テーマ:映画運動

『黄金時代』(1932)上映中、スクリーンに爆弾を投げられた、衝撃の映画。

 ルイス・ブニュエル監督がシュール・レアリズムの代表的芸術家であるサルヴァトーレ・ダリと組んで発表した『アンダルシアの犬』に続いて、コンビを組んだ第二回監督作品として発表したのが『黄金時代』です。ただダリはすぐに制作から手を引いてしまったので、実際にはこの映画ではブニュエルの個性が強く出ています。  第一回監督作品『アンダルシアの…
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『理想の観客とは…。』映画を観るために不可欠な基礎的観察能力を養うには何が必要だろうか?

 誰でも映画を観た経験はあるでしょう。小さい頃、親に手を引かれ、アニメか特撮か、それともはじめから大人向けの映画を観たかもしれません。そうした経験が基盤となり、映画ファンになっていく人も多いでしょう。自分もそうした一人でした。もしかすると映画館には行かないが、毎週地上波TVで放映される番組を通して、映画に触れる方も多いでしょう。むしろ映…
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『おすぎ』彼は何故、これほど映画ファンに否定されているのに、「評論家」として意見が言えるのか…。

 みんなが大好きな「映画」には大事な要素が三つあります。一つ目は当然ながら「映画」という作品そのものです。そしてそれを製作する映画監督や俳優などの「作り手」が要ります。しかしながら、ただ作品があってもしょうがない。観られてこそ、初めて映画になるのです。そう、「観客」が加わってこそ、はじめて映画の三つ巴、三すくみ、もしくはじゃんけんぽんト…
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『意志の勝利』(1935)世界2大プロパガンダ映画のひとつ。レ二のセンスの良さがキャリアの仇に…。

 ナチ・イーグルの威圧的な映像が前世紀に製作された二大プロパガンダ(もう一方は『戦艦ポチョムキン』)の幕開けを告げる。第一次世界大戦の勃発と敗戦という結果がもたらした悲劇的な、そして惨めな戦後ドイツ国内の様子と苦悩を述べた後、カメラは雲の上を闊歩するような軍用機中に移動する。  当然その機中にはナチス・ドイツ党首にして、総…
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『リズム21』(1921)かつてあった映画、その二。絶対映画とはどのようなものだったのか。

 リュミエル兄弟の『シネマトグラフ』、ジョルジュ・メリエスの『月世界探検』、エドウィン・ポーターの『大列車強盗』以降、労働や家事で疲れきった庶民が一時の夢を見るため、そして明日また働くための活力とするためのささやかな娯楽の王様として、旅一座などの演劇を一気に抜き去り、新たに君臨し始めたのが映画でした。  この本来は大衆の慰み物に過…
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『ひとで』(1928)単なる劇映画とは違う、かつて、あった自由な映画。

 ハリウッド映画、邦画の別に関わらず、ストーリー性に優れている映画、つまり劇映画こそが唯一の映画だと思っている人がほとんどである現在、かつて存在した種類の映画運動について何かを書くことも必要なのではないか。  どういうものかを例に取りますと、1920年代の純粋映画(フェルナン・レジェ監督『バレエ・メカニック』、ルネ・クレール監督『…
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『五感で楽しむ映画』せっかく映画を楽しむのに「目」と「耳」だけではもったいない。

 朝な夕な、まだ肌寒い日々をだらだらと暮らし、さまざまな名作及びカルト映画を何気なく観ていると、ふとした瞬間に画面に集中しつつも、一方で思い巡らせている時があります。それは映画を「観ている」という時は「目」だけでなく「耳」も、そして、もちろんそれらを統合して理解するために「目」「耳」とともに「頭」も相当働いているということです。 …
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『感動をどう表現すれば良いのか?』良かった、泣いたをどう言葉にするか。

 映画を観た人の感想でよくあるのが、「泣けました!」「感動した!」との言葉です。それはそれで構わないのだけれども、ではなぜその映画を観て、そういった感想を持つようになったか。他人に伝えるにしては、それではあまりにも語彙が不足してはいないだろうか。  「いいから観て!」は感情と感想しか伝えていない人々でしょう。「泣けないヤツはおかし…
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『映画館と自宅の違いは何か?』どちらも鑑賞スタイルの王道ではありますが…

 映画とは本来は暗い映画館の座席に深く腰掛けて、劇場ならではの「隠れ家」感と普段とは異質な空間で生まれる開放感、そして相反する閉塞感の中、見ず知らずの他人と席を隣同士になりながら、多少の遠慮と緊張に包まれながら、じっくりと観るものであろう。  そこには人間としての社会性とコミュニケーションが確かに存在する。自宅から、または職場や学…
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『映画の何を観るべきか?』ストーリーを追うだけならば、小説を読んではどうでしょう?

