『サイコ』(1960)ヒッチコック最大の問題作で有名作品だが、代表作ではない不思議な作品。

 一般的な映画ファン及びマニアだけではなく、それと気づいているかどうかにかかわらず、おそらく多くの人々はこの作品からの引用を見たことがあるでしょう。

 アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』はそれほどよく知られている映画です。我が国のバラエティ番組でも、気持ち悪いタレントが女性タレントと絡むようなシーンでは結構高い確率でバーナード・ハーマンが付けた有名な旋律がよく掛かっています。

 『サイコ』と言えばこれと決まっているほどに頻繁にこの旋律が流れるので、映画におけるサスペンス映画音楽のアイコン(音なのでこの表現はオカシイのですが…)的な作品となっています。

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 もちろん映像も力強く、ソウル・バスが関わったスタイリッシュで当時は斬新だったであろうグラフィック・デザインを駆使したオープニング映像や多くの映画ファンの目に焼き付けられたシャワー場面の衝撃は数十年経っても、絶対に忘れられないトラウマ映像になっています。

 ヒッチコックが円熟期を迎えても、なお斬新さを追い求めている姿勢には驚かされます。真犯人を隠すようなサスペンスフルで暴力的な演出とソウル・バスの画面デザイン、カメラマン(ジョン・L・ラッセル)の作り出した陰鬱な雰囲気、バーナード・ハーマンの付けたナイフで切り裂くような、これから起こる恐怖の惨劇を見事に暗示する音楽、彼らの意図を汲み取って演じたアンソニー・パーキンスとジャネット・リー。

 数ある映画の中でも屈指の衝撃的な名シーンは世界中の映画ファンに強烈な印象を残しました。絶叫するジャネット・リーの恐怖の表情の超クローズ・アップは多くの雑誌の表紙や映画特集で使われています。

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 90年代初頭にアメリカはロサンゼルスの遊園地に行ったときにも、たしか『サイコ』の家が建っていたので、思わず「オオッ!」と呻いたら、隣のアメリカ人のオッチャンがニンマリとしていたのを覚えています。

 世代を超えて、人種を超えて支持され続ける映画が『サイコ』なのです。全ヒッチコック作品中でも、もっとも知名度が高いのはこの作品でしょう。しかしながら、この作品はヒッチコック監督の代表的な作品であるとは言えず、ファンの間では『鳥』とともに特異な位置を占める作品として認識されている。

 ヒッチコック作品の特徴的なプロットは巻き込まれ型と呼ばれ、主人公が数々の制限(自分の無実を証明できないジレンマを抱えてしまう。)をかけられながら、訳が分からないながらも、もがいて真相に近づいて、トラブルから抜け出していくというスタイルが大半を占める。

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 また物語にはカギとなるアイテムが登場するもののそれは観客の興味を繋ぎ止めておくための囮に過ぎず、作品を見終わった観客が狐につままれたような顔で劇場を後にするというマクガフィンでも知られている。

 今回の作品でのマクガフィンらしきものはジャネットが横領した四万ドル、もしくはジャネット・リー自身ということになるのでしょうが、犯人のパーキンスが間抜けなのか、異常心理に支配された人物のために物欲がないからなのだろうか。

 パーキンス自身でジャネットが新聞紙に隠した四万ドルを手に取っているにもかかわらず(重いやろ?)、まったく気がつかないままに車ごと沼に沈めてしまうので、マクガフィンの印象は薄くなってしまっている。

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 タイトルバックが終わって開巻すると、舞台となるアリゾナ州フェニックスの街の全貌をパンで捉え、時間が金曜日の昼下がりであることを告げる字幕が入る。観客はこの時点でこの映画では時間の要素、おそらくはタイム・リミットが重要なカギになるのかなあという予想を立てる。

 そして恋人ジョン・ギャビンとラブホテルでデートをするも、暑いのと将来が見えてこない不安が重なると、気が向かないので早退すると言い残して、彼女は会社を出て行く。

 観客は会社の帰り道に銀行に行ったものだと思っていたが、カメラの視点が札束のクローズ・アップから荷物を急いでまとめるジャネットを無言で捉えた刹那、観客は彼女が会社のお金を横領したことを理解する。

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 ここでさきほどの金曜日の昼下がりという時間の意味が解ってくる。週明けの月曜日の朝までは銀行は開かないので、逃亡するために用意された時間が金曜日の夜間及び休日である土日の二日間であることに気が付く。

 普通ならば、横領する女子社員に誰も感情移入しにくいのですが、お金の預け主が南部の成金のオヤジで、しかもジャネットにお金で関係を迫ってくるセクハラを見ているので、このお金は取られても構わない性質だと考えているので、「さあ、ジャネット!逃げ切れるかい?」という感情になります。

 つまり、これから何が始まるか解らない観客は逃走モノの映画なのかなあと思っていたはずだろうし、女優が主役のヒッチコック映画は『レベッカ』『パラダイン夫人の恋』『疑惑の影』などたくさんあるが、今回はどんなふうに持っていくのかなあとボンヤリとスクリーンを眺めていたのではないだろうか。

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 楽しいのは逃避行の道中で睡魔や警官や豪雨など、何か困難なトラブルが主人公にふりかかりそうで、何も起こらない状況です。真面目な作品にもかかわらず、ヒッチコックがしかめ面をしつつ、ニヤリと皮肉なウインクをしながら、「アカンベー!」をぼくらに向かってしているような、この絶妙な肩透かしが堪らない。

 他の作品に比べると、おふざけの要素がほとんどない、およそヒッチコックらしくない展開に戸惑いますが、作品としての『サイコ』は映画史に残る傑作スリラーです。

 この豪雨によって、走り続けてきたジャネットは先に進めなくなり、ベイツ・モーテルという罠に嵌まり込んでしまう。最初の雨で前に進む意志を遮られ、次の水のシーンで彼女は命を落とす。ちなみに三つ目の水が関係してくるシーン、つまり底なし沼の場面で彼女は埋葬される。

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 まさか主人公が映画の半分まで行ってないところで死ぬなんてあり得ないということも衝撃的だったことでしょう。それまでのヒッチコックのスタイルであれば、彼女がどうやって、この鳥籠から脱出するのかをサスペンスフルなヒッチ・タッチで見せてくれたはずです。

 まさか主役が殺人鬼のほうだとは予想外だったのではないか。ノーマン・ベイツのモデルとなったのはエド・ゲイン(ヒッチ自身は別の事件だと答えています。)だと言われていましたので、サスペンスだけでは済まないのは解ってはいるものの、まさか心理学的なアプローチを伴う作品でヒッチコックが勝負してくるとは意外だったでしょう。

 かつて、サルバトーレ・ダリと組んだ『白い恐怖』の評判は芳しくなかったので、まさか再び心理学的な要素が強い題材を持ってくるとは評論家や映画ファンも思わなかったのではないか。

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 トビー・フーバーの『悪魔のいけにえ』もモデルはエド・ゲインですので、よほど彼は映画監督にとっては魅力的な存在だったのでしょう。

 その他にヒッチコックの特徴を挙げていくと、ハリウッド・スタジオのしきたりを打ち壊すような繋ぎが難しい、独自の絵コンテによる編集術、魅惑的なヒロインを配置し、エロティックな映像表現を多用することなどが思い浮かぶ。

 大人の娯楽映画の大家が彼なのです。また『サイコ』で特徴的なのはモノクロ映画だということです。もしカラー映画だとすれば、例のシャワー場面はおびただしい鮮血が飛び散る強烈なスプラッター描写がおそらく問題となったはずです。

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 モノクロにすることで、上映禁止処置などを食らうこともなく、大ヒットする要因のひとつになったのではないか。なんでもかんでも残虐な映像を見せればいいというのではなく、観客の想像を掻き立てる撮り方こそが映画作家のセンスなのでしょう。

 個人的に好きなシーンにジャネットが逃走中の車内で、週明けの月曜日に周りの人々がどのような会話を交わしているのだろうかと想像をする場面を挙げます。ここで興味深いのはモノローグで彼女が語れば済むのをあえて周りの人々がしゃべっている感じで声だけが入れ替わり、映像はドライブしている彼女のままという撮り方なのです。

 仕掛けで斬新だったのが異常心理で、二重人格やマザー・コンプレックス、特にマザコンは第二次大戦後、現在に繋がるアメリカ社会の深い病巣となってしまいましたが、その原因になったのは夫が稼いで、奥さんが専業主婦となって、郊外に住むという五十年代に確立されたライフ・スタイルです。

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 これが大きく精神形成に影響したようです。親や親戚が周りにいない環境のもと、ほとんど家にいない旦那と違い、常に息子だけがそばにいるので、愛情のほとんどが彼に向いてしまい、旦那への恨み言を子供に語り、自分の味方に引き入れようとして、最終的には強すぎる過多の愛情で彼の意志を縛り付けてしまう。

 またある者は不倫に走り、それを見た子供は他人を信じることが困難になってしまう。そして、いつかは親は先に死にますが、残された子供はいつまで経っても、精神年齢が低いまま、社会と向き合わなければならなくなり、自暴自棄に暴発して、最後は身を滅ぼす。

 異常心理をテーマにした作品はこれ以降、どんどん量産されていきますが、品位に欠けるものばかりで、『サイコ』のようなスタイリッシュなサイコ・スリラーにはなかなかお目にかかれない。けっして、ヒッチコックのマスター・ピースという訳ではありませんが、見ねばならない作品であることは間違いない。

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 ヒッチコックの映画はとても見やすく、最初から最後まで観客の興味を持続させてくれる作品が多い。彼のフィルモグラフィのなかではかなり毛色が違うこの作品でも彼の映画作家としてのセンスは存分に発揮されています。

 彼の凄みは娯楽映画に徹しているのに、映像作りが斬新で、観客が何を見たがっているのかを理解している点にあります。ラブ・シーンひとつを取っても、少し前の五十年代ならば、ミュージカルでのダンス・シーンや『汚名』に代表されるようなキス・シーンでそのあとに起こるであろう性交渉すべてを暗示するに止まりましたが、60年代を迎える頃にはテレビや現実のニュースで扇情的な描写が増えてきました。

 すると観客はそれまでのぼかした表現では物足りなくなってしまいます。ヒッチコックらしくないものの、膨張する一方の観客のニーズを理解した上で撮られたのがあからさまに刹那的な昼休みのセックス・シーンやシャワー場面の惨殺であろう。

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 いきなりジャネット・リーが下着姿で抱き合う姿を目撃させられる観客はこの映画がこれまでのヒッチコックのイメージを一度リセットして、新たな気持ちで向き合わなければならない作品であることを要求される。

 ジャネットのおびただしい血液はすべてお風呂の底穴へとぐるぐる渦を巻きながら呑み込まれていく。底穴の映像はナイフで切り裂かれて絶命したために恐怖の表情で瞳孔が開いたジャネット・リーの瞳のクローズ・アップへと繋げられる。

 かなり悪趣味ではあるが、観客を怖がらせるスリラーとしては効果的なやり方です。シーンごとに区切って見ていっても、カメラの位置や角度による視線の誘導を楽しませてくれます。第二の殺人、つまり探偵のマーティン・バルサムが殺されるシーンでの天井からのハイ・ポジションでのカメラ位置が巧みに犯人が誰であるかを隠しているのもテクニカルです。

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 映像以外のサスペンス要素としてはバーナード・ハーマンの主題音楽が圧倒的に素晴らしく、そうなるかどうかは彼にも分かっていなかったでしょうが、まさに一世一代の仕事だったのではないだろうか。ビデオが発売されたとき、そしてDVDが発売されたときに何度もソウル・バスの映像とバーナード・ハーマンの音楽のコラボレーションを聴き直しました。

 そう、ぼくはシャワー場面のあの音楽よりも、オープニング以降、社長にバレそうになったシーン、警官に追跡されるシーン、雨のハイウェイでかかるシーンなど何度も流れる、あの緊迫感溢れる、追い詰められていくような主題音楽こそが『サイコ』の醍醐味なのだと思っています。

 パトカーに追われるくだりや豪雨の中、対向車線とぶつかりそうになるヒヤヒヤした場面などがサスペンス効果が抜群で、見ている者をドキドキさせてくれる。

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 何度も見ているのに、オープニングでこの旋律が流れ出すと何かに追いかけられているような強迫観念が沸き起こってきます。繰り返しになりますが、何度も掛かるこの主題のほうが有名なシャワー場面の音楽よりも個人的にはなぜか印象的です。

 前半で執拗に流れているバーナード・ハーマンの主題はジャネット・リーの死後は掛からなくなる。この曲はあくまでも彼女の捕まるかもしれないという心理的な恐怖や強迫観念を音で表現したものだったのでしょう。

 犯人を隠匿するようなカメラ・ワークに接すると、なぜヒッチコックはこの角度や対象の捉え方をするのだろうとか、いろいろと思い巡らせながら、じっくりと何度も見ていくと、この映画は映像作りの最良のテキストであると気づかせてくれます。見るたびに新しい発見があります。

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 本作品の構成はとてもよく練られています。オープニングではいきなりのベッド・シーンが観客をどぎまぎさせる。続いて四万ドルを横領しての逃避行へと流れていくので、観客は彼女が逃げ切れるかどうかのサスペンス映画を観ているのかと自覚するでしょう。

 そしてこのサスペンスのストーリーはシャワー場面のショッキングな惨殺シーンで結末を迎える。ここで観客は主人公が死んでしまう展開に「あれっ?」となるでしょう。

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 横領犯という感情移入しにくいヒロインではありましたが、ハリウッドの美人女優が素っ裸で何度も刺されて絶命したわけで、しかも映画の上映が始まって約50分しか過ぎていない訳ですから、さぞ驚いたでしょう。

 映画はまるでヒッチコック劇場の二本立てのように殺人鬼ノーマン・ベイツの物語に繋がっていく。ジャネット・リーの物語はまるでベイツの物語のプレ・エピソードでしかなかったかのようです。恐怖の余韻が最後まで観客を引っ張っていく。

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 後半の謎解きではヴェラ・マイルズがジャネットの姉として登場しますが、興行的に考えれば、死ぬのをヴェラにして、ジャネットに謎解きさせる、つまり殺されたかもしれない姉の死の真実を探る妹という設定の方がオーソドックスだとは思うのですが、シャワー・シーンを考えると、ヴェラでは盛り上がらない。

 だったら、妹と比べると魅力には欠けるが、シャワー場面の衝撃が観客をノックアウトした余韻が続いていることもあるので、誰でも良かったのかなあという推測もしてみました。エヴァ・マリー・セイントなら、もっと魅力的だったかもしれません。

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 しかし振り返ってみると、この惨殺シーンの長さはたった一分間にも満たないのに今でも語られているわけですから、まさに映画の奇跡の瞬間だったということなのでしょう。リアルタイムで筋書きを知らずにこの作品の上映を観た方はとても幸せな体験をしたことでしょう。

 ジャネットが睡魔に負けた末に出てきたのは警官、雨のハイウェイに負けた先に待っていたのはノーマン・ベイツ。犯罪者となり、逃亡して最悪のウィークエンドを迎えた彼女ですが、演じたジャネットにとっては代表作になりました。

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 ヒッチコック映画によく出てくる異常心理ですが、この映画にも二つの気味が悪い趣味が出てきます。ひとつは覗き窓から女の着替えを覗くという犯罪的な嗜好、そして、もうひとつは剥製制作です。モーテルという鳥かごに捕獲したら、獲物を惨殺する。

 もしパーキンスが母親だけでなく、ジャネットまでも剥製にしていたら、ラスト・シーンはさらにショッキングな結末になっていたでしょうが、さすがにそこまでやってしまうと悪趣味の謗りを受けるのは必定でしたので、あえてやらなかったのだろうか。彼女の死体と乗用車を沼に沈めるだけでもショッキングだと判断したのでしょうか。

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 衝撃的な場面の連続の末に母親の格好をしたパーキンスが劇中の第三の殺人が未遂に終わる場面から警察での取り調べを受けるときに異常心理の謎解きが手品の種明かしのようで古臭く、かなり凡庸に映りますが、60年代初頭ではまだサイコ心理は一般的ではなかったのでしょう。

 ちなみに製作費は130万ドルで、興行収入は3600万ドルですので、単純計算しても費用対効果で約30倍も稼いでくれた、パラマウントにとっても笑いが止まらない、ヒッチコック先生万歳と浮かれたくなる映画となりました。当時の貨幣価値なら1ドルは300円くらいでしょうから、4億円掛けた経費が120億円に化ける感じでしょうか。

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 個人的には最終カットで底無し沼から引き上げられるジャネット・リーの自家用車がもっとも得体のしれない気味悪さがありました。黄泉の国から呻き声をあげながら、死者が這い上がってくるイメージに見えます。

 ハンサムで優しそうな好青年がじつは異常な殺人鬼という設定がよりリアルで恐ろしい。よくニュースで聞く台詞、「おとなしい人だったんで、とてもあんなことをするなんて信じられません!」を思い出します。

総合評価 97点


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