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help リーダーに追加 RSS 『八月の狂詩曲』(1991)果たして、これは駄作なのだろうか?そんなことはない。

<<   作成日時 : 2006/03/03 23:30   >>

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日本映画界、最後の巨匠、黒澤明監督の1991年の公開作品にして、初上映された時に、欧米の記者達に散々叩かれた後に、日本公開されたためか、「右へならえ」とばかりに、国内でも相当叩かれてしまった不幸な作品でもあります。もう一本だけでも、観客が望むような時代物を作る時間と機会、そして体力があれば、汚名挽回が出来ていたかもしれないと思うと、ファンとしては口惜しい限りです。

 ただ叩かれた理由が違っていて、欧米では、原爆投下で村瀬幸子の亭主が亡くなった事に対して、リチャード・ギアにわざわざ謝罪させるシーンが問題視されました。しかし、わが国では、ただ単に監督を嫌っているメディアが多かったこと(一般的な黒澤監督のイメージが、恐くて偉そう、またマスコミに対しても、最晩年までは無愛想で非協力的だった。)、そして何よりも作品が、派手でスペクタクルな映画ではなく、こじんまりとしていて「つまんなかった」から叩かれました。

 一般的な日本人映画ファンが黒澤監督作品に対して期待するイメージは、大がかりな時代劇映画のそれであり、『生きる』、『生き物の記録』、『天国と地獄』のような現代劇を何故か忘れてしまう傾向があります。実際問題、黒澤明監督作品、全30作品中で、時代劇作品と現代劇作品(明治時代物含む)の割合は11対19で、現代劇のほうが多いのです。

 特に、初期では現代劇のほうが圧倒的に多く、「時代劇の黒澤」のイメージは、『羅生門』、『七人の侍』、『用心棒』、『椿三十郎』、そして『乱』などの傑作と、60年代以降の後期監督作品として手がけたものに、時代劇が多かったからなのかもしれません。彼ならば、傑作を撮れる可能性が高かったためか、予算のかかる時代物には、実績のある黒澤監督を起用するしかなかったのでしょう。

 それはそれとして、本来の姿である長編の現代劇(『夢』は短編の組み合わせ)を撮るのも、実質は『デルス・ウザーラ』以来、そして国内で製作する現代劇としては『どですかでん』以来という久しぶりの作品が、この『八月の狂詩曲』でありました。

 どこのサイトに行っても、誰に言わせても黒澤作品の中で一番ひどいのは、この作品だと言われ続けています。本当にそうでしょうか。個人的にはそれほど思い入れがある作品ではないのですが、この活動写真には、観てから既に十余年の年月が経とうとしても忘れられないシーンや風景が数多くあるのです。

 個人的に学生時代、それも中学や高校の時に、長崎市にいましたので、作品での俳優の演技を理解できる部分があるのです。友達のおばあちゃんや友達自身が原爆手帳を持っていて、一般の日本人に比べると、そんなに他人事ではない世界に住んでいました。

 校内の写生大会も、原爆の爆心地だったり、平和公園内であることが多かったように思います。毎年8月には、原爆集会があり、投下時間には黙祷などもありました。体験者、つまり被爆者の方の話もあり、真剣に話を聞く機会も他県の人たちよりも多かったのではないかと思います。

 劇中でも出てくる、長崎の原爆資料館について、黒澤監督はインタビューで批判されていましたが、個人的には納得できません。なぜならば中学生の時に、友達と見学に行ったときにあまりの壮絶さに吐きそうになってしまったことを思い出したからです。あの惨状の記録を見ると誰でも何かしら考えさせられることでしょう。

 作品の中で、印象に残るのは「徐々に調律されていくピアノ」、「ジャングルジム」、「会話なしでの老人の会話」、「蟻と薔薇」、「念仏堂」、「月」、「神秘的な青い滝壺」、そして最後の黒澤作品名物である大雨と『野ばら』とともに村瀬幸子が狂っていくシーン。

 まず印象に残るのは、お互いに亭主を「ピカ(原爆のことです)」で亡くした村瀬と老女が、全く会話もせずに、コミュニケーションをとっている様子を理解させる演出の見事さ。実際の被爆者達を登場させることによって得られる、作られた「ジャングル・ジム」が、作り物に見えない、シーンのリアルさ。

 念仏堂やおばあちゃんの家を含めて、ほとんどの建物や畑が、わざわざこの作品の撮影のために作られたもの、つまり、オープン・セットにすぎないのに、リアリティーが充満している。黒澤監督のリアリズムとは、映画的リアリズム、つまり見た目にどう映るかが、最も大切なのだということがはっきりと理解できます。

 また、この最後の大雨の中で、村瀬幸子が傘をおちょこにしながら狂っていくシーン、彼女を追いかける家族達、それに被さる『野ばら』の歌の大合唱。一人の人間が発狂する瞬間を捉えている映像としては、最も映画的なものだと思います。

 駄作と言われ続けるこの作品でも、これほど多くの映画的な瞬間に巡り会えるのです。改めて黒澤監督の素晴らしさに脱帽です。『まあだだよ』を含め、後期作品はあまり評価されていないようですが、個人的には黒澤監督らしい味わいを十分に感じ取ることが出来ます。

 派手な時代劇ばかりではない、黒澤明監督本来の個性である、ヒューマニスムの視点で撮られた作品群にこそ、彼が初期に持っていた魅力が溢れていることをぜひとも知って欲しい。『生きる』のような名作だけでなく、『素晴らしき日曜日』や『まあだだよ』、そしてこの作品が持つ暖かいテイストを感じて欲しい。

 たしかに、この作品の脚本は極端すぎるし、演技も稚拙である。黒澤監督が全盛期に示したようなキレとコクを両方兼ね備えた才能を期待しても、そのようなものは既にありません。しかし、そういったもの以外の作品の品格というか、味わいを感じることが出来ないのは、感性が鈍っている証拠なのではないか。

 観客の目を奪うスペクタクルも、小賢しいテクニックも、目新しさも、気取りも何もなくなってきている「素」の状態に戻っていこうとしている、かつての巨匠映画監督の心に触れるべき作品が、この『八月の狂詩曲』なのです。ボケた、とかいうのは簡単です。でも、黒澤ファンのみんなは、たとえボケていても良いから、黒澤監督の新作をもっと見続けていたかったのです。
総合評価 64点
八月の狂詩曲
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八月の狂詩曲

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
用心棒さん
これは、映画館に見に行きました。
>ヒューマニスムの視点・・・リチャード・ギアにわざわざ謝罪させるシーンが問題視
これは、情緒のみに流されない、黒澤監督が貫いた彼の考えそのものではなかったのかと思います。とにかく、現在は未来に続くわけですから、彼の先見は決して誤ってはいないように思います。
わたしは、物議をかもしだした分、黒澤監督の後期代表作であると、未来に評価されてくる可能性のある作品であるとも思っています。
映画的にも
>黒澤監督のリアリズムとは、映画的リアリズム・・・村瀬幸子・・・狂っていくシーン、彼女を追いかける家族達、・・・『野ばら』の歌の大合唱
など、
オカピーさんが、黒澤明をフランスのジュリアン・デュヴィヴィエに対比して、詩的リアリスムではないか、とおっしゃっていましたが、まさにこの作品は、そういった特徴が顕著だと感じます。
野ばらの合唱シーンの美しさ、哀しさは、何故か未来の明るさを想起させるような気がします。
トム(Tom5k)
2008/08/24 16:13
>続き
「野ばら」はドイツの民謡で、リチャード・ギアはアメリカの俳優です。
悪の枢軸国といわれた日本とドイツ、正義の連合軍アメリカ。この過去の構図を、現在、未来に向けていった黒澤監督の晩年の反骨とも読み取れるのでは?
これほど優しい作品であるにも関わらず、わたしには強烈なメッセージに思えました。
では、また。
トム(Tom5k)
2008/08/24 16:15
 トムさん、こんばんは。
 黒澤監督作品というと、とかく時代劇ばかりがクローズ・アップされるのですが、文中にも書きましたとおり、現代劇のほうが時代劇よりも多いですし、出来が良いのもたくさんあるのです。

 後期はとりわけ大作時代劇のイメージが強烈すぎたために、こじんまりとしている現代劇は正当に評価されなかった気がします。

 映画的イメージを多く味わえる良作だと思っています。またおっしゃるように反骨精神も健在なのが、良くも悪くも黒澤監督らしいなあ、と感慨も深くなります。

 ただ映画を強い者の視点で撮ると、それは映画ではなく、プロパガンダという似て非なるものになってしまうので、その意味では黒澤監督は映画監督であり続けていたとも言えるかもしれません。
 ではまた!
用心棒
2008/08/24 22:07

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