 「映画」とはそもそもなんなのでしょう?それを「芸術」と呼ぶ方がいます。とりわけフランス、イタリア、ロシア、ドイツなどのヨーロッパ映画を構築してきた巨匠と俳優達への思い出を大切にしている方は映画に対してはこうした考えを強く持っているのではないだろうか。  また娯楽であると言い切る方も多く存在するのも確かです。こうした娯楽としての映…
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『真・映画検定』 本来ならば、こういう問題にして欲しかった一級試験。

 先週の寒い日曜日に行われた第二回映画検定試験。各所の意見を参考にし、そして自分が行った関西の会場を見るにつけ、気になったことを書いていきます。  まずは明らかに今回の試験受験者が前回より少ないということです。これは致命的である。まだ第二回目であるにもかかわらず、このザマはいったいなんなのだろうか。マスコミへの露出が少なすぎたのが…
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『揺れる大地』(1948)ルキノ・ヴィスコンティ監督によるネオリアリズモの傑作。

 イタリア映画界の巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督の第二作目の長編映画『揺れる大地』が公開されたのは1948年です。戦時下のイタリアで、大きな話題となったデビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』からすでに5年の月日が流れていました。  その間、世界が揺れ動いたのはもちろんですが、映画界でもネオレアリズモと呼ばれる映画運動が世界中を…
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『イワン雷帝 第二部』(1946)スターリン体制に抵抗した革命的映画作家の最後の作品。

 かつての巨匠、エイゼンシュテイン監督の最後の作品となってしまったのが、この『イワン雷帝 第二部』です。『戦艦ポチョムキン』を発表して後は世界を代表する映画人になったエイゼンシュテイン監督も、晩年は再三に渡る制作中止とスターリン体制からの弾圧により、彼本来の創作嗜好とは明らかに異なっていたであろう時代物を撮ることに明け暮れざるをえなかっ…
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『イワン雷帝 第一部』(1944)歴史映画しか撮らせてもらえなかった、かつての巨匠の晩年。

 映画史上、とりわけ制作における重要な理論であるモンタージュ理論とその効果的な実践で、社会主義陣営のみならず、全世界の映画界、なかでも制作者全体に多大なる影響を与え、革命を巻き起こしたのはセルゲイ・エイゼンシュテイン監督でした。  彼の代表的作品である『戦艦ポチョムキン』ではモンタージュはもちろん、シンメトリー的配置の美しさ、遠近…
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『詩人の血』(1930)偉大なるジャン・コクトーが残した彼の芸術の真髄と映画の可能性。

 二十世紀フランス芸術界の至宝であり、詩、映画、演劇、絵画など縦横無尽に活動の場を行き来した天才芸術家ジャン・コクトーが、1930年というサイレント映画とトーキー映画の分岐点とも言える時代の狭間にあって、100万フランの予算とともに自らの芸術性の赴くままに、好きなように制作したアヴァンギャルド映画がこの『詩人の血』でした。  冒頭…
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世界映画月間が出来れば、世界平和実現か?映画の面白さって、一体なんだ?(2)

 8月に入ってからは、BSやCSの映画放送も戦争関連作品がかなり多くなってきています。映画ファンとして、平和について建設的に考えるとはどういうことなのだろうか。今回は映画が他の芸術とは違う特徴を持っていること、そしてその特性を生かした貢献は出来ないのかを考えてみました。  映画芸術が持っていて、他の芸術にはない素晴らしいところは複…
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映画の面白さって、一体なんだ?(1)映画ファンとして、人から聞かれて困る言葉ナンバー1!

 知り合いや職場の人々の間には、すっかり映画オタクであることがばれてしまっている僕はしょっちゅう、ある決まった質問をされる。それは「OOは観ました? 面白い?」が最も多く、「一人で観るんですか?友達と観るんですか?」が二番人気で、「どの映画が面白いですか?」が三番人気、そして「どんな(ジャンルの)映画を観ますか?」が四番目に来ます。 …
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『狂熱』(1921)ルイ・デリュック賞という名を冠される、ルイ・デリュック監督の代表作のひとつ。

 ルイ・デリュック賞というとフランスの有名な映画賞のひとつであり、歴代受賞作品にも『シェルブールの雨傘』、『田舎司祭の日記』、『髪結いの亭主』、『夜霧の恋人たち』、『かくも長き不在』など雰囲気のある作品が選ばれています。  悲観的で、退廃的で、醒めきったムードを持ち、敗北感に満ち溢れた作風が受賞対象になるようです。シャルロット・ゲ…
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『戦艦ポチョムキン』(1925)完璧なモンタージュと映像表現の巧みさ。映画ファンは必見。

  『戦艦ポチョムキン』は革命ロシア(ソ連ですね。)の最大の巨匠、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の残した作品の中でも、とりわけ人気が高く、東西陣営問わず、その後の映画人に与えた尋常ではない影響力の大きさにおいて、他に類を見ない怪物のようなフィルムの固まりです。  彼の代名詞でもある、モンタージュによって、このフィルムに出演し…
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『シネマトグラフ』(1895)映画の歴史が始まった、1895年12月28日。

 キネトスコープなど、狭いレンズを覗いて、動画映像を観る試みは既に、19世紀末である、この日以前からありました。しかし「映写」して、動画の映像世界を、一度に多くの観客に見せたのは、フランス人のリュミエール兄弟が初めてでした。写真でも、まだ珍しかった時代にそれが動くとなれば、どれほど多くの人々が驚いた事でしょう。  映像ですべてを表…
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『大列車強盗』(1903)僅か15カットのこの作品が、アメリカ・アクション映画の始まりとなった。

