『黒部の太陽』(1968)DVD化が望まれる幻の大作。ダイジェスト版でも嬉しい。

 映画がテレビに押され、娯楽の一番手から転落し、斜陽期を迎えていた当時の大スター、石原裕次郎と三船敏郎が共演したというだけではなく、五社協定などのしがらみの多い閉鎖的な映画界にあって、石原プロと三船プロという独立プロダクションを立ち上げた二人のスターの新境地を切り開いたエポック・メイキングな傑作となったのがこの『黒部の太陽』です。

 ダム建設の困難と意義を問い掛ける内容に、関西電力や熊谷組などが全面協力し、社会派の熊井啓と井出雅人が書き上げ、トンネル掘削時に起きた水難事故の凄まじさや貫通させた感動的シーンを圧倒的な迫力で映画化したこの作品は今でもオールド・ファンの語り草になっています。

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 完成度が高く、見たいという視聴者の声が多いのですが、石原裕次郎の意向により、映画館でのスクリーン上映以外は基本的に禁止されているため、公開当時にこの作品を劇場で観た幸運な映画ファン以外にはほとんど見る機会がありませんでした。

 数回ほどあった特別上映を観に行った方や建設業者での社内研修時など、一握りの人々のみがこの映画を観たことになります。ぼくがこの映画の存在を知ったのは三十年以上も前の小学生の頃です。

 テレビドラマ『太陽にほえろ!』を見ていたときに母親が「昔は裕次郎はカッコよかったんやで。」と言い、「『狂った果実』や『嵐を呼ぶ男』が良かったし、『黒部の太陽』もエエ映画やったわ。」と語っていたのを覚えています。

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 ただしマカロニやジーパンが疾走していたこのドラマにおいて、目の前のテレビに映っている石原裕次郎はボスと呼ばれる、ハラが出ているでっぷり太った真っ黒なオジサンというイメージしかありません。

 しばらく経ってから、深夜枠の映画番組で『嵐を呼ぶ男』を見たときには同じ人とは思えませんでした。その後、大学生になって、レンタルビデオ屋さんがあちこちに出来た頃に多くの裕次郎映画を見ました。

 ぼくがカッコいいなあと思ったのは『狂った果実』と『錆びたナイフ』でしたが、いろんなお店を探しても、母親が言っていた『黒部の太陽』を見つけることは出来ません。

 あとになって、この映画はソフト化はおろか、テレビ放送されることもないということを知りました。そんな学生のころから数えても、何回かは特別上映会もあったようですが、ことごとく機会を逃し、気がついてみると、すでに二十
年以上の月日が経過しています。

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 それがつい最近になって、何も考えずにBS放送のスケジュールを眺めていたら、なんと短縮版ではあるものの二時間以上の番組(136分)が放送されるとのことで、ついにその存在を知ってから三十年以上の念願がかなう日がきたのです。

 オリジナル版は三時間以上(196分)というかなり長い尺ですので、なるほどテレビ放送には向きませんし、かなりカットされているのは分かりますが、それでも素直に嬉しい。

 ここ何年か、お芝居やテレビドラマでこの作品をリメイクされることがあったので、もしかするとこれらは伏線でとうとうソフト化されるのかもしれないと期待しておりましたが、まさかこのタイミングでのテレビ放送があるとは望外の喜びでした。

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 あとは当日に突発的な大事件や災害、雷や工事のミスによる停電さえなければ、ぼくは無事にこの映画を見ることができるはずです。17日は家でのんびり夜を過ごしたい。土曜日はお休みですので、予定などは何も入れないことにして、ついに放送日を迎えました。

 タイトルが出てきた後に続く出演者のクレジットが凄い。志村喬、三船敏郎、石原裕次郎、辰巳柳太郎、下川辰平、加藤武、宇野重吉、寺尾聡、二谷英明、樫山文枝、高峰三枝子、北林谷栄、芦田伸介、岡田英次、大滝秀治らがずらずらと顔を揃える。

 土曜日の夜8時までに用事を済ませて、居間のテレビの前に座るとちょうど『黒部の太陽』が始まりました。オリジナル版は3時間を超えますが、最初の字幕で今回の放送分は石原裕次郎の死後の節目に追悼公開された編集版であることが示される。

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 編集されている点を差し引いても、なお二時間半もの放送時間なので十分嬉しい。黒部第四ダムの工事を進めるにあたって不可欠な建設資材、工事用重機や土砂を運び出す大型車両を現場まで効率良く通すためには険しい山道ではなく、黒部の山々を貫通させるトンネルの完成が必要となる。

