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zoom RSS 『飢餓海峡』(1965)内田吐夢監督の最高傑作であり、全邦画中でもベスト3に入る作品。

<<   作成日時 : 2006/12/26 00:50   >>

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 水上勉原作、内田吐夢監督、三國連太郎主演、伴淳三郎&高倉健の助演で送る、まさに邦画の最高傑作のひとつといっても過言ではない作品である。しかし、この作品があまり知られていないのは何故だろうか。内田監督の謎に包まれた人生同様に大いなる謎である。

 重厚で、個性的な独特の映像のタッチが強烈な印象を残します。わざわざ16ミリ・フィルムで撮影され、それを劇場用の35ミリにブロー・アップすることにより、輪郭が定かではない記憶を辿るような独特の世界観を表現することに成功し、かつ荒々しい時代を写し撮った強烈な個性を放ち続ける映像として世に送り出されました。

 これほど個性的な作風でありながら、これ程上手く、この混乱の時代を切り取り、劇映画として機能している作品にはなかなか出会えません。

 ざらついたような粒子の粗いモノクロ画面が厳しい世相を映し出し、ネオレアリズモ時期のイタリア映画の人生の暗部を抉り取る感覚をさらに押し進めていったような勢いを感じます。フィルムは監督自身の強い信念を表現しているようです。

 戦後すぐという混乱の時代を題材に、劇映画ならではのダイナミックな展開とリアリズム描写溢れる人間群像の生臭さがとても新鮮に映ります。フィルム全体を通して内田監督のどうしようもない憤りというか感情のやり場のない空しさが漂っている。激情が監督に襲い掛かる時には画面がまるでストロボを焚いたときのように全体が光と陰に溶け合っていく。

 東映らしくない重厚な作品ではありますが、そんな会社の枠や気風などまったく寄せつけないほどに、内田監督のこの作品へ込めた魂の力は尋常ではない。ワンカット・ワンカットに込められている異常なまでの集中力からは決して目を離してはならない。

 3時間を越える上映時間からこの作品を敬遠する方もあるとは思いますが、見逃してはならない作品であると断言します。あっという間に過ぎていく三時間を是非とも体験していただきたい。観始めたならば、最後まで観終えないと収まりがつかない作品なので、とりあえずレンタルで借りてきてでもDVDを再生してください。観る価値は絶対あります。

 ストーリーは実際に起こった、台風の影響で1000人以上の人命を一度に海に呑みこんだ青函連絡船の沈没事件である「洞爺丸沈没事件」と北海道で同日に起こった大火事である「岩内大火」がベースになっている。

 二つの事件を小説の着想に使った水上は二つの事件をリンクさせて、犯人が両方の事件に絡んでくるというスケールの大きい作品に仕上げています。沈没船の乗員名簿と死体の数を照らし合わせ、「死体が二つ多い」という伴淳刑事の台詞にはゾクゾクします。まさにスリラー。何故二つ多いのかを元に犯人の足取りを追跡していく様子はスリリングです。

 犯人を演じるのは三國連太郎、追い詰めていく地元の刑事役に伴淳三郎、京都の刑事役に高倉健、そして京都の署長役で藤田進が出演するという超豪華なキャスト陣の各々の演技を見ているだけでも楽しく時間を過ごせますが、濃厚なストーリーと演技、個性的な演出によるフィルムの厳しさと美しさは良き時代の日本映画の実力と迫力を我々に見せつける。

 製作された時期も良かったのではないだろうか。出ている人々も全て戦争を経験してきているいわば「戦中派」ばかりなので、演技には嘘くささが微塵もない。徹底したリアリズムと役者それぞれが持つひと癖もふた癖もある個性の香りが画面を覆いつくす。

 とりわけ頬のこけた三國の凄みはギラギラとしていてであろう当時の雰囲気とハングリー精神を見る。けっして主役級ではなかったであろう三國連太郎の迫真の演技に是非触れて欲しい。『釣りバカ日記』のスーさんしか知らない人には見て欲しい一本です。

 日本を代表する俳優、高倉健の使い方も贅沢で、上映が始まってから彼が出てくるのは90分以上経ってからです。若い頃の健さんは精悍で、スマートで、若い時から既にこれ程カッコよい男だったんですね。

 淡々と流れていくカットと激しく割られていくカットの対比が巧みで、しかもそれは小手先のものではない。鉈で割っていくような迫力のある展開は他の監督には見られない個性の強さがある。内田吐夢監督のスケールの大きさは邦画の範疇にはない。

 冒頭、沈没した船から逃げ惑う人々を救出する様子を写し撮ったモブ・シーンの迫力と荒れた海の上を捜索する漁船や警備船を引きで捉えたショットは壮絶で力強い説得力を持っています。まるで本当の事件のニュースフィルムのようなのです。

 これらのバタバタして逃げ惑う様子というのは監督自身が満州から引き上げてくる時に経験したことの残像なのかもしれません。それだけにこのシーンの力強さによって、観客は一気にこの映画に引き込まれていくであろう。

 映画人に良心が残っていた頃の映画でもあります。殺された人々、水死した人々を必要最小限にとどめ、極力映像で見せない配慮をしている描写にも好感が持てる。戦中派にとってはまだ死は日常の時代だったわけで、死体などはわざわざリアルに見たくもない対象だったはずなのです。空襲で、戦場で、遠い異国で助けたくとも助けられなかったり、見殺しにしてきたであろう当時の人々にとっては克明な死の描写などは不要だったのではなかろうか。

 映像として斬新だったものに青森ののんびりとした風景と対をなす恐山の峻厳さを挙げることができます。とりわけ三國が恐山を一人で歩いていくシーンの薄気味悪さと苛烈さは目に焼きつく。イタコの口寄せのシーンも不気味でした。

 また戦後すぐの時代では農作物の産地である田舎の方が都会よりも富んでいたように見えます。北海道、青森、京都という三つの舞台に出てくる人々のうち、青森の人々が貧しいながらも、都会の人々ほど食べ物では困っているようには見えない。

 しかしながら男は出稼ぎに行かねばならず、女は食べるためには売春婦にならざるを得ないという悲惨な境遇を美化することなく描いています。

 ただあくまでもこれは比較論に過ぎず、善人であろうが、悪人であろうがお金や食べ物に困っている時代の姿を見事に切り取っている。まさに国中が飢餓で腹を空かせていたのです。飢餓よりも惨めで陰惨なものはない。自分が生きるためならば、人を踏み台にしていかねばならない。

 結果としてこの物語では犯罪で得た金で成功した三國を、また元の悲惨な環境へ戻すべく刑事たちが追い詰めていく。三國は成功して得た金を使い、慈善事業に精を出し、京都や自分の田舎へ大いなる貢献をする。しかしそれは犠牲者の死の上に成り立っているものである。

 これをどう見れば良いのであろうか。一部の人の死(経済的にという意味でも良い)を前提に多くの人々が救われる社会が良いのか、一度犯罪を犯した者や貧しい家に生まれた者は一生浮かび上がれない社会が良いのかという大変大きな問題提起を内田監督がしているようにも思える。

 劇中でも飢餓は日常である。日本全国に普通にあった飢餓。赤旗が振られ、刑事役・伴淳三郎の家庭、売春婦役・左幸子の生家、その他に出てくる出演者全体の生活には余裕などは全くなく、厳しい貧困の中でかろうじて生きている。赤線地帯の喧騒、寒さが厳しい荒れる津軽海峡の描写、世相を反映するような暗い色調も相まって、劇的な効果を上げている。

 この作品は人間不信の映画でもある。一夜限りのつもりで売春婦を抱いた三國は後腐れのないように大金を渡す。それを別の意味で恩に感じた(自分が抱えていた借金が三國のお金でチャラになる)左は一念発起して、東京に出て行き、水商売に身を落としながらも、三國との再会を夢見る。

 彼が残した親指の爪を後生大事に持ち歩く彼女もまた、どこか歪な当時の様子を物語っているようである。腹を空かせて飢えるのは当時の日本の現実であり、愛情に飢えていた左幸子がすがろうとしたのは三國の好意であった。後腐れのないように大金を積んだことが仇となり、両者を不幸のどん底に戻していく。愛への飢餓、物質の飢餓がさらなる不幸を呼ぶのは厳しく、寂しい現実でした。

 彼女は偶然見た新聞の切抜きを頼りに三國を訪ねていく。ついに再会したものの三國からすれば、それは大変迷惑な話であり、精神的な飢餓(他人など信じられない)がまだ続いている彼は彼女の真意を理解できずに、ついには彼女を絞め殺してしまう。

 北海道での強盗殺人とその後の仲間割れによる共犯の殺人は戦後の混乱と偶然も重なっていて、無事にやり過ごしたものの、この殺人は保身のために自ら犯した殺人である。とうとう警察に捕まり、尋問を受ける中、ようやく真相を語りだす三國と彼の嘘を見破ろうとする高倉健と伴淳三郎。

 彼の独白には説得力があるが、それを撥ね付ける警察。何が真実かはもはや藪の中である。津軽海峡を渡るところで、驚きのラストシーンが用意されています。海峡の荒々しく厳しい流れに、自ら飛び込んでいく三國は「洞爺丸沈没」によって人生を狂わされた最後の犠牲者として海に帰っていく。強烈なオープニングと強烈なエンディングを持つのがこの『飢餓海峡』なのです。

 貧困はすべてを併呑してしまう。「毒喰らえば皿まで」で綺麗ごとでは済まされない極貧の状況でしか理解できない行動原理(うわあ。やばい金がある。警察に届けようかなあ。でも待てよ。俺が本当のこといっても、誰も信じないよ。えーい!もらっちゃえ!)は何故か強烈な説得力がある。

 夢も希望もない負け犬人生に突然降って湧いた大金を得た時に、それが悪い金だと分かっていても人間はそれをあるべきところに渡せるか。金を握ったら、人間はどう変わるのか。とても深いドラマでした。富田勲の音楽も良い。

 残念なのは内田吐夢監督に誰もスポットを当てなかったことです。これ程の大作を作り上げたにもかかわらず、その後も目立った仕事はしていない。映画の損失としか言いようがない。もっと自由に作品を撮らせてあげたかった監督の一人です。

総合評価 98点
飢餓海峡
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『ブーメランのように』@〜貧困・犯罪・差別からの逃亡と挫折〜
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『飢餓海峡』(1965) ...続きを見る
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「飢餓海峡」
1965年/日本/183分/モノクロ 監督: 内田吐夢 原作: 水上勉 脚本: 鈴木尚也 撮影: 仲沢半次郎 音楽: 富田勲 出演: 三國連太郎/左幸子/伴淳三郎/加藤嘉/高倉健/風見章子 原作は水上勉の同名小説。 久々に再鑑賞したが、やはり3時間という長さは感じさせず、胸に響くといった柔な表現では語りえない、鈍い重さで五臓六腑にずしんと響いてくる見応え、手ごたえがある。 かつて邦画も、観る側の胸と腹の奥深くまで訴えかけるそんな重厚な作品、生きる重さが漲った映像を撮... ...続きを見る
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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
 全邦画ベスト3について大賛成であります。微妙な差ではありますが、「七人の侍」をしのぐマイ邦画ベスト1であります。そして「東京物語」が私のベスト3。

 ブログ友達のいずれも名画と言いますが、奥行きがあり、懐が深いので主題の捉え方が意外とまちまちだったりします。
 私の場合は、運命の皮肉に尽きます。

 最後の場面における三國連太郎の心境についても、私の本館で意見が分かれました。しかし、いずれも間違いではないような気がしますし、決め付ける必要もないですね。
オカピー
2006/12/27 03:01
 オカピーさん、こんにちは。
この作品はもっと見られて良い、というか死ぬまでに必ず見るべき一本だと思います。
 内田吐夢監督と溝口健二監督の名前が残念ながら若いファンからは無視されてしまっている現状はとても悲しく思います。
 明らかにタッチが違い、異様なまでの迫力を持つ彼らの作品を見ずして邦画は語れません。 今年は邦画新作封切数が洋画を抜いたようですが、ぜひとも黄金の50年代を超える質の高い作品を一本でも多く見せて欲しいものです。
 『飢餓海峡』は映像、ストーリー、演技、そして戦後という緊迫感のある時代の雰囲気とどれをとっても生々しく、公開から40年以上経った今でもフィルムに生命が宿っている最高の一本です。
 健さんら警察による追い込みは推測に次ぐ推測が多く、首を捻る場面もありますが、この迫力の前では些細なことに過ぎません。
 せめて没後40年には溝口やヴィスコンティのように企画を立てて欲しいですね。
ではまた。
用心棒
2006/12/27 17:04
>封切数X
配給収入Oですね。
用心棒
2006/12/27 17:10
用心棒さん、あけましておめでとうございます。おかげさまで昨年中は、有意義な映画鑑賞を多くすることができました。今年もよろしくお願いいたします。
さて、「飢餓海峡」ですが、日本人の戦後というものを象徴していると思っています。大半の日本人は、多かれ少なかれこの三國なのではないでしょうか?
もっというと、日本人もいずれ三國のようになるのではないかと・・・恐い気持ちになります。「太陽がいっぱい」(邦画ではありませんが)や「砂の器」などにも同様の感想を持ちます。
しかし、このような作品が、未だ名作として多くの人々に観賞し続けられていることには希望のようなものも感じますね。まだまだ多くの人に観てもらいたい一本です。
わたしが、似た意味で好きな作品は、今村昌平の「にっぽん昆虫記」です。こちらは日本人の進むべき方向まで描かれていたように感じています。
では、また。
トム(Tom5k)
2007/01/01 18:43
 トムさん、明けましておめでとうございます。旧年中はお世話になりました。こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。
 人間の本質を露わにする作品は制作するのに勇気がいる部類に属する分野です。醜い部分を曝け出すわけですので出演する俳優、演出する監督、配給する会社全ての勇気が試されます。
 薄味にしてしまうと真剣なファンに「逃げ」を見透かされ、深刻にしすぎると興行として成り立ちません。どこで線引きをするかが難しいですね。
 『にっぽん昆虫記』は未見です。去年に日本映画専門チャンネルで放送されたのを見逃してしまいましたので、ツタヤで探してみます。
 ではまた。
用心棒
2007/01/01 19:00
用心棒さん、TBありがとうございます。
関連レビューということで、わたしもTB送信しました。
変身(現在の自分からの逃亡)願望を扱っているテーマが以外に多いことに驚きます。
誰でも苦しみ・不安・恐怖から解放されたいと思います。そのことを丁寧に扱った作品なら名作になって当然なのかもしれません。
では、また。
トム(Tom5k)
2007/02/01 00:33
 トムさん、おはようございます。
 映画だけでなく物語が基本として持つべきなのはおっしゃるとおり変身もしくは「変化」なのではないかと思います。
 不遇から成功(英雄譚)、成功から敗北(悲劇)、結果と思惑の不一致(喜劇やアイロニーー)、対決と均衡(史実物や神話)、何も起こらない(リアリズム)など物語性があるということは劇中で変化もしくは変身があってこそ成立します。
 変わろうとする人々を上手く描けていない作品が多いような気がします。ではまた。
用心棒
2007/02/01 09:12
ご無沙汰でした。
久しぶりの訪問にこの作品をもってこれたのが嬉しいです。WOWOWの三國連太郎特集で久々の再鑑賞。もう何度目の鑑賞でしょうか。邦画ベスト3にはいるという用心棒さんの評価通り、作品評価はいまさらゆうまでもないこと。久々に観て思うのが、かつて邦画も五臓六腑にずしんと響き渡るこんな作品を撮っていたんだってこと。
やはり映画は時代を映しているんですね。今回の鑑賞で、最近の公開作品と比べてみて、そんなことも強く感じました。
三國連太郎、左幸子そして伴淳三郎、役者それぞれに彼らが背負っている人生すら感じさせる存在感。
あの時代、人間はみなどこか飢餓感をもって生きていた。それが生きる重さとなって作品に滲み出るんでしょうね。
シュエット
2009/10/14 10:07
 シュエットさん、こんにちは。
お久しぶりです。内田吐夢監督って、戦後すぐの足取りがはっきり分かっていなかったり謎の多い人物ですし、なんだか魅力的ですね。彼の作品には人間が隠したい暗部や恥部を容赦なく曝け出し、スクリーンに映し出す迫力があります。一度彼の作品を見た者ならば、その深さや人間の根っこを描く力量に舌を巻くでしょう。

こういう映画って、今の映画感興では出来ないのでしょうかね。今度、『沈まぬ太陽』『さまよう刃』を観に行こうと思っています。

 ではまた!
用心棒
2009/10/14 11:26
 生み出す苦しみを味わった(笑)弊記事まで、TB&コメント有難うございました。

 3年前にも色々と書かせて戴きましたが、観る者の魂を揺さぶる素晴らしい作品ですね。

 僕は主人公は警察に真実を語っていると思います。序盤に明らかにされている客観ショットと彼の回想が一致していますから。いずれにしても、“善行”が悲劇の元凶になるという、人間ではどうにもならない運命の力に、呆然としてしまいますね。

 内田吐夢は世間では知られていない監督ですが、僕の私淑する双葉十三郎師匠は「日本映画ぼくの300本」の中で、最高点である☆☆☆☆(80点)を本作と「宮本武蔵」と「限りなき前進」の3本に付けています。他に小津安二郎が三本ですが、黒澤明でも2本ですから、相当高く買っているようです。
オカピー
2009/10/19 22:41
 こんばんは!
>世間では知られていない
本当に惜しいですよね。観ないと勿体ない映画や監督さんが多すぎます。

溝口健二、小津安二郎、内田吐夢、川島雄三、そして山中貞雄と観るべき作品が数多くありますし、究めようとする若い映画ファンがもしいるのならば、ぜひとも彼らの作品を観て欲しいですね。

 ストーリーの持って行き方、映像とカットの意味、音の使い方など何度も観れば分かることが多々ありますので何度も味わって欲しいと願います。

 一回目はストーリー、二回目はカットの意味、三回目は俳優の動きなど、一回では吸収しきれない映画の素晴らしさをじっくりと腰をすえて研究して欲しいですね。

ではまた!
用心棒
2009/10/19 23:17
内田監督は第1作の「血槍富士」で映画界の評価は決まっています。彼は充分映画界に認められていますよ。「大菩薩峠」「宮本武蔵」など。
mikami kan
2014/11/18 16:38
 こんばんは。

若い人に知られていないのが残念ですという意味です。

個人的には一乗谷の決闘が好きですよ。

ではまた!
用心棒
2014/11/19 01:11

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『飢餓海峡』(1965)内田吐夢監督の最高傑作であり、全邦画中でもベスト3に入る作品。 良い映画を褒める会。/BIGLOBEウェブリブログ
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