 1903年に、エドウィン・S・ポーター監督によって、製作された『大列車強盗』はアメリカ映画の幕開けと言っても良いほどの大きな意味を持つ作品でした。アメリカらしい、アメリカ映画といえば、何といっても西部劇に代表される、男の匂いのするアクション映画でしょう。  テンポの良いストーリー展開と子供でも理解できる正義と悪の対立構造、スピー…
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『夜と霧』(1955)上映時間は僅か30分。戦争の狂気とは何なのか。目を背けてはならない。

 アラン・レネ監督による1955年度監督作品であり、カメラによって淡々と狂気を語られると、その迫力の凄まじさは、より一層我々の心に響いてきます。第二次大戦後の六十周年に当たる去年は、わが国の戦後へのけじめも含めて、いろいろと話題になりました。  正味30分強のこの作品ではありますが、いつまでも忘れられない、否、忘れてはならない残酷…
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『美の祭典』(1938)凝った映像表現と、光と影を知悉するリーフェンシュタール監督作品。

 1938年製作の、レニ・リーフェンシュタール監督による、1936年ベルリン・オリンピックの記録フィルムである『民族の祭典』の続編である。両方のフィルムに共通するのは、実際の競技に入る前のオープニング映像が異常に長いことです。15分以上も、直接競技には関係のないトレーニング風景やサウナでくつろぐ映像がひたすら続く。  『美の祭典』…
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『民族の祭典』(1938) ヒトラーにより、政治的かつ劇的に利用された、最初のオリンピック。

 ドイツの生んだ鬼才であり、女性監督のレニ・リーフェンシュタール監督による、1936年のベルリン・オリンピックの記録映画であり、ナチス・ドイツによって最大限に利用されたプロパガンダでもある。だが、この作品にはただの宣伝映画にはないものが多くある。それこそが映像表現であり、スポーツ中継において、今でも通用するような映像表現が、1938年製…
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『ゴダールの映画史』(1998) 全8章を覆いつくす「性」と「死」のイメージ。

 難解極まりない、1998年製作のゴダール監督による『ゴダールの映画史』の各々の章について見たことへの感想です。  『1A』  まず全ての歴史が語られます。まずはアメリカ・ハリウッドの権勢と扇情主義(「映画は女と銃である」byグリフィス)そして世界支配、ロシア革命とその後の動向(エイゼンシュテイン・プドフキン・レーニン)、ナチス・…
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『ゴダールの映画史』(1998)コラージュ・モンタージュ・・・映像が誘うイメージの氾濫と創造

 ジャン=リュック・ゴダール監督が、フランスのカナル・プラス、つまりTV用に製作した一大モニュメントである、『映画史』は全8章からなり、通しの上映時間も4時間半にも及ぶ超大作でもあります。TV局はこれを実際に1998年の夏の間に、毎週一章ごとに合計8週間もの長い間、放映し続けました。  地上波でこのような難解な作品、しかもその中に…
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『メキシコ万歳』(1931&1979) 未完に終わったメキシコの歴史絵巻。彼の本質は不滅です。

 元々は1931年に制作され、公開されるはずであったものの、ついに制作中止に追い込まれたエイゼンシュテイン監督の作品。『ベージン草原』も同じような運命を辿りました。ハリウッドに招かれて映画制作をするはずだったのが、アメリカ側と揉めた為に仕方なく、そのままメキシコに渡り、作り始めたのがこの作品でありました。  当然お金がほとんど無い…
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『ドイツ零年』(1948) 悲しすぎる少年の運命とネオレアリズモの代表作 ネタバレあり

 イタリアのネオレアリズモ(新写実主義)の巨匠、ロベルト・ロッセリーニ監督の1948年の作品であり、『無防備都市』に始まった戦争三部作の三作目の作品。ロッセリーニ監督は元々、ドキュメンタリー作品を製作するつもりだったようですが、途中から劇映画として作り直されました。一番弱いものから死んでいくという、弱肉強食の時代を見事に切り取っています…
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『十月』(1928) スターリンに嫌がらせを受けて、現存の90分間になる前は2時間30分の力作だった

 ロシアの巨匠、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督による、1928年の作品。製作に三年を費やした本作品ですが、製作途中で改変に継ぐ改変を迫られてしまったために、より解りにくいものになってしまったようです。カットされてしまったシーンには粛清されてしまったトロツキーについての映像、革命の主導者レーニンの演説シーンなどがあります。スターリン政権…
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『アンダルシアの犬』(1928) シュール・レアリズムって一体なんだ?映像が目に焼きついて離れない

アンダルシアの犬  スペインが生んだ素晴らしい監督の一人、ルイス・ブニュエル監督の1928年の作品であり、奇才サルバトーレ・ダリが脚本を担当したことで話題になったこの作品ですが、一体全体、何を持ってシュール・レアリズムなのか。  勉強不足のためにはっきりとは言えません。ただ言えることは、この作品の上映時間である15分少々の中…
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