 しかしながら、列島が折れ曲がる位置にあるこの地方の地層には破砕帯と呼ばれる土木工事が非常に困難な区域が存在することが予想される。破砕帯のイメージを伝えるために、関係者皆が揃った部屋で石原が割り箸を使って、危険性を指摘するシーンが印象に残ります。

 結果的には二百メートル弱に渡り、その地層にトンネルのルートがぶつかってしまったので、多くの死傷者を出してしまう。黒部ダムの工事全体では百七十名以上の工事関係者が事故の犠牲者として亡くなったそうです。

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 死傷者が出るシーンは崖から転落して亡くなった測量者のイメージが繰り返し映し出される。高度経済成長を押し進める国家プロジェクトには犠牲があったことを忘れてはならない。

 第二次大戦中の黒三ダムの建設も軍部の指揮の下で工事が強行されたので、多大な犠牲があったことが劇中で明かになります。軍部の圧力と戦後の国家プロジェクトの違いは何だろうという問題が提起されます。

 働く人々への圧迫感は変わりない。三船敏郎は関西電力の現場責任者役で登場し、石原裕次郎は熊谷組の下請けの二代目の親方として活躍する。クレジットは三船敏郎が先ですが、この映画の主人公は石原裕次郎です。

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 トンネル工事という地味な題材だけで3時間を超える大作映画を製作できたこと自体が画期的だったのではないか。『風林火山』や『用心棒』のような時代劇でもなく、『嵐を呼ぶ男』や『野良犬』のようなアクション映画でもなく、『狂った果実』や『太陽の季節』のようなラブ・ストーリーでもない。

 社会派の熊井啓がこの映画の監督に選ばれたのも頷けます。派手さはないが、骨太な作風で知られる彼は期待通りに男臭いゴツゴツした映画を撮りました。

 多くのファンの記憶に残るクライマックスは中盤に差し掛かる手前にあります。石原が指摘していたように、工事も後戻りできない道半ばに差し掛かってから、恐れていた破砕帯にぶつかってしまう。無限の土砂と貯まっていた地下水の重みは建設途中のトンネルの鉄筋や木枠を軋ませ崩落させる。

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 急激になだれ込んでくる土石流が多くの作業員や資材を呑み込んでいく事故のシーンは最大の見所でしょう。水だけではなく、悪性のガスも行く手を遮る。この映画が製作された昭和四十年代にはCGなどは存在しませんので、オープン・セットを組んでの撮影となります。

 圧倒的な物量の水が必要だったでしょうが、映し出される時間はほんの数分でしかない。轟音とともに流れ続ける土石流シーンは今見てもかなりの迫力があります。

 山の岩場に多量の発破をかけて爆破させるシーンやブルドーザーで森を切り崩すシーンは当時であれば、建築技術の限界に挑戦する戦後日本の土木関係者にとっては晴れがましい姿だったのでしょうが、現在の目では森を容赦なく切り倒し、爆破させていく様子は環境破壊にしか見えない。

 ただし当時は高度経済成長の真っ只中で皆が少しでも豊かになろうと必死だった時期なので、誰も責められない。さすがに土木工事だけで3時間を見せ続けるのは無理があると判断したためか、裕次郎と婚約者(樫山文枝)とのラブ・ストーリーや三船の娘(日色ともゑ)の闘病話が同時進行で描かれていく。

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 家族の犠牲があってこそ、男たちは憂いなく働き蜂となれたことを表現したかったのだろうか。今ならば、家族が不治の病にかかったら、仕事を切り上げて、家族に付き添うのでしょうが、時代は会社が人生の全てだった頃ですので、仕事を優先して家族を省みない。

 ちょうどトンネルが貫通した瞬間に日色の訃報が電報で知らされる。昔の感覚だったら、家族の死を隠して、背中で泣いている三船を男らしい、立派な態度だとする風潮だったのでしょうが、若い人がこのシーンを見れば、おそらく彼の行動や精神状態を理解できないでしょう。

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 土木工事だけで見せることも出来たでしょうが、それだけではあまりにも華がない。綺麗な川で着物を染めていく傍らで石原と樫山が語らい、松本城公園でデートするような日常(画面の構図や見せ方の順番がとてもユニーク。)を描いた一連のシーンがあるからこそ、映画に緩急のリズムがついたのではないか。

 ああ、完全版をDVDで観たい。ついでに『栄光への5000キロ』も一緒に。そう思っていましたら、なんでも今年はこの映画を全国で上映するとのことでしたので、映画館でぜひ観たい。

総合評価 85点


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