『チェ 28歳の革命』(2008)過去は鮮烈に、現在は色褪せて。映像作品としては素晴らしいが…。

 人々は古来、洋の東西を問わず、大活躍し、その国の歴史に大きな足跡を残しながらも、惜しくも若死にした英雄について語るとき、その対象を過大評価しがちである。ある者は過度の憧れを抱くあまり冷静さを欠き、またある者はその人物を意味なく貶し、正当な評価をしない。

 わが国では坂本竜馬、アメリカのジョン・F・ケネディ、そしてこの作品の主人公であるチェ・ゲバラがそうした評価を受ける代表的な人々なのかもしれない。音楽ファンならば、シド・ヴィシャス、カート・コバーン、ブライアン・ジョーンズなどを思い出すかもしれません。彼らの持つ何が、後世あるいはリアルタイムの若者にそういう憧れの偶像として祭り上げさせるのか。一般に無名の若者は燻っていて、その価値をまだ認められてはいない。しかし自分にはどうして処理したらよいかは分からないが、暴発しそうなエネルギーや不満がある。

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 それらのエネルギーを発散させて、若き血をたぎらせる、もっとも魅力的な二文字、それが革命なのである。しかし革命の象徴をファッションとして捉えているのが現在のゲバラのTシャツを着ている若者たちなのではないだろうか。おそらくゲバラが胸に秘めていたであろう革命への熱き思いや虐げられている人民への崇高な信念はまったく理解はされない。

 理想主義者で過激な武闘派のチェが後年、革命成功後にキューバで居場所を失い、再び戦場に赴き、銃殺されるという悲劇的な末路を辿り、政治家であるフィデルが今現在でもキューバに君臨しているという事実がある。成功したのはフィデルであろう。それでも長く人々の記憶に残り、語り継がれるのはおそらくチェであろう。生き様の違いなのだろうか。若くて怒れる若者はチェの信者となろう。しかし三十代を過ぎると現実的なフィデルを支持するであろう。熱き思いだけでは国を運営は出来ない。

 チェとフィデルでも違うであろうが、かれらリーダー格と末端や支援者的な人々では当然ながら、思惑が違うし、同じ革命という言葉を吐くにしても、その言葉の重みが全く違う。主義者であっても、彼我でその深さも幅も違うのだ。その当たり前のことに気づかせてくれるのが、こういった革命や政治を題材に採る映画であろう。

 何もキューバやカストロについて知らない人がいきなりこれを劇場で観たら、ほとんどの人は劇場の心地よさに耐えられずに寝てしまうのではないだろうか。派手なカットや躍動する市街戦やジャングル戦は思っている以上に少ないので、派手なシーンを期待する人には肩透かしでしょう。

 『ゲリラ戦争』を読んだりするのが苦痛な方にはせめて『モーターサイクル・ダイアリーズ』を観てから、こちらを観る方が頭にスッと入ってくるのではないでしょうか。アルゼンチン人のエルネスト・ラファエル・ゲバラが南米各地を旅するうちにどういう思想を形成していったかを知る良い映画だと思います。

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 革命は特にその初期においては苦難と忍耐であり、ある一定の人数が集まると派遣争いとさらなる膨張であり、自らが権力の側に就くと妥協と粛清である。そして最終的には腐敗し、かつての自分たちがしてきたように、新たなる革命によって打倒される。

 この作品でも、対政府ゲリラ戦を始めた時期では軍装も武器もかなり貧弱で、みすぼらしいものになっているのが、だんだん市街地に近づいてくると、支持者や勢力が増えてきて、武器も対戦車砲が加わってくるなどして充実してくる。勢力が増してくると、パワーバランスが各地域で変わってくるため、公道を自由に使える地域も出てくるためであろうか。隠密裏に夜だけしか動けないという状態よりも、慎重さは必要不可欠なものの日中でも動けるというのは機動性にかなりの差が出てくる。

 全体通して、この二部からなる作品の一本目を見た場合、過去の戦争映画や政治的な映画と比べると、その両方のファンからおそらく支持を得にくくなってしまっている。伝記として捉えても、チェの激しさや真面目さはあまり上手く表現されているようには思えない。

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 重度の喘息という健康問題を常に抱え、またアルゼンチン人であることへの負い目や偏見もまるでなかったように(ちょっとだけ言及される。)ゲリラに愛されるチェが存在し、映画の時間が経過していく。ゲバラ自身の革命への熱き思いや葛藤も感じさせず、かといって、カリスマ性を高める映画にもなっていない。戦争映画にしては見せ場であるべき市街戦や山岳部でのゲリラ戦の厳しさが伝わってこない。これはスローモーションやナレーションが被さってくる影響でしょう。

 死ぬか生きるか、明日をも知れない革命ゲリラでの日々で起こるさまざまな人間模様、とりわけ内部での葛藤をどう描いているのか、光の部分だけではなく、影の部分である脱走、規律のでたらめさ、何も考えずにただ食料が欲しいからゲリラに参加しようとする者などへの描写、またゲリラ戦で傷ついた負傷兵たちを安全地帯へ運ぶための担架の縦列などは今までの映画ではあまり描かれていなかったので、新鮮に映りました。

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 正規軍よりもさらに低レベルでの治療しか受けられないのは当然の反政府軍なので当たり前なのですが、なぜかいままであまりこういう部分にはスポットは当てられませんでした。米国資本の映画で、キューバの反米主義者を映画の主人公に持ってくるだけでも大きな進歩といえるのかもしれません。

 史実に基づき、出来るだけ熱くならないように映画を進めていこうとしているのは分かりますが、感情移入がしにくくなっているのもまた事実です。まだまだ時間の経過が十分ではないゲバラという人物を、しかもフィデルの健康状態が微妙な時期に公開しているので、それも仕方がないのでしょうか。

 語り方で失敗していると思えるのは、ナレーション的なインタビューとゲバラの回想が語り部のようになっていることで、まるで語り部が複数存在しているようで、どうも収まりが悪い。またこのインタビューがいわゆる説明的台詞になってしまっており、これがまた中途半端なインタビューなのです。

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 一般的な映画ファンを取り込もうとしているのでしょうが、もともとこういうタイプの映画は観る者を厳密に選ぶ題材なのですから、勉強してこない者は無視するくらいの気概でなければ、世に出す類の作品ではない。ゲバラの何を描きたいのか。革命の何を描きたいのか。ファッション・アイコンとしてのゲバラを描きたいのか。反米でもなく、親キューバでもなく、物語としての映画なのか。

 淡々と生きてきたひとならともかく、二十世紀、屈指のカリスマの一人であるチェ・ゲバラという素材を映画で生かしきれていない。そう、すべてのベクトルが伸びきっておらず、しかもそのサイズが小さい。もちろん映画にするくらいなので、歴史をなぞるだけという単調さと退屈さを感じさせないための努力として現在のシーンはモノクロで、過去の生々しい革命ゲリラ時代のシーンはカラーで、そしてフィデルたちとの決起のシーンではセピアがかった色調で統一されている。

 さて、この映画はあちこちの映画サイトを見に行くと、あまりファンの評価が芳しくないようです。もちろん、この映画は名作とは言えませんが、しかし本当に駄目なのは映画だけではなく、それを観る我々映画ファンの側にも責任があるのではないでしょうか。

 厳しいようですが、あまりにも映画へ観に行く前の準備をしなさすぎる。つまり、重い映画であるのに、ろくすっぽ勉強せずに、歴史物や思想家を理解しようなどという虫が良すぎる甘えの構図が、そのような軽くて甘いコメントを平気で出してしまう大きな原因ではないだろうか。

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 まさか、おすぎの宣伝話を鵜呑みにして、劇場に観に行くような迂闊な映画ファンは皆無でしょうが、何もかも映画が分かり易く、その人物の人となりを説明してくれる訳がない。フィクション映画を観るなら、予備知識はさほど必要がありませんが、このような作品ならば、時代背景や人物関係、できれば地理や政治状況なども押さえていたほうが楽しめる。フィデルと言われて、それが誰だかも分からないレベルでは何も入ってこない。

 作品の尺は130分弱ですが、この映画を何とか持たせているのは映像の作り方となんといっても主役を務めたベニチオ・デル・トロの好演に尽きる。彼がもしこの映画にいなかったらと考えると少々恐ろしい。カタリーナ・サンディノ・モレノがゲバラの再婚相手となるアレイダ・マルチ役で出ている。

 せっかく彼女を出すのであれば、黒スカーフを巻くシーンなども加えても良かったのではないだろうか。ハリウッド的かもしれませんが、この程度のラブ・シーンならば、問題なしだったと思います。このスカーフはのちにチェがボリビアで銃殺されてから、キューバで埋葬される際に棺に入れられたというものですので、さり気なく出して欲しかったという思いがあります。

 細かいことはともかく、モノクロ・カラー・セピアの切り替えで明らかになるのは鮮烈な思い出は、戦地にあるということであろう。頻繁に過去と現在を行き来し、飽きさせないようにしている。また合間合間にチェの言行録のような台詞が語られ、人柄と思想を説明していく。演説や部隊での閲兵シーンにこれらを持ってくるべきで、西側ジャーナリストに語るのは不要だったのではないだろうか。キューバ人民をどうやって動かしたかの方が重要に思えた。

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 カットについて思ったことがいくつかありました。、ジャングル・シーンにおいては、チェの位置が画面右に置かれたり、左に置かれたりするのはゲリラという立場上、あっちに行ったりこっちに行ったり、常に動き回る機動性と置かれる状態の変化を表すためにそうしているのかなあなどと思ったり、そのときに当たっている政府軍の強弱によって変わるのかなあなどと勝手に思っていました。

 基本的にチェはジャングルにおいて大きく、しかもロー・アングルで捉えられ、ゲリラの神様のようにカメラが語っているようでした。モノクロ映像も基本はローが主体でしたが、革命後のさまざまなゴタゴタで疲弊し切った彼を表現するかのように、ハイ・アングルかアイ・レベルで語る。セピア調のシーンでは彼はまだ客であったためか、カストロたちよりも下に置かれていた。

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 また最近の映画でありがちな、不必要なクロース・アップが少なく、引き画を中心に作品を構成していて、その姿勢は好感が持てる。思想家チェの人となりを映画でどう表現すれば良いだろうかということに気配りをした結果が冷静な引き画の多用なのだろうか。

 個人的に興味深かったのは彼がゲリラ行軍中も書物を離さずに携帯していた点でした。おそらくこの書物はトロツキー全集のうちの一冊だったのでしょうか。死地に持っていく一冊ならいったい自分ならば、どの本を手に取るのであろうか。『論語』だろうか、『言志四録』だろうか、それとも『三国志』だろうか…。

 これは第一部でしたので映画館まで観にいきましたが、パート2には観に行きませんでした。もうじき、『チェ 39歳の別れ』がレンタルされるようですので、レンタル開始後に借りてみよう。ボリビアでの最期をどう描いているのであろう。最期の台詞は「もっとよく狙え!」だろうか。

総合評価 60点

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