『イヴの総て』(1950) アカデミー賞を取ったのも頷ける、名作中の名作。ネタバレあり。

 ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の最高傑作であり、映画でなければ表現できない映像が非常に多い、テクストとして見ても素晴らしい作品です。映画の主要要素である脚本、演技、演出、音響、環境に加えてアイコンである女優の人選がとりわけ素晴らしい作品でもあります。アン・バクスター、ベティ・デイヴィス、そしてマリリン・モンロー。女優さんを見ているだけでも楽しい時間を過ごせます。

 とりわけインパクトが強いのは前半のベティ・デイヴィス、そして後半のアン・バクスターです。見たまんま悪女であるヴァンプ女優ベティにも感激しますが、前半ではサクセスストーリーを夢見る観客の感情移入の対象だったアンが、後半になって徐々に本性を現すところの恐さがとても良く表現されていました。見た目で恐い「毒婦」ベティー、性悪で狡猾なアン。どちらも悪女を演じていますが、アンの方が性質が悪い。

 演技者としてはアン・バクスターのほうが、よりやりがいのある仕事だったのではないかと思い、見ていました。照明の当て方もベティにはくすんだ感じで、そしてアンには前半は明るく力強く、後半には明るいが光と影がはっきりと解るように当てられているように思われました。

 映画に限らず演劇でもそうなのですが、ベビー・フェイスを演じるよりも、悪役の方が記憶に残るものです。アン・バクスターは、この作品に関しては稀代の悪女として、あのベティ・デイヴィスを喰ってしまったのですから大したものだと思います。観客の感情移入の対象もアンからベティに変わるという脚本と演出の力量も優れています。

 退廃的な悪女の目を持つベティーと知能犯の冷徹な目を持つアンの目。二人の目の演技を見ていても、演技で占める目の重要性が理解できます。濃厚な女優の演技を140分間近くじっくりと見ることが出来る貴重な一本です。男優も素晴らしく、ジョージ・サンダースを筆頭に複雑な人間を演じています。女優も男優も素晴らしく、作品を引き締めています。

 ストーリー展開の手法にも工夫が随所に見られ、何人もの人間によるモノローグによるフラッシュ・バックや、時間や立場が交互に入れ替わる脚本の妙に舌を巻きます。こんなに複雑な構成をこのようにスマートに纏め上げた編集と演出の素晴らしさは、名作と呼ぶに相応しい作品です。

 ストーリー構成として、悪女アンが不幸に破滅して終わることなく、観客の心に何かわだかまりを感じさせながらも、ハッピーエンドを迎えて生き長らえさせてしまうところは、リアリスティックで素晴らしく、勧善懲悪の子供だましにならない大人のストーリーであり、凡百のサクセスストーリー映画とは一線を画す、「毒」に満ちた成功を描いた作品である。

 とりわけ特筆すべきこととしては、演劇界の舞台裏を暴きだした、演劇の作品であるにもかかわらず、演劇のシーンが全く描かれず、台詞で全てが説明されていることでした。あくまでも主題は「舞台裏」であり、「舞台」ではないという、マンキーウィッツ監督の強い意志を感じます。ともすれば最初のシンデレラ・ストーリーのような展開がされる時には、舞台の様子を見たい衝動に駆られますが、そして会社も演劇シーンを求めたと思われますが、敢えて見せずに観客の想像力を膨らませる脚本と演出は見事です。

 こんなに素晴らしい作品が古いと思われて、見られないのは本当にもったいないことなので、是非見て欲しいと思います。映画のネタは、実際にはヌーヴェル・ヴァーグと、60年代後半から70年代初めにかけてのアメリカン・ニューシネマの動きを最後に取り尽くしてしまっているのですから、これ以降の映画にオリジナルなものはほとんど皆無です。

 映像にも、素晴らしいものがあちこちに転がるように作品中にちりばめられています。パーティー時の階段シーンでの3人の構図、同じく階段での座り方の滑稽さ、だんだんどぎつくなるアンの化粧、ラストでの鏡を使った虚構を隠喩するシーンなどなど。画面の奥行きを感じさせる撮影も素晴らしい。映像にも見所が沢山あるので、何度でも繰り返して見れる奥深い作品です。

 音楽の素晴らしさも忘れられない作品でした。喧嘩するために別室へ下がった時に、かすかに聞こえる『ブルー・ムーン』のピアノ音。なんて効果的なのだろうと、一人で唸っていました。オフ・スクリーンを感じさせる音というと普通は画面の左右だったり、上だったりすることが多いように思います。ホラー映画などでは後ろからというものもあります。

 しかし普通のドラマ作品で、会話している背後の壁の後ろの空間の広がりを感じさせる音響の作り方というのはあまり他では覚えがありませんでした。画面に奥行きを持たせる音の作り方が優れています。反面、いくつかの室内シーンで、人物の会話にエコーがかかっているところには作り物の臭いがしたのが残念でした。
 
 そういう残念な点が少しはあるものの、お世辞ではなく、50年代という時代を代表するアメリカ映画の最高峰であるのみでなく、映画史に残る永遠の映画なのではないでしょうか。
総合評価 95点
イヴの総て
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この記事へのコメント

2005年12月15日 16:56
 こんにちは。
 この映画はお見事です。楽屋裏映画としては、「サンセット大通り」と並ぶ名作・傑作。内容は大分違いますがね。
 映画作りの苦労では「アメリカの夜」が断然優秀。
 新作を十本観るよりこのうち一本をもう一度見たほうがどんなに刺激を受けることか。でも新作も観ないと...。
2005年12月15日 23:13
 こんばんは。時代を超える映画は数多くあり、これはそれらのうちの一本ですね。

 特に個人的には制約の多いサイレントやモノクロが好きですので、どうしてもここで取り上げる作品もそうした映画が多くなってしまいます。

 カラーにももちろん良い作品は存在しますので、偏らないようにしなければ、とは思うんですけれど。まあいいかあ、という感じです。

 ではまた。
蟷螂の斧
2017年07月30日 23:54
>どちらも悪女を演じていますが、アンの方が性質が悪い。

女同士の凄いバトル

>ワイルダーやルビッチは画で語る作家でしたので、今見ても凄味を感じますね。

生まれながらの才能。まさに天才

休日出勤&地元の祭りの手伝いでクタクタの蟷螂の斧でした・・・・
2017年07月31日 00:47
こんばんは!

>バトル
名女優と言われる人が二人揃うと火花が散りますねww

ベティ・デイビス対ジョーン・クロフォード

ジョーン・クロフォード対グレタ・ガルボ

プロレスの名勝負みたいwww

>休日出勤
しんどいですね。ぼくもけっこうありますよ。
まあ、電車も車も空いているのが救いですかねww

そのぶん代休があるわけですし、明るくやりましょう!

ではまた!
蟷螂の斧
2017年08月02日 07:35
映画を見た後、大御所猪俣勝人先生の著作を読みました。
新人だったマリリン・モンローの事も載っていました

>名女優と言われる人が二人揃うと火花が散りますねww
>プロレスの名勝負みたいwww

同感です
さて、自転車出勤です。
2017年08月03日 00:13
こんばんは!

モンローって、セクシー・イメージが強いですけど、コケティッシュというか、ふんわりした感じの可愛らしさも魅力的ですね。

>自転車
健康維持にもお財布にもチャリは良いですねww

ではまた!
蟷螂の斧
2017年08月04日 08:32
>コケティッシュというか、ふんわりした感じの可愛らしさ

後年アメリカ大統領と浮名を流すほどの大女優になった事を思うと世界の可愛い女の子はみんなイヴなのではないかと言う気さえしてくる。」と猪俣先生が書いています。

この映画の邦題もいいですね
「全て」ではなく「総て」だし
2017年08月04日 17:37
こんばんは!

>みんなイヴ
恐ろしい世の中ですねwww

最近、就活が終わった4回生の娘と話していて、もうじき卒業だからパパのすねをカジれるだけカジりやと言うと

「(ぼくのを)かじらせてください」と言われ、ドキッとしましたwww

みんな悪女(小悪魔)のようですww

ではまた!
蟷螂の斧
2017年08月14日 10:40
昨日まで4日間、東京に出張。疲れました・・・

>就活が終わった4回生の娘

来年4月から社会の厳しさを知る訳ですね。

>みんな悪女(小悪魔)のようです

ルパン三世に言わせれば、そこがまた女の可愛らしさかも・・・
蟷螂の斧
2017年08月14日 10:40
昨日まで4日間、東京に出張。疲れました・・・

>就活が終わった4回生の娘

来年4月から社会の厳しさを知る訳ですね。

>みんな悪女(小悪魔)のようです

ルパン三世に言わせれば、そこがまた女の可愛らしさかも・・・
2017年08月15日 00:32
こんばんは!

>出張
うわあ!お盆に大変でしたねww

>社会の厳しさ
今日と昨日で今年四月から働き出した娘たちが帰省してきたので会いましたが、ノンビリしながら地元銀行や商社、教職(ベロベロに酔っ払いましたw泊めろと言われたので嫌じゃと突き放しましたw)で働いているようでした。

>可愛らしさ
このすねかじりたいっ娘は現役ですが、一回生の時から知っているので娘のようです。ウナギが食べたいと言い出したので、今度料亭に連れて行く予定です。

ああいうところも一度行っておけば、今後ビビることもないでしょうし、格式にあてられることもないでしょうから、予防接種みたいなものですw

ではまた!
蟷螂の斧
2017年08月15日 19:22
>一回生の時から知っているので娘のようです

用心棒さん。まるで大学の教授か准教授のようですね

>ノンビリしながら地元銀行や商社、教職

都会よりも地元(田舎)で働く方が楽です
昔からの知り合い、友達、親戚がいるし

>ああいうところも一度行っておけば、今後ビビることもない

僕なんぞはボッタクリに遭いそうです
知人に連れられてカニ料理の店に行った時。僕が「思ったよりも安いなあ!」と言ったら、その知人に「あなた一人で来るとまずいよ!俺たちと一緒に来たから格安なんだよ」と釘をさされました。
2017年08月15日 19:37
こんばんは!

>大学
いえいえ、民間企業のサラリーマンですよww

>一緒に
一見さんお断りのお店ですかね。予約なしだと入れない店もありますし、敷居の高いお店もかなりあります。

知り合いがいるといないでは出てくる食材や値段が違うこともあります。まあ、向こうも商売なので、好きなお客さんやよく来てくれるお客さんに優遇するのは当然ですし、態度が横柄な人には高い請求書が行くようですww

料亭などは最低年数回は行かないと馴染みとは認識されないでしょうし、好きなお店ならば、勝手に足がお店に向くので条件はクリアできますww

ではまた!

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