますので、彼らがどのように発売しようが、松竹は文句を言えません。ただ、現状はそれでも難しい。遺族と渡邊サイドとの訴訟の和解の条件として、個人向け用の販売を認めないという条項があるからです。

 戦後30年を経てなお、旧態依然としていた田舎で起こったこの騒動を通して、日本社会そのものの欠陥を明らかにしていく。その試みは舌足らずな部分があるにしても、十分に挑戦的であり、権威として君臨している者や権力を掌握している者にはたいそう都合が悪い。禁忌であるテーマに取り組み、自分の納得する内容に仕上げようとすると、軋轢が生じ、その後のキャリアにも多大なる負の影響が出てくる。何十年か経ったとき、または違う国で見られたときに真価を理解されるのでしょう。


総合評価 80点




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この記事へのコメント

2011年03月18日 18:01
初めまして。
この映画10代のときに自分も見ましたよ

しかもこの次に「罵り雑言」(バリが変換しません)という同じ監督の映画も見てしまいました

ザザンボはそういった内容だったので、普通は描かれない内容ということで見てよかったって感じに思ってたんですが。

ばり雑言は、実話かは知りませんが本当に内容というかストーリーでの出来事に怒りを感じて、しばらく辛くなったので
10数年たってる今でも思い出すのも辛いトラウマになってます

2011年03月18日 18:15
ばり雑言のほうは見たの後悔してて。
今まで、あの監督なんだったんだろうって思っても、インターネットなどで探してみたりしませんでした

けど今日突然そんな気になったのでザザンボって検索してこちらにお邪魔することになりました。

ザザンボの話の流れとか、忘れてたり分かってなかった所多かったと思うので
見れてよかったです
ありがとうございます

ばり雑言が、原発を題材というか出てくる内容だったので、全然内容は違いますが、現在ニュースで原発を毎日見るのでやっぱり思い出しました。

地域の方々が全員脱出できるように国が責任持たないと許せませんよね。
自分が物質を届けたいぐらいです。。。。

2011年03月18日 19:41
 ☆さん、こんばんは。
 基本フィクション映画なのでしょうが、モデルは存在するでしょうね。

 記事でもストーリー展開とお断りしているのに、以前にこの作品と『罵詈雑言』のレビューについて、「ドキュメンタリーだと思っているのか?」的なわけの分からない言いがかりを付けられて辟易したことがあります。

 作品が一般的に視聴しづらいために生じる誤解からくるのでしょうが、色々な人がいるのだなあ、と驚きました。表現の問題が多少あっても、判断するべきなのはそれを見る視聴者であって、製作サイドには勇気を持って、販売して欲しいと思っています。

>脱出
国や東京電力には希望的観測でなく、最悪どうなるかという危機管理スタンスで事象に当たってほしいですね。現地で行動している東電の現場スタッフや自衛隊や米軍の方は必死で頑張ってくれていると思いますので、上層部には覚悟を決めて欲しいですね。

ではまた!
紅茶2g
2011年04月01日 13:50
はじめまして。昨今の原発の問題で「罵詈雑言」の記事を読ませていただき、この映画に辿り着きました。

このザザンボという映画なんですが、私が小学生の頃地元の市民会館で上映されていて、ポスターの衝撃的なデザインや煽り文句から話題になっていたものでした。結局私は怖くて見れなかったのですが、公開時に市民会館のスクリーンに少年の幽霊が現れたと騒がれて今でも当時のことを鮮明に憶えている出来事でした。

ただ当時幼く、映画のタイトルを忘れてしまっていたのでもう目にすることを諦めていたのでこの記事にあるポスターを見て驚きました。このような形で確認出来たことにひどく感動しています。また、当時から20年近く気になり続けていたストーリーもこうして読むことができて感謝しています。

ありがとうございました。
2011年04月01日 22:30
 こんばんは。

 この映画って、じつは近所で上映されたりしていて、丹念に上映会の開催を探したりしていると、何かの機会に見ることが出来るようですよ。

 僕の家の近所にもおっしゃるような煽り文句が殴り書きされたポスターがあちこちに貼られたりしていました。『ザザンボ』『罵詈雑言』『御巣鷹山』などのポスターが電信柱に貼られ、上映会が終わっても放置され、雨に濡れてベロベロになるまでそのまんまでした。

 現状では原発を扱った映画は上映も放映も中止されることが多く、なかなか見ることも難しくなっていますが、そうした映画には政府には都合の悪い反原発映画も多いので、メディアが反権力を気取るのならば、きちんと放映や上映をして欲しいと思っています。

 ではまた!
聞いたことがあるだけ
2012年08月31日 17:41
ざざんぼは葬式を意味すると知りました。今まで摩訶不思議、不条理、気持ち悪い状況状態の際「ざざんぼ」と比喩的に?勝手に使ってきました。ストーリーが初めて分かり恐縮です。罵詈雑言(ばりぞうごん)はタイムリー。原発ゼロとか「反」とか「なくせ」という世論が盛り上がっている時世、必見の価値あり。
2012年09月02日 01:28
 こんばんは。

この映画はなかなか見ることが難しいので、できるだけストーリー展開が分かるような文章にしました。

色々問題もあるのでしょうが、正規でDVD販売をして欲しいですね。

原発問題はひとりひとりが真剣に考えねばならないので、選挙などでも態度をはっきりとさせた候補者に投票しようと思っています。ではまた!
聞いたことがあるだけ
2012年09月05日 15:57
人生「これでいいはずあんめぇ」と感じることが何度か(も)あります。生きることは適応していくことだとすると大変な世の中。観てみたいですDVD。
2012年09月06日 18:06
 こんばんは。

>DVD
たまに上映会で購入されたらしいDVDがヤフオクに出品されていることがありますので、小まめに探されると手に入れられると思いますよ。

一番いいのは近くで上映会があれば、その会場で買うのが手っ取り早いですが、いつかというのはなかなか分かりませんので、難しいですね。

ではまた!
聞いたことがあるだけ
2013年07月05日 11:17
正月に初めて「野生の証明」をテレビで見た。何かを美化する映画ではないと。そこにもザザンボが入っているように感じた。ザザンボ的要素っていうんでしょうか。

いわき市の出身です。磐城高校卒じゃありません。

2013年07月07日 08:15
 おひさしぶりです。

>「野生の証明」
なつかしいですね。たしか薬師丸ひろ子が初出演したやつですよね。健さんが彼女を抱きかかえるシーンを覚えています。観たのは小学生の頃だったはずですが、なんかいつもと違う感じの変わった映画だなあという印象でした。

ではまた!
聞いたことがあるだけ
2013年09月28日 22:19
ポピュラーな病にかかっています。今日「約束 名張ぶどう酒事件死刑囚の生涯」を観ました。そこにもザザンボらしき影が。墓を掘りおこすってフツウじゃない。何かあるんだろう。作品は何を訴えたかったのか。生きてるうちに
ザザンボがみたい。
2013年09月29日 21:04
 こんばんは。おひさしぶりです。

>ザザンボがみたい
前にも書きましたが、自主制作版がヤフオクとかでたまに出品されているようなので、探せば見つかるかもしれませんよ。ただ高そうですね。

独特の世界観を持つ監督なので、面白いかどうかは人それぞれでしょうが、見る価値はあると思います。

 普通にDVDとかで見られる日が来ると良いですね。 

ではまた!

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    Excerpt:  2005年にブログをはじめてから、いつの間にか10年以上が経ちました。先日、よく遊びに来ていただいているさすらいの映画人とのお話の中で、アクセスについて触れることがあり、今回の記事を思いつきました。.. Weblog: 良い映画を褒める会。 racked: 2017-06-08 01:07