『ヘルプ! 4人はアイドル』(1965)圧倒的な成功と、じわじわ蓄積される疲労と消耗。

 『ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!(原題 ア・ハード・デイズ・ナイト それにしてもよくこんなへんてこなタイトルをつけたものです。)』(1964)が興行的に大ヒットを収めた後、再びリチャード・レスター監督を起用して制作された、2作目のビートルズ主演映画がこの『ヘルプ! 4人はアイドル』でした。

 1964年から1965年にかけて、殺人的なツアー・スケジュールに追われていたビートルズがちょっとの間でも、ファンの絶叫から離れられる数少ない仕事、それが映画撮影だったのです。実際に撮影場所もバハマが選ばれるなど出来るだけ接触を避けられるところがロケに使われています。

 前年の『エド・サリバン・ショー』をきっかけにアメリカに進出して大成功を収めた彼らに待ち受けていたのは終わりのないツアー日程と、TV出演でした。稼げるうちに稼ごうという、彼らのマネージャーであるブライアン・エプスタインとキャピトル・レコードの思惑のため、彼らビートルズは1966年に自らの意志でツアー生活をやめるまで、ひたすら義務的にツアーをこなしていきました。

 1963年や1964年のツアーとは違い、1965年、そして1966年のツアーは有名なシェア・スタジアムなどに代表されるように、大規模会場が主流になったこともあり、ファンとの一体感もなく、活気がなく、どこか投げやりで、演奏している彼らの様子も辛そうでした。

 日本の古いビートルズ・ファンは日本武道館でのライヴを誇りにしているようですが、音楽の質はかなり低下していたとしか言いようがありません。ラバーソウル・セッションからシングル・カットされた、『ペイパーバック・ライター』を演奏するなど楽曲の難解さも原因ではありますが、メンバーの疲労が画面からでも感じられる様子は痛々しい。

 個人的にはだらだらやっている印象のある武道館ライヴは全体としてみた場合、あまり優れた演奏とは思えません。『ロック・アンド・ロール・ミュージック』で幕を開ける武道館ライヴは「つかみはOK!」なのですが、演奏中も疲労と脱力感が彼らを苛ましているように見えました。

 『エイト・アームズ・トゥ・ホールド・ユー』というのが『ヘルプ!』のもともとの題名でしたが、疲労、消耗、契約などが彼らにのしかかってはなさない。

 この映画が公開されるのは、ちょうど圧倒的に成功したという、彼ら4人しか味わえない達成感と、面白みのないツアーとマスコミの攻勢による消耗と疲労とのバランスが彼らの中で、後者が優位に立ってくるタイミングでした。

 ジョンはジョークを忘れていませんが、だんだん苛立ってきています。リンゴは他人(ジョンとポール)の成功によって自分まで有名人になるという運の良さを自覚しています。ジョージは喜びを感じながらも、明らかに戸惑っている。ポールのみが更なる知名度と成功を望んでいたように思えます。

 実際、最末期のライヴでも彼は一人で張り切っていて、『アイム・ダウン』や『のっぽのサリー』などに代表されるような絶叫スタイルの楽曲を熱唱し続けています。性格的に彼の神経が一番図太いのでしょう。他のメンバーの熱意は全く感じませんが、彼だけ張り切っているという構図は映画『レット・イット・ビー』でも再現されます。

 この『レット・イット・ビー』では、さらに見苦しいポールを見ることになります。ジョージに対して自分の意見のみをごり押しするポールを見ると、こちらもムカムカする。ジョージを貶めるシーンがあって、それがためにこの映画は永久に陽の目を浴びる事はないだろうと言われています。

 これを観た者の立場で言うと、あんなものはわざわざお金を払ってみる価値はないと断言できます。グループ崩壊の様子など、ビートルズ・ファンには胸が痛んで、じっと見ていられません。チャーミングだった若者たちがすべてを手にした後の成れの果てにみせる、いがみ合いや罵り合いを観たいなどというファンはいないでしょう。憂鬱になる映画でした。

