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zoom RSS 『愚か者の船』(1965)大女優ヴィヴィアン・リーの遺作。見事な群像劇に驚きます。

<<   作成日時 : 2012/02/09 22:02   >>

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 短編であろうと長編であろうと、すべての映画には上映時間という縛りがあり、良い映画は時間を忘れさせてくれて、その作品世界に没頭させる力を持っている。

 一方で普通の映画や出来の悪い映画には不必要な会話やシーンが少なからず存在し、観ている者をイライラさせるか、もしくは眠らせてしまうか、さもなくば他の用事を考えさせる余裕を与える。

 今回この映画『愚か者の船』を見るに当たり、さすがに半世紀以上が経過してしまい、時代遅れになってしまったシーンや無意味なシーンがどれくらいあるかを探そうということを念頭に置いた上で見ることにしました。

 なんせ二時間半もの大作で、アカデミー賞を取ったといっても、それらは撮影部門に関してのものであり、第二次大戦前の1933年を舞台にした大昔の話ですので、時間の経過に耐えられなくなってきているに違いないと思い、斜に構えて作品に接しました。

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 主演はヴィヴィアン・リーです。あの『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラで映画史上に燦然たる地位を築いた大女優が『欲望という名の電車』を挟み、精神分裂症が完治していたかどうかは分かりませんが、10年以上の時を経て、再びアカデミー賞に帰ってきました。その割りにはこの作品はあまり映画ファンには知られていません。

 ではこの映画はすでに風化してしまった見るべき価値のない作品なのかといえば、そんなことはなく、グイグイと物語に引き込む力をいまでも持っている。

 監督は社会派のスタンリー・クレイマーで、風刺を込めた描写を散りばめていて興味深いのですが、いかんせん、この映画はナチス・ドイツが敗北する第二次大戦後という結果が分かった後に製作された後出しジャンケンであることを差し引かねばならない。

 画面の前だけではなく、後ろでも芝居が同時進行しているのもこの映画の特徴でもあります。いわゆるグランド・ホテル形式の群像劇であるのに加え、演出的には『ゲームの規則』を見たときに印象的だった画面全体で芝居をするスタイルを思い出させてくれます。

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 あるシーンから次のシーンへと自然な流れで繋いでいくために出演者を動かしながら、カメラも移動していくやり方なので撮影陣と監督、演者の芝居をスムーズに行うための綿密な打ち合わせとリハーサルが必要だったに違いない。

 二時間半の長丁場をとても上手く処理していて、撮影と編集の巧みさを見せてくれます。無駄なシーンもほとんどなく、短期間の船旅で深いところまでは相手に立ち入らせないが、自分の立ち位置をほのめかせながら、上手くやり過ごすためのペルソナの作り方などが絶妙です。

 もちろん元々親密な者同士の場合は密閉されて、閉鎖的な空間内での生活となるので、各々の考え方の相違がモロに出てくるので、破局を迎える局面にも出くわす。冒頭で矮人の狂言回しがこの船内は世界の縮図であるような言い回しをするが、ラストでは何にも関係ないのだと突き放して、映画は終わる。

 関係ないと言われても、現在もあまり変わっていないのではないか、隠し方が巧妙になっただけではないかと思える。依然として人種偏見は強く、貧富の差は激しい。

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 しかも皮肉にも、これは当時は債務を抱えて、身動きが取れないでいた欧州の弱者ドイツの二等客船での話なのです。勝者であるイギリスやフランスの話ではない、負け犬だったドイツの話ですので、もともとの設定自体が目くそ鼻くそを笑う、コップの中の嵐なのです。

 その下等な状況においても、自分達は他とは違うのだとユダヤ人やジプシー、メキシコ人やキューバ人を格下に嘲笑う様子はまさに愚か者と呼ぶに相応しい。

 第一印象としての見かけや偏見を持つために大きな影響を与える人種や身分に難を抱えている登場人物たちがより人格者で、穏やかな人間味を出しているのも特徴です。

 まともな一人にハインツ・リューマンが演じたユダヤ人セールスマンがいます。事情をよく解っていないアメリカ人に「ドイツで差別されるなら、自分の国へ帰ればいいじゃないか?」と間の抜けたことを言われても、静かに微笑む彼は強いキャラクターです。

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 冷静で差別や思慮に欠けた言動に対しても表情を変えずに受け流すことのできるしたたかなユダヤ人が愚か者の船に乗り込んでいるのかが不思議でした。

 身体障害者である狂言回しのマイケル・ダンとともにマイノリティである彼らを風刺的にまともな登場人物として描いているのかと思っていました。

 彼が差別を受けても冷静でいられた根拠は第一次大戦でドイツ軍の兵隊として従軍して鉄十字勲章を受けるなどしてドイツ国家に貢献していること、何代にも渡ってドイツに住み着いたユダヤ人は国内に数百万人以上もいるのでまさか自分たちを根絶やしにするようなことはあるまいという安心感からくる読みでした。

 その後に彼らの身の上にどんな悲劇が起こるかはみな知っていますが、あくまでもまだ1933年の話です。予想をはるかに上回るような強大な悪魔ヒトラーが出現したということでしょう。

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 ラスト・シーンでは舞台劇のカーテンコールのように、登場人物である乗客たちが順番に降りてくる様子が描かれる。みな各々が劇中のエピソードの顛末に相応しい降り方をしてくる。ある者たちは船上では葛藤があったことでより親密な関係を築き上げ、ある者は人間性が顕になって、関係性が破綻してしまっている。

 ユダヤ人リューマンが出迎えに来た家族に囲まれて、幸せそうにしている傍らを鉤十字のナチの腕章をつけた党員が横切っていく不吉な映像が挿入される。

 差別があるのが当たり前で、それを隠そうともしないのはお芝居だからでしょうが、昔はそういう態度で接することが特別ではなく、普通だったのかも知れません。

 嫌なシーンがたくさん配置されています。教育を受けていない旅回りのジプシー一座のバカな子供たちによって、海に投げ捨てられた犬を救おうとして、心優しい売れない芸術家が荒れた海に飛び込み、自分の命と引き換えに犬を救い出すシーンがある。

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 そこまでして彼は犬を助けるが、報われることもなく絶命する。彼の真摯な行動に接しても、飼い主のドイツ人のブルジョワ老夫婦は犬の心配のみしかしない。勇敢な芸術家のことなどまるで気にしない。

 まさに犬死にで、船医は人工呼吸をして何とか彼を助けようと努力したあとにこのブルジョワの部屋に呼ばれ、犬の手当てをするよう要求される。

 船医オスカー・ウェルナーは芸術家が死んだことを告げるが、彼らには犬の方が大事なことを思い知らされる。船医もまた多くの局面では皆から信頼される医師であるが、反政府テロリストを支援したために刑務所へ護送される途中の伯爵婦人シモーヌ・シニョレと接するうちに同情からかどうかはわかりませんが、不倫の恋仲になり、家族を捨ててまで道ならぬ恋に賭けようとする。

 皆が愚かなのです。離婚して、寂しさから船旅をしていたヴィヴィアン・リーはリー・マーヴィンに無理やり犯されそうになる。何も見えない暗がりのなか、必死に抵抗して嫌がりつつも、強く押し倒され、激しくキスをされたため、彼を受け入れようとしたヴィヴィアンに対し、自分が狙っていたジプシーの若い踊り子ではないと気づいたマーヴィンは彼女に「なんだ、あんたか?」と冷たく言い放つ。

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 これがどれほど傷つけるかは想像に難くない。これほどの侮辱に我を失ったヴィヴィアンは彼を靴のかかとで殴り続ける。ヴィヴィアンはこの作品が遺作となりました。

 この一連のシークエンスの前に凄みを感じさせるショットがいくつかあります。気にかけていた船員に素直になれずに破局を迎え、気を紛らわすためにバーで独り寂しく飲んだあと、誰も待っていない真っ暗な部屋に戻る手前、誰も見ていないことを確認してから、突然チャールストンを狂ったように踊り出す。異様な光景です。

 さらに部屋に戻った彼女は鏡に醜くなりつつある自身の姿を写し出す。微笑み、ルージュを引くヴィヴィアン。暗闇のなか、無言で行われるこの一連の動作はサイレント映画のようで、まだ燃え尽きていない女の情念が伝わってくる怖い映像でした。

