『デルス・ウザーラ』(1975)さまざまなトラブルを乗り越えて放った起死回生の一撃。

 この作品『デルス・ウザーラ』はかつてはビデオ化されていて、つい10年前までは普通にレンタルビデオ屋さんで借りることが出来ました。しかしながら、レンタルビデオ屋さんの在庫がVHSビデオからDVDに切り替わっていく過程で『デルス・ウザーラ』は店頭から消えていきました。

 それでも東宝からは販売用DVDが発売されておりましたので、この映画の存在を知る者はお金さえ出せば、全編を自宅で見ることはできました。ぼくも10年くらい前にDVDを購入しましたが、その後に販売中止になってしまったのか、ヤフオクなどで出品されているものが一時はかなりの高価で取引されていました。

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 僕らの住む関西ではTSUTAYA心斎橋店に在庫がありましたので、在阪の黒澤映画マニアは割りと気楽にこのビデオを借りられる状況にありましたが、そうでない地域の方は見るのも一苦労だったのではないでしょうか。

 ここ数年ではスカパーやWOWOWで放送されることが何度かありましたし、廉価版のDVDの発売もありますので、多くの映画ファンの目に触れる機会も増えています。

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 しかし何故この作品だけが未だにレンタルビデオ屋さんに並ぶことなく、気軽に楽しめないようになったのだろうか。その理由はこの映画の資本提供が東宝でもハリウッドでもなく、冷戦当時のロシアだったからでしょう。色々と権利関係が複雑に入り組んでいるのでしょうか、なかなかブルーレイにもなりません。

 マスターフィルムがロシアに保管されているのかもしれませんが、なんとかフィルムの劣化を防いだ上で、最良の状態でのソフト化を望みます。フィルムもコダックや富士フィルムではなく、ロシア製でしたので、かなりの補修作業が必要かもしれない。

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 このロシア製フィルムは品質があまり良くなく、撮影当時から褪色したり、色むらがあったりで黒澤監督が頭に描くイメージ通りの色彩を再現できなかったようです。また撮影が始まってからもトラブルは続き、渓谷シーンで撮影した6時間分ものフィルムがすべて不良品で使い物にならず、その期間の仕事が無駄になってしまいました。

 秋の密林地帯でのシーンも困難を極め、道なき道を機材を抱えて登っていっても、天候が変わりやすく、紅葉がすべて落樹してしまい、紙で作った葉っぱで急場を凌いだシーンがメイキング・フィルムでも描かれています。

 そもそもロシアで撮るというのは突飛に思えるかもしれませんが、黒澤監督はロシア文学に傾倒していて、『デルス・ウザーラ』は助監督時代からアイデアをあたためていた企画だったそうですし、ゴーリキーの『どん底』やドストエフスキーの『白痴』もすでに映画化しています。こぼれ話としてはあまり知られていなかった『デルス・ウザーラ』を中央に紹介したのがゴーリキーでした。

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 ウスーリ虎を生け捕りにして撮影に使おうとするものの夜行性の虎は昼間には余り活動しないために結局は調教された虎を撮影に使わねばならなかったようで、こういう部分も黒澤監督を悩ませたようです。虎のシーンはこの映画でも肝となる部分ですので、望みどおりに撮れていれば、さらに出来上がりが良くなったでしょう。

 異国の地での慣れない作業環境、外国人であるロシア人スタッフや協力しているソ連軍兵士らとの意思疎通の難しさ、常に監視をしているKGB、ムラの多いフィルムの仕上がり、厳しい寒さなど黒澤監督のストレスは溜まる一方でしたので、絶対に撮り切るというよほどの覚悟で臨んだのではないでしょうか。

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 映像で印象に残るのは太陽と月が同時に捉えられていて、それをマキシム・ムンズクとユーリー・サローミンがともに眺めるというもので、なんとも幽玄で美しいショットでした。それ以外にも太陽を捉えた映像は素晴らしいものばかりですので、是非ともDVDや放送で見て欲しい。

 真っ黒な空に浮かび上がる夕陽の燃える赤、嵐の前に吹き荒む大風の厳しさや葦草を刈り取り暖をとるときのバックの夕陽などとても綺麗な映像です。

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 また冷戦真っ只中の時代だったこともあり、極寒のロシアには慣れ親しんだスタッフも実動部隊では野上照代と中井朝一の二人しか連れていくことができない状態での撮影だったのでかなりのストレスが掛かったことでしょう。そうした苦労があっての完成ですので、十分に味わって見ていきたい。

 ぼくがはじめてこの作品を見たのは大学生の頃、レンタルビデオでの観賞でした。その後、前述したようにDVDを購入して、何度か自宅で見ました。もちろん映画の出来は素晴らしいものでしたが、70mmフィルムの迫力を体感するには映画館での上映を観るのが一番良いのは当然です。

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 そんなこんなで映画館で観たかったなあと思っていた頃、大阪の名画座であるシネ・ヌーヴォにおいてロシア映画祭というイベントがあり、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の『戦艦ポチョムキン』『イワン雷帝』、そしてこの『デルス・ウザーラ』が一度に上映されることになりました。

 お昼前から夜八時過ぎまでシネ・ヌーヴォ特有のパイプ椅子に腰掛け、ぶっ続けでスクリーンを見上げ続け、座り続けたためにかなり腰が痛くなったものの大きなスクリーンでこの作品を見ることが出来たのは幸運でした。『戦艦ポチョムキン』のときに機材トラブルがあり、再度最初から上映するということもありましたが、小さなことは気になりませんでした。

