『椿三十郎』(2007)黒澤映画最大のキャラクター、椿三十郎を復活させたのは吉か凶か?

総合評価 74点

 観に行ったのは12月6日、木曜日の初回上映時でした。いつもならば平日のこの時間だと僕の町の劇場では、客入りは半分以下が当たり前になっていて、座席指定はあるものの実際は「自由席」というのがいつもの風景なのですが、今日はなにやら違っています。

 なんとチケットを買うのに列が出来ていて、30人以上並んでいるではありませんか。もちろん客層は異常に高く、50歳以上ばかりではありましたが、まさかこんなにリメイクに並んでいるとは思わなかったので嬉しい誤算ではありました。

 結局300人埋まるシネコン四階のスクリーンには、隣で『続ALWAYS 三丁目の夕日』を同時間に上映しているにもかかわらず、6割以上は埋まっていました。しかも今日の観客は行儀がよく、誰も非劇場型な行動を取りませんでした。みな心から楽しんでいるようで、時折笑いがあちこちから聞こえました。

画像


 では作品の出来はどうだったのか。まず気になったのはストーリーで、もしかすると現代風アレンジが加えられてしまって、全く別物になっているのかが不安でしたが、脚本とストーリー構成は完全にオリジナルを遵守していました。黒澤明、菊島隆三、小国英雄の3人が膝を突き合わせて作ったものを壊す暴挙を犯さなかったのは賢明でした。

画像



画像



 演出面では、この映画で最大の見せ場となる決闘シーンでの緊張感と血しぶきをどう表現しているかに集中して観ていました。昔のモノクロならともかく、吹き上がる鮮血はカラーではどぎつい印象があるので、血しぶきを音響だけで処理するのは正解だと思いました。

画像


 また椿の鮮烈な白と赤を際立たせるためか、着物その他の色合いというか全体のトーンを暗めに設定していました。三十郎と半兵衛の着物もくすんだ緑と小豆色で分けられています。

 ただ最後の斬り合いを二度も見せ、しかも二回目がスローでモノクロというのは無意味です。今のシーンをもう一度!というのは下世話すぎて、せっかくそれまでイメージをキープしていたのが崩れてしまいました。ただこの一点のみで作品を否定するのは間違っています。黒澤への尊敬は十分に感じます。マズいのは腰元のガッツポーズかなあ…。

 ただ難点もあります。カットを割りすぎているのです。黒澤映画の手法が確立されて以降は基本的に彼が多用したのはマルチ・カメラ方式による長回しでした。ミザンセヌを見ているとかなり黒澤的な画を採用していたので、カメラ・ワークも遵守するのかと思いきや、カットを割っていくことが多かったのは少々残念でした。

 三船敏郎ほどの野獣のような獰猛な動きを織田裕二に期待するのは無理でしたので、このカット割りの選択は妥協の産物だったのでしょう。だがそれだけで価値がなくなるほど薄っぺらい作品ではないのも事実です。

 なによりも演技で注目していたのは織田の立ち回りでの素早さはどうか、セリフ回しはどうなのかが中心になっていました。それを解決するために採られたのがテンポ良いカット割りでした。織田裕二自体に問題があるのではなく、三船敏郎が速過ぎるのです。

 織田は集中して最良の動きと彼自身の三十郎の演技をしようとしています。リメイク版では殺陣シーンでの息使いの荒々しさが強調されていて、黒澤オリジナルのスーパー・マンとしての椿三十郎ではなく、普通より強靭に鍛えた人間三十郎を主人公に持ってきていました。

画像



 この辺が現代風とも言えます。その他の俳優陣では平田昭彦がしていた伊織役を松山ケンイチが演じています。彼の演技は素直で中庸の侍を上手く演じていました。昔は東宝所属の俳優だけで一本作れましたが、いまではそれも夢のまた夢になっているのは時代の流れなのでしょう。

 一方もう一人の主役、室戸半兵衛を演じた豊川悦二には複雑な思いがあります。前半の台詞回しがどことなく上滑りしているように思えるのです。まさか仲代達矢への遠慮からではないのでしょうが、どこか不自然でした。

 それも時間を経るにつれ、そういう上滑りはなくなり、最後にはしっかりと室戸半兵衛になっていました。彼には期待が強すぎたためについついそういう感覚で見てしまったのかもしれません。実績のある人だからこそ、要求も高くなってしまいます。人選は間違ってはいません。

 他に作品のリズムを換える重要な息抜きとなる中村玉緒、鈴木杏のノンビリ親子コンビ(オリジナルでは入江たか子と団令子)とその夫の藤田まこと、そして押入れ侍を演じた佐々木蔵之助(オリジナルは小林桂樹)、グラビア・アイドル森下千里とすほうれいこのセクシー腰元チームが印象に残ってます。

 ではなぜ最初に持ってきたのが『椿三十郎』だったのでしょう。そもそも『椿三十郎』と『用心棒』のユーモアの違いはブラック・ユーモアのどぎつさにあります。製作権を獲得した角川春樹がリメイクの最初の作品として、このカラッとした笑いが取れる『椿三十郎』を持ってきたのは正解だったのかどうかは定かではありませんが、お正月映画に持ってくるには『用心棒』は凄惨すぎるので、この判断を支持します。

 音響では最大と最小のバランスを考え、クライマックスでの無音決闘シーンに向けて、音作りをしている。2パターンあるテレビ・スポットでの心臓バクバクを聞いたときには幻滅しましたが、本編ではオリジナルと同じサイレントでの音作りをしていました。

 音楽的には佐藤勝の快活な曲調はそこにはなく、新たなモチーフがつけられています。平成版のみしか知らなければ、特に問題はないでしょう。佐藤勝のモチーフを知る者からすると、寂しい限りですが、いつまでも半世紀前の映画にただノスタルジーを持ち続けるのも無意味なことなので、新たな試みを受け入れるべきなのでしょう。

 むしろ森田芳光監督や大島ミチル(音楽)による新たな解釈を黒澤ファンも喜ぶべきなのかも知れません。他人の意見を全否定しがちな孤高のファンが多い黒澤映画ではありますが、自分も含めて、全ての黒澤映画ファンはこの椿を否定してはならないのです。

画像



 演劇を例に取ると一番分かりやすいと思うのですが、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』が最初に上演されたのは日本でいうと戦国時代に当たります。その後も時代を超えて、何度も上演されていますが、俳優も演出家も当然ながら違います。

 『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』もしかりです。それでも需要があるからこそ、何度もリバイバルされるわけです。演出家のアイデアの良し悪しによって、舞台の出来もかわりますが、それをも楽しむ余裕を持っているのが演劇ファンなのではないでしょうか。

 黒澤明監督も『蜘蛛巣城』は『マクベス』、『悪い奴ほどよく眠る』は『ハムレット』、『乱』は『リア王』からインスパイアされて、それを翻案してシェイクスピアという最高の脚本家の作品をベースに用いて、傑作映画を何本もモノにしています。

画像



 一方、コアな映画ファンは基本的にリメイクを嫌います。思い入れが強ければ強いほど、全否定します。演劇では許されるライブの失敗は上演を重ねる毎に修正出来るが、フィルムに焼き付けられる映画では失敗は許されない。

 失敗作品が何十年もの間、世界のどこかに保存されていて、成功した監督の失敗作品、売れる前のスターが出演していたクズ映画ほどカルト映画として持て囃されたりするのが現状です。そのため製作者、監督、俳優は冒険よりも安定を選ぶので、どの作品を観ても公式化されたストーリーと映像を観ることになります。それは安心感を与えるので、そのやり方を変えるのは容易ではない。

 いろいろと言いたい事があるのは分かります。しかし、せっかくの黒澤映画の復興チャンスをマニアが邪魔してはならない。新作に不満でも、いつものように喚いてはならない。新しいファン層を増やせる良いチャンスなのです。心して語らなければならないのが、今回の『椿三十郎』のリメイクなのではないでしょうか。

 上手く作っています。ラストの決闘シーンを除いて…。

この記事へのコメント

にじばぶ
2007年12月15日 14:02
こんにちは。
おや?画像を入れられたんですね!
私も当初は文字のみで更新していましたが、最近は積極的にジャケット画像などを挿入するようにしました。
少しは画面栄えがするかと思いましてね^^;
2007年12月15日 15:55
こんにちは。
僭越ながら、映画の感想は、私もほぼ同感です。
最後の殺陣の変更はきらいではないのですが、スローでのリプレイは不必要ですね。残念です。
また、途中の殺陣も私はなかなか好きですし、好みの問題ですが、私は細かな割がけっこう好きなのでさほど抵抗なくみれました。当然、オリジナルとくらべてという部分はなしにして。

思ったよりもガッカリせずに、楽しめた作品でした。TBさせていただきます。では。
2007年12月15日 19:25
 にじばぶさん、こんばんは!
最近は前と違い、毎日更新するということもなくなり、ゆっくりと更新記事を書いていますので、画像も取り入れて、見てくださっている人に、字ばかりで苦痛を与えないようにしているつもりです。
 見た目も楽しいですしね!ではまた!
2007年12月15日 19:30
 イエロー・ストーンさん、こんばんは!
>最後の殺陣の変更はきらいではないのですが
 僕もそこを否定するつもりはありませんよ。なにがなんでも黒澤監督の画にこだわる必要はありません。
 変化を許容してこそ、新しいファン層獲得につながるというスタンスです。
 客入りがどうなっているのかは分かりませんが、良く出来ているし、細部を観るためにも、できれば劇場で観て欲しい作品です。
 ただあのスローは100パーセント不要ですね!ではまた!
axis_009
2007年12月23日 12:21
こんにちは。
三船・黒澤版が良すぎたんでしょうね。あれ以上のものを造ることが出来る筈が無いのに、リメイクに手を出したこと自体、最初から無謀だったということかもしれませんね。まぁ、このところ藤沢周平作品の映画化が(出来は良いものもあれば悪いものもあるが)、興行的にはある程度良い結果を残しているので、藤沢じゃあれなんでこっちは一段と話題性のある黒澤時代劇で、なんて安易に考えたのかな?(推測)
 映画館で観て損をしたと思うようなダメダメな映画という訳でもなくて、そこそこ楽しめたんですが、どうしても三船敏郎版と較べると、椿三十郎の背中が小さく見えちゃって...。

でも個人的には意外と織田裕二が(正統派じゃないけど)時代劇も色々出来そうな感じがあって、これぐらい出来るんなら藤沢周平ファンの私としては織田裕二主演で映画化して欲しい藤沢作品がいくつかあるなぁ。

総合評価:55点(これがリメイクではなかったとしたら85点)
2007年12月24日 02:06
 axis_009さん、こんばんは!
 まあ、オリジナルを超えるのはほとんど無理なので、個人的には演劇のキャストの替わった「再演」と同じような感覚で観ました。
 黒澤演出と三船敏郎の「シャア(もちろんガンダムの!)」のような動きを期待するほうが間違っていますので、僕は穏やかな気持ちでイライラしないようにリメイクを楽しんでいました。
 かなり文章に無理がありますが、黒澤復興を黒澤ファンとして邪魔したくないので、不満点はあえて書きません。
 賛否両論あるのでしょうが、ぼくは織田の健闘を讃えたいですよ。
 ではまた!
キングギドラ
2007年12月25日 12:41
メリークリスマス!素敵なイヴの夜を過ごされましたか。私は淋しい友人に付き合っての忘年会でした(笑)
画像の張り方を知らないのでコメントのみでご容赦願います。今年も残り1週間。大過なく新年をお迎え下さい。

この作品、私も観ました。映画としては面白かったですね。思ったよりも良く出来ていました。観て損はないと思います。脚本がいいから(笑)場内も笑いが起きて観客の多くは楽しんでいたようです。
でも殺陣はやはりもう少しですね。言われるようにカット割りで助けていましたね。最後の一騎打ちも変えるにしてももっと短く、一瞬の勝負にしないとあの距離での剣豪同士の闘いには見えません。
それと織田裕二、39歳なのに若過ぎます。三船が41歳の時ですが大人と若者の差がありました。現代青年を演じる場合は歳より若いのは良いですが、三十郎を演じるなら大人を表現しないと。いつもと同じでは演技の幅がない事を証明したようなものでした。
2007年12月26日 00:45
 メリー・クリスマス!
観に行かれたんですか!楽しまれたことと思います。館内では結構笑いもあり、久しぶりに観客の一体感を多少なりとも味わえましたね。

>殺陣はやはりもう少しです
 ですよね…(汗)。緊迫感を盛り上げようとしていたのは分かるのですが、最後の最後で「スベッた」感がありました。スローモーションが後味を悪くしていますね。
>39歳なのに若過ぎます
「人間五十年」の時代での39歳というと初老?でしょうから、あの小ざっぱりした肌つやはないでしょうね。ただ役作り上、現在の観客には不潔で、むさ苦しい浪人は受け入れられないだろうとの判断があったようですよ。
 ではまた!
たいやきくん
2007年12月29日 22:31
 こんばんは。私も「三十郎」楽しく観させて
頂きました❥特に佐々木蔵ノ助(字が違ってた
らすいません…)の役は当たりだったと。。。
 ただ、残念に思うのは、織田裕二の良さ、
映画のストーリーの良さを、中村玉緒を起用
した事で、半減させてしまってたようにも思うのですが。。。そう思うのは私だけでしょうか…?
2007年12月30日 01:26
 たいやきくん様、こんばんは!
予想してるよりも、だいたい2割増くらいは楽しめる映画でしたね!

>中村玉緒を
ちょっとくどかったですね。オリジナルの入江たか子のほうが同じ役柄でもおっとりとしたなんともいえない気品がありました。
>私だけでしょうか…?
僕もですよ(笑)
ではまた!

猫姫少佐現品限り
2007年12月31日 23:49
いつもありがとうございます!
今年はおサボり気味で、ごめんなさいでした。
来年もよろしくお願いしますね。
良いお年を~!
2008年01月01日 12:54
>良いお年を~!
すいません!年明けちゃいました(汗!)

 姫様、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!
オカピー
2009年01月10日 02:30
こちらから新年のご挨拶にお伺いする予定でしたが、あれやこれやするうちにこんなに遅れてしまいました。

明けましておめでとうございます。

全く脚本をいじくっていないので、物語が面白いのはほぼ当たり前。いかに最近評判が悪いとは言え、森田監督はそれほどへっぽこ監督ではありません。

しかし、役者がダメだ。
織田裕二は僕も頑張っているけど、仰るように三船のスピードをまねるべくもなく、ああいう細かいカット割りになってしまう。がっかりですよね。
ならお笑いのほうに期待したものの、中村玉緒さんが全く善戦できずに撃沈。地がとぼけた人はおとぼけ演技はダメなようです。

細かいカット割りで思い出しましたが、ボーン・アルティメイタム」を念の為に5分間だけ数えてみたら、240カットありました。2時間に直すと5000を超えます。ヒッチコックの「鳥」が1200で多いと言われたのに。とほほ。

本年も宜しくお願い致します。
2009年01月10日 21:33
 明けましておめでとうございます!
 この映画はともかく、『隠し砦の三悪人』は話題にものぼりませんでした。去年(一昨年?)はテレビドラマで『生きる』『天国と地獄』もリメイクされていましたが、出来は悪かったですね。
 完成度が高い作品をいじくり回すと碌なことはないのは誰にでも分かりそうなのですが、会社内では分からないのでしょうね。
>細かいカット割り
 最近の映画はアクションに限らず、細かすぎるカット割りか、場違いで仰々しい音楽か、誰に向かってしゃべっているんだいという説明的台詞に頼りすぎていて、なんだか観ていると、腹立たしいを飛び越えて、痛々しいものが多い気がします。

 できるだけ貶さないように思って、新作映画の記事の下書きとかを書いていると、どうにもこうにも悲観的な感想ばかりになってしまい、結果ボツにしてしまうのが去年は十数本ありました(笑)

 今年もいったいどんな記事を書いていくのやら見当もつきませんが、お付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします。ではまた!

この記事へのトラックバック

  • 椿三十郎 (森田版)

    Excerpt: 昨晩、「椿三十郎」を鑑賞してきた。 Weblog: 取手物語~取手より愛をこめて racked: 2007-12-15 15:56
  • 【2007-173】椿三十郎

    Excerpt: 人気ブログランキングの順位は? 藩の不正・汚職を正すため 立ち上がった九人の若い侍が、 ”茶室の三悪人”の罠に堕ちた・・・。 絶体絶命の危機を 一人の浪人が救った。 こ.. Weblog: ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! racked: 2007-12-24 23:29
  • 椿三十郎 07216

    Excerpt: 椿三十郎 2007年   森田芳光 監督  角川春樹 制作総指揮  大島ミチル 音楽  菊島隆三 、小国英雄 、黒澤明 脚本  山本周五郎 原作(日日平安 Peaceful Da.. Weblog: 猫姫じゃ racked: 2007-12-31 23:50
  • 椿三十郎(2007年公開版)

    Excerpt: お正月に映画館に行くのが 最近の恒例になってきました。 今年はこの作品です。 あの黒澤の名作を森田芳光監督がリメイク。 お得な割引券を貰ったのですが、 上映時間がちょっと早い時間。 でも頑.. Weblog: 映画、言いたい放題! racked: 2008-01-03 23:53
  • 映画評「椿三十郎」(2007年版)

    Excerpt: ☆☆☆(6点/10点満点中) 2007年日本映画 監督・森田芳光 ネタバレあり Weblog: プロフェッサー・オカピーの部屋[別館] racked: 2009-01-09 23:45