 このあとに起こるのがマーヴィンによる強姦未遂なのです。感情が激しく揺さぶられていくヴィヴィアンの演技は絶
品で、『風と共に去りぬ』のどのシーンよりも印象的でした。最初はブルジョワ側にいた紳士も妻がユダヤ人だとバレると仲間外れにされてしまう。

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 そんなユダヤ人への差別はアメリカにはなかったと胸をはるマーヴィンでしたが、ヴィヴィアンに「黒人をいじめるのに一生懸命で、気づかなかったんでしょ?」と混ぜっ返されて、絶句する。マーヴィンは野球選手の役で、大酒を喰らいながら、外角球が撃てなかったことを嘆くが、ヨーロッパ人にとっての野球は聞いたこともないようなマイナー・スポーツでしかないので、小人のマイケル・ダンにでかい図体でチマチマしたことにくよくよするなと言い返される。

 画家と生活を共にしていたエリザベス・アシュレーがかなりチャーミングに写っています。生活苦からの葛藤で、始終喧嘩ばかりしていますが、お互いを曝け出したことでかえって絆が深まっていく。

 ある場面では冷静に他人を分析できるのに、自分のことになると我を失った行動をしでかすのが人間の性質なのだということをスタンリー・クレーマーは示したかったのでしょうか。愚か者のつづら折りのような作品でした。皆が滑稽で傲慢なのですが、みなそれぞれに愛すべきキャラクターでもある。

 前述したように無駄な部分を探しながら見ていましたが、そういったシーンは皆無で、最後まで集中してみていました。気がつくと夜10時に見始めていたので、深夜1時前になっていました。

総合評価 80点


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タイトル (本文) ブログ名/日時
愚か者の船
1965年 アメリカ 150分 監督:スタンリー・クレイマー 出演:リー・マーヴィン ヴィヴィアン・リー ホセ・ファーラー ハインツ・リューマン オスカー・ウェルナー  K・A・ポーターが1962年に発表した原作を、オールスター・キャストで映画化。ナチス・ドイツの政権が誕生した1933年、大西洋上を航海するドイツ客船に乗り合わせたさまざまな人々が織り成す人間模様を通して、その後生じる世界的悲劇を鋭く予見させるという内容は、さすが先に「ニュールンベルグ裁判」を手... ...続きを見る
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2012/03/22 20:40

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
これ、以前放映時には録画するのを失念してしまっていて、確かまた放映あるみたいだから、観たらまたお邪魔しますね。
では、では。
シュエット
2012/03/22 13:40
 こんにちは。

>放送
WOWOWで今月の放送予定があったと記憶しています。地味な作品ではありますが、しっかりとした映画になっていると思います。

ご鑑賞後にまた意見をお聞かせください。

ではまた!
用心棒
2012/03/22 15:05
来日中のメリルストリープがインタビューに答え、演劇に興味を持ったのがこの作品と言ってました。この映画を見たことなければ、タイトルも知らない。ネットでこのブログを知り、読んでみると内容よさそうなのでアマゾンで即DVDを購入。良かったです。なぜこのような映画が無名なのか残念です。ラストシーンのナチスの腕章、すごくこの映画の結末を象徴していたかと思います。アマゾンにもレビューを書き込みましたが、むしろこのブログを読んでほしいと書きたかったです。
愚か者
2016/11/10 06:47
こんばんは!

この作品は素晴らしい出来の割りにほとんど知られていない不思議な作品ですね。風刺も効いているし、出演者はかなり豪華ですし、忘れ去られる理由としては上映時間が長く放送しずらいこと、モノクロであることなどでしょうかね。

>メリル
最近、彼女が初めてオスカーを受賞した『ソフィーの選択』を記事にしましたが、彼女の演技は圧倒的でしたよ。

ではまた!
用心棒
2016/11/10 19:43

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『愚か者の船』(1965)大女優ヴィヴィアン・リーの遺作。見事な群像劇に驚きます。 良い映画を褒める会。/BIGLOBEウェブリブログ
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