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 一本一本が終わる度に小休止が入るのですが、まるで修行のような一日でした。今からもう七年ほど前になってしまいましたが、大きなスクリーンで見る『デルス・ウザーラ』は少々フィルムが傷んでいる箇所がありましたが、横帯ノイズが入る、ざらついたレンタルビデオやDVDとは比べものにならない迫力と美しさがありました。

 内容としては間宮林蔵の蝦夷地調査を彷彿とさせる、ロシア奥地の現地調査の道中での少数民族のデルス・ウザーラ(マキシム・ムンズク)とロシア軍将校(ユーリー・サローミン)との交流を描いた、どちらかというと地味な部類に入る作品です。

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 『トラ・トラ・トラ!』『暴走機関車』とハリウッドでの度重なるトラブルで心身ともに疲弊した黒澤明監督にとっては久々に完成まで辿り着けた一本でしたので、苦労はあったものの満足度は高かったのではないか。

 内容としては一部二部の構成となっていて、一部では第一回目の探査とデルスとの邂逅、二部では第二回目の探査とデルスとの別れが描かれています。一部二部共通して描かれてるのは自然の厳しさであり、生命を得た者は最後に必ず死を迎える。

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 二つの探査はまるで様子が違い、ネイチャー・ヒーローのデルス・ウザーラの英雄的な活躍がロシア人たちにカルチャー・ショックを与える様子が痛快だった一回目の厳しいながらも楽しい雰囲気があったが、5年後の設定となる二回目にはまるでない。

 とりわけ二部では人間は年老いるということ、自然の中で生きてきた者が都会暮らしには対応できないことからくる摩擦や苦しみが淡々と描かれています。大自然の過酷さとピーンと張りつめたような極限の美しさはアメリカ映画では見られないロシアならではの空気感があります。

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 吹雪を避けて、ロシア将校・サローミンを助けるマキシムはまさに自然と共にある英雄であり、過酷な自然と付き合えるのは都会人や現代人ではなく、彼のように共存する方法を探す人々なのでしょう。夕暮れが迫るなか、道に迷い、このままでは凍え死ぬ寸前でも葦の草を刈り取って防風柵を作り、寒さを凌ごうとする生命力や意志を持ち続ける彼の強さが印象に残る。

 本物の吹雪の映像はロシアならではと言いたいところですが、実際には戦闘機のプロペラで強風を作り出し、より観客にアピールするシーンに仕上げられています。かの地の草木の美しさやなんといっても沈んでいく太陽の大きさと暗い橙色の夕陽の強さは目に焼き付いています。デルスの大活躍が見られるのが第一部のみどころすべてかもしれない。

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 そんな彼でさえ、視力低下が進むにつれて、自然のなかでの生活が難しくなってくる。近代国家は自然を征服しようと科学を発達させましたが、この当時から20世紀にかけては科学が世界を支配すると信じていた頃でした。

 自然とともに生きたデルスは過去の遺物となり、ウラジオストックの繁栄と開発はまるでアメリカの西部開拓のような雰囲気で推し進められたのだろうか。近代化に対応できなかったデルスは強盗に遭い、あっけなく非業の死を遂げてしまう。

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 近代化の波に呑まれたデルスを感傷的に見ていたのだろうか。科学万能とはいいながら、その歪みは21世紀を跨ぎ、年々大きくなるばかりで、一昨年には我が国では未曾有の震災が襲ってきました。

 あれだけ被害を受け、今も立ち直れていない地域がまだまだ取り残されているのに、政権が交代するとまたぞろ利権や利益のみを考える輩が原発を稼働させようと躍起になっています。不便でも良いではないか。

 夜中に停電になっても良いではないか。もう一度、同規模の爆発事故が起きれば、この国に未来はなくなってしまう。子供や孫のために大人が我慢すれば良いだけなのに、自分たちが招いた失態の責任を誰一人取らずに、のうのうとまだ馬齢を重ねている責任者や元責任者は後世で断罪されるでしょう。

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 話は逸れましたが、我々はこの国に住んでいる訳ですから、いつまでも未来の日本人に借金と汚染物質を垂れ流し続けた最低の祖先ではなく、過去を反省し、新たな繁栄を築いた世代だったと語り継がれるためにも強い意志を持つべきタイミングにきている。

 久しぶりの黒澤映画ではありますが、まさか出演者全員が外国人でロシア映画になるとは誰も想像できなかったのではないでしょうか。それでもマキシム・ムンズクとユーリー・サローミンという素晴らしい俳優と巡り会えたことはかなりの幸運でした。

 特にゴツゴツした男、というより漢の香りが滲み出ているムンズクがこの映画に残した印象は強烈で、彼を手に入れたことが映画の成功を確定させました。興行的には大ヒットとはなりませんでしたし、どちらかというと全30作品中でも地味な印象が強い作品です。

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 興行的にはイマイチでも芸術面では世界的な評価を得て、ロシア映画としては『戦争と平和』以来、二つ目のアカデミー賞の外国語映画賞を受賞し、黒澤明監督にとっても再評価されるきっかけになる大仕事になりました。一年半以上も極寒のシベリアに踏みとどまり、撮影を終了し、大好きなムヴィオラでの編集まで漕ぎ付けたことは新たな自信に繋がったのではないでしょうか。

 またレンタルにも並んでいないこともあり、もしかするといまだにこの作品の存在すら知らない方がほとんどかもしれません。見れば黒澤作品への理解の幅も広がってくるでしょうから、誰でも気軽に見ることの出来る環境を作ってもらいたい。

 第一回目探査での「カピタ~ン!」「デルス~!」の別れ際の挨拶が忘れられません。

総合評価 75点


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