『逃走迷路』(1942)『フランケンシュタイン』のパロディーも出てくるヒッチ先生の活劇。ネタバレあり

 ヒッチ先生の『北北西に進路を取れ』に次ぐ、活劇の代表作です。まだヒッチコック監督作品を見られていないビギナーの方には『鳥』、『疑惑の影』、『サイコ』、『裏窓』、『海外特派員』、『北北西に進路を取れ』などと共に必ず見て欲しい作品です。

 無実の人間に罪がかぶせられて、その人間は警察からも追われて、自分で犯人を探して自らの潔白を示さねばならないという、ヒッチ先生の最も得意とするストーリーが展開されています。そしていつも見ていて感心するのは極論すると、ヒッチコック作品とは全て同じ作品である、ということです。同じ映画を作りながら、それでも最後まで観客を飽きさせない、そしてまた別の作品を早く見たいという気にさせることが、彼の一番の才能であり、いわゆるヒッチタッチの秘密です。まさに彼は素晴らしい映画作家なのです。

 この物語の中では成功者と権力者のほとんどは主役であるロバート・カミングスの敵であり、話も聞かず彼を悪人に仕立て上げようとしています。それとは対照的に、フリークスを含む社会的弱者の人々は、彼の人間性を理解して、彼を助けようと奮闘してくれます。皮肉な話です。ヒッチ先生はこの一連のシークエンスの中で『フリークス』と『フランケンシュタインの花嫁』のパロディーを見せてくれます。

 そして勝者と弱者の中間に位置するプリシラは、はじめ成功者の立場に立ちますが、徐々にロバートに理解を示し、最後には最大の理解者となります。何も持たない人々こそが、欲得づくではないクリアな視界を獲得できています。

 ただし主役を務めたロバート・カミングスが役不足で、ちょっとひどすぎます。彼の顔からは深刻さ、あせりを全く感じることが出来ません。この作品での「演技」の要素の中に占める主役の貢献度があまりにも少なすぎます。感情移入が出来ないのです。むしろこの作品で際立つ演技を見せているのは「フライ」ことノーマン・ロイドです。

 ヒッチ作品を見ていていつも思うことは悪役がしまっている作品は素晴らしく(『暗殺者の家』のピーター・ローレ)、反対に凄みがない作品は緊迫感に欠ける(『知りすぎていた男』)ということです。せっかくの悪役を台無しにしてしまう主役のロバート。まだヒッチ先生はケーリー・グラントもジェームス・スチュアートも手に入れていません。

 この作品は前者であり作品のテンションと出来を高めています。またヒロインのプリシラも健康的な「性」を画面から撒き散らしています。ヒッチ好みのエレガントな女性ではありませんが個人的には悪いとは思いません。最初は「看板」であり実質的にもステレオタイプの薄っぺらな感じの人間だったプリシラが、彼と苦難を切り抜けていく中で人間としても成長している様子が伝わってきます。ただしヒッチ先生自体は案の定プリシラを下品で嫌いだと発言しておられました。どこらへんなのでしょうかね。
 
 作品中で、共産テロリストの企てた破壊活動は三つあり、そのうちの二つは成功して残りのひとつについては描かれていません。つまりダムの爆破です。何時やるのか、それをどう止めるのかに興味を持ちながら見ていたので全く描かれないというある意味での「裏切り」が最高に愉快でした。これがここでの「マクガフィン」なのでしょう。

 見所としては先ずは劇場シーンを挙げておきます。劇場での「スクリーン」をバックにした撃ち合いの場面は、悪役の「銃声」を、最初は劇中劇の「スクリーン」の銃声とシンクロさせて、見ている僕らを喜ばせ、あとはひたすら撃ち続けて「観客」をパニックに引きずり込むという演出が見事でした。
 
 またラストシーンでの自由の女神像での戦いもまさに「アメリカ」の上での民主主義と共産主義の戦いであり、しかも最後には正義である民主主義陣営の、悪人である共産をも救おうとする努力と、テロリストの共産主義陣営に対しての裏切りまでをわざわざ見せてくれています。細かな筋は違いますが『北北西~』はこの作品のリメイクです。ヒッチ先生はこの作品について「アイデア満載だが整理し切れていなかったのだ。」と答えられていますが今現在の感覚からするとそんなに散らかっている様には思えませんでした。

 工場の火事から始まり(動)、ヒッチハイクしていた時ののんきな歌(静)、脱出時の瀑布での戦い(動)、プリシラのおじの家での雨音(静)、から式典の爆音(動)など激しい音と静かな音が交互に訪れてくるのでリズムが良くて疲れない。

 自由の女神のシーンの特撮の出来が最も映像として記憶に残っている。最初にみた時には僕はまだ中学生だったので二十年以上もそのシーンを覚えていたことになります。それだけでもこのシーンの持っているインパクトが伝わるのではないでしょうか。

 特筆すべきことは、これが戦時中に撮られていたとは全く考えられない映像レベルの高さです。戦意高揚映画でも、ここまでのエンタメ作品になるのは驚きでした。 戦時中であるこの年にこのような娯楽作品が完成していることに驚きを隠すことが出来ない。ふんだんに特殊効果を使用しテクノロジーの差を外国に見せつけることにも成功している。

 戦意高揚の映画でもありそういう描写も見られるが、当時の敵は枢軸国であるにもかかわらず、すでに共産勢力の台頭に対しての警戒を呼びかけている。なんという余裕であろうか。このような国に対して戦を仕掛けたわが国の陸軍の無能振りが改めて口惜しい。映画を見ただけで何を言うかといわれる方も居られるのは承知してはいますが、こういう大衆文化の技術の差、特に科学技術の実力の差はそのまま軍事力の差でもあります。

 なぜなら基本的に科学は軍事でまず使えるものかそうでないかが分けられて、完全にその技術を使いきり、次世代の科学が生まれてきたところで初めて民間がその技術を使用できるようになるからです。その意味においては文化の進んだ国、技術の進んだ国とは戦争を避ける必要があります。これは映画とは直接関係してくるものではありませんが技術とは本来そういうものです。これらのことに改めて気づかせてくれたことの意義はとても大きい。

総合評価  83点
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