 『ヘルプ!』に戻りますが、最初の映画『ア・ハード・デイズ・ナイト(邦題はビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!)』が成功したために、再度呼ばれたのがリチャード・レスターでした。『007』などのパロディをふんだんにちりばめたコメディ・タッチで物語を構成した、この作品は残念ながら、彼の意図が完全に成功したとは思えない。

 ありのままの彼らをカメラが追った前作と違い、ストーリーに基づいて彼らに演技させた、この作品には彼らの最大の魅力だった新鮮さと躍動感が全く無い。出来自体は悪くはないのですが、最高の素材を使ってあの程度かというのが本音です。

 また、前作の成功に味をしめて、いかにも商業ペースで制作されただろう事が容易に想像できることがあります。それはよりコメディ色を出して、子供向けにする事によって、家族連れも映画館に行かせようとする興行側の論理があからさまで、いやらしさを感じさせることです。

 主役を務めたのは前作に引き続きリンゴ・スターでしたが、彼の自然な演技は素晴らしく、解散後にも映画俳優としてさまざまな作品に出演しました。ビートルズが存続している時でも、ピーター・セラーズやラクエル・ウェルチらとともに『マジック・クリスチャン』に出演しています。

 不満も若干あるストーリーに比べ、こと音楽性に関しては、他を圧倒するレベルの高さを示し続け、更なる進化を遂げていく真只中にいたビートルズの素晴らしい楽曲の数々を聴く事ができます。たんなる「ボーイ・ミーツ・ガール」的な歌は影を潜め、より深い内容を歌い始めます。

 内省的な歌詞は前年1964年のクリスマス・アルバムだった『ビートルズ・フォー・セール』での『アイム・ア・ルーザー』、『ベイビーズ・イン・ブラック』、『パーティはそのままに』で目立つようになってきていました。

 映画ではアルバム『ヘルプ!』のA面である『ヘルプ!』、『ユー・アー・ゴーイング・トゥ・ルーズ・ザット・ガール』、『ユウヴ・ガット・トゥ・ハイド・ユア・ラブ・アウェイ』、『チケット・トゥ・ライド』、『アイ・ニード・ユー』、『ザ・ナイト・ビフォー』、『アナザー・ガール』の7曲がサントラとして使われています。

 とりわけ『ヘルプ!』、『ユウヴ・ガット・トゥ・ハイド・ユア・ラブ・アウェイ』、『アナザー・ガール』、『チケット・トゥ・ライド』のレベルが当時の他のグループの曲に比べると、数段優れている。サウンドに気を使い、いろいろな試みを自分よがりではなく作品に反映させて、しかも大成功を収めている。『ザ・ビートルズ(一般にはホワイト・アルバムとして認知されている)』(1968)までの彼らはポップミュージック界の最大の成功者であり、かつ最高の革命者でした。

 ジョンの2曲での自分自身の内面を吐露するような詩情、突然始まる『アナザー・ガール』のユニークさ(ビートルズには突然始まるスタイルを持つ曲も多く、『オール・マイ・ラヴィング』などもこのスタイル)、『チケット・トゥ・ライド』のサウンドの厚みなど徐々に彼らが来るべき時代、つまり「スタジオ時代」に向かいつつあった事を解らせてくれる作品でもあります。

 また、『ヘルプ!』のB面に入った2曲、『イエスタデイ』と『夢の人』の出来の良さはグループのリーダーだったジョンの才能を、ポールが超えていった事を示している。作曲する上での、才能の幅の広さではポールがずば抜けています。

 ジョンが好きと言う人に「ビートルズの曲で有名なのは?」と聞けば、ポールの曲である『イエスタデイ』、『ヘイ・ジュード』、『ゲット・バック』、『ミッシェル』を答え、かろうじて『ヘルプ!』がそれらに割って入るくらