『ラ・ラ・ランド』(2017)こ、こ、これ良いの?過大評価でしょうw

 本日、近所のシネコンの上映スクリーンに入るとすでに予告編が流れていて、いきなり目に飛び込んできたのは『暗黒女子』で、PRしていたのは話題の清水富美加でした。個人的には出家が悪いとは思いません。

 日本も太平洋戦争に負けるまでは宗教が重視されていましたので批判する人々は無宗教の人か、他の宗教団体に所属している人が正体を隠して非難しているか、単に叩きやすい対象を批判しているように見える。

 芸能活動を辞めるわけではないようですし、ファンは静かに見守り、野次馬は放っておけば、また新たな対象を見つけるでしょう。

 さて、話題のミュージカル『ラ・ラ・ランド』ですが、わざわざ映画館までミュージカルを観に行くのは初めてかもしれません。もっとも苦手なジャンル映画、それがミュージカル。しかもタイトルが“ら、ら、らんど”って、どもっているみたいだがなんでしょう。

 『ウエストサイド物語』『シェルブールの雨傘』『サウンド・オブ・ミュージック』『雨に唄えば』など名作と呼ばれる作品群は必修科目、もしくは一般教養科目程度の認識として見てきました。まあ、『雨に唄えば』に関してはスタンリー・キューブリックの超問題作として悪名高い『時計仕掛けのオレンジ』でのテーマ曲の使われ方のほうが印象深い。

 そんな苦手科目のミュージカルではありますが、たまには理屈抜きで接してみようと思い、今回はたぶんミュージカル・ファンが多数集まるであろう『ラ・ラ・ランド』の初日に来ています。

 知り合いの女の子の誰かを巻き添えにしてやろうとも思いましたが、わざわざ呼ぶのも面倒くさいし、周りの女の子たちは特撮、ホラー、SF、アニメが大好きなオタクばかりなので下手にミュージカルにオレは行くぜと言おうものなら、ニヤニヤ笑われそうなのでコッソリと劇場前に来ています。

画像


 周りを見ると僕が好むような作品では普段あまり見かけない素直そうな女の子やリア充たちが過半数を占めているのかなあと思いきや、周りはなんと年寄りばかりです。

 僕らのような長い年月をかけて薄汚れて、叩けばホコリが出てくるような、さまざまな加齢臭が漂っているであろうオッサン一人というのは皆無に等しいはずだと思い、「おおっ!!これはゴジラ映画の初日に子供に囲まれて、彼らの好奇と白い目でジロジロと見られたあのアウェイ状態じゃないか!!」と久々のアウェイに血が騒ぎ、意地でも楽しんでやるか、超辛口で見てやるぞと闘志が湧いていたので、かなり肩透かしを喰らっています。

 すぐに冷静になり、ミュージカル音楽に対する観客の反応や仕方なく彼女の気を引くために付いてきている映画ファンとは思えない男どものつまらなそうな顔を探そうかと思っていましたが、普通にいつも通りの映画鑑賞になりました。

 『オペラ座の怪人』(オリジナルのサイレントのほうが豊かな映像表現のアイデアと音の広がりを感じます)、『マンマ・ミーア』(なんだこれ…)もジャンル的にはミュージカルなんだったら、何だかんだと見ているなあと妙な感慨もあります。

 映画はまずは馬鹿でかくシネマスコープであることが告げられる。これをわざわざ出してくるということは画面いっぱいに夢の世界が展開されるよという期待値を上げる文章なのです。

 すぐにミュージカル特有のいきなり踊りだす世界が始まりますが、ハイウェイを見渡す限りに占拠して踊り狂うスケールの大きさはさすがのアメリカ映画です。これって、もしかしてワンカットなのだろうか。もしあれだけの人数をあの奥行きで一気に動かしているとすれば、とんでもなく計算された完成度の高いモブシーンですよ。

 出てくる車は普段見慣れている小回りの利く日本車とは違い、場所とガソリンを2倍以上は消費しそうなアメリカ車がハイウェイを闊歩しています。なんだか恐竜みたいです。ハイウェイで群衆が踊り狂うというのは外人がやるとカッコいいが、日本人が首都高でこれをやると“ええじゃないか”にしか見えない。

画像


 内容に触れなくてはいけないのですが、知り合いのアニオタ女子大生から『ラ・ラ・ランド』の映像に合わせて『マツケンサンバ』が流れる動画がYouTubeに上がっているとの話が気になってしまい、ついつい松平健はいつ出てくるのだろうという妄想が頭に浮かびました。

 たしかにあちこちで掛かっている予告編の音声を『マツケンサンバ』に変換している動画を視聴するとイイ感じで映像にハマっていて笑ってしまいました。

 これならば、突然、挙動不審に不自然な動きとともに歌い出すミュージカルにおいては躍りのテンポに音楽のピッチを合わせれば、どれでもそこそこにはマッチするのでしょうね。

 内容!?見て楽しめたら、それで良いのでは。何度か眠気で記憶が飛びかけましたので好みには合わないようです。起承転結は春夏秋冬、そして五年後の冬というタイムテーブルがあるので時計を見ずとも今は中盤だなとか、もうすぐ終わるなとか分かる親切な構成を取ってくれています。

 付き添いで来ている男たちへの配慮でしょう。アメリカ人が大好きなのはカーチェイスとミュージカルだそうですから、いっそのこと、二つを組み合わせれば、世界的な興行などは無視したアメリカ・ファーストなハンバーガー・ムービーが出来上がるのではなかろうか。

 ハリウッド映画のシステムでは白人だけでなく、能力の有無に関わらず結果の平等をマイノリティーに提供するために彼らを出演させなければダメという逆既得権益システムが作動しているそうですが、映画業界にもアメリカ・ファーストが浸透してくれば、作品は昔通りの白人の美男美女だけが出てくるリアリティの欠如した作品ばかりになるのだろうか。

 白人以外の人種にはとってはせっかくお金を払って観に来ても楽しめなければ、次第にマイノリティは映画館まで行かなくなるでしょうが、白人の美男美女への憧れは消えることなく、結局は世界中の人が見るのでしょう。スクリーンも自然に白人だけの空間が生まれて行くのかもしれない。

画像


 内容!?まだ聞きます!?ハリウッド映画の全盛期によく使われていたであろうクラシカルな演出であるアイリス・イン・アイリス・アウトを久しぶりにスクリーンで見ました。

 主人公で女優志望のヒロイン(エマ・ストーン。スパイダーマンに出ていたヒロインですね)とピアニストの彼(ライアン・ゴズリング)はクリスマスシーズンの冬に出会い、春に再会し、夏に恋に落ち、秋にトラブり、二回目の冬にお別れをします。そして、五年後の冬に再会しますが、彼女には金持ちの旦那と子供がいて、捨てられたピアニストの彼もジャズが聴けるオシャレなお店を経営しています。

 女優として成功したヒロインはたまたま足を運んだジャズが聴こえる店に勝者のオーラをまとい入店しますが、かつて彼が弾いてくれたナンバーをピアノソロで聴いた後、居たたまれなくなり店を去ります。

 去り際に見つめ合い、笑みを浮かべる二人。良いのはこのシーンかなあ。結ばれない二人を見せて、ビターエンドを迎える。このへんが評価されたのでしょうね。

画像


 最後に変なタラレバなパラレルワールドも行ったり来たりで描かれていて、主人公カップルがそのまま別れずに順調に成功していくアナザー・ストーリーがダイジェストのように展開されます。そしてまた現実世界に戻ってきます。これって、必要性はありません。

 昔懐かしのラインダンスを踊るゴージャスで時代錯誤の舞台の上で主人公カップルが踊りますが、現実ではないことが分かってしまっているので、虚しさしかない。

 劇中では『雨に唄えば』を思い出すシーンやその他往年のミュージカル・ファンがニコニコするであろうシーンがあちこちに登場します。クラシック映画ゆかりの場所も出てきて、『カサブランカ』で使用されたアパートや『理由なき反抗』に登場する天文台も出てきます。

 80年代に流行ったポップ音楽もあちこちで演奏されていて、ゴズリングが食うために魂を売ったと暗示させるA-ha『テイク・オン・ミー』、ソフト・セル『汚れなき愛』、フロック・オブ・シーガルス『アイ・ラン』が使われます。ソフト・セルのヒット曲はオリジナルで使用されています。そのほかにもクラシックのチャイコフスキー『1812年』も使われていて何でもありです。

 映画スタジオやジャズを流すレストランが舞台なので、クラシック映画ファンの僕らがニヤリとしたのは会話の中に『赤ちゃん教育』『理由なき反抗』『汚名』『カサブランカ』といった名作についてサラッと出てくるところでしょうし、ジャズについてもチャーリー・パーカーへの崇拝がわかりやすく示される。

 アカデミー賞関連の話題ばかりが先行し、予告編動画がバンバン流れていますが、昔ほど映画賞は注目されているとは言い難いし、取ったから良い映画だったともならない。それは芥川賞を取ったから良い小説かどうかは分からないのと同じです。

総合評価 58点




"『ラ・ラ・ランド』(2017)こ、こ、これ良いの?過大評価でしょうw" へのコメントを書く

お名前[必須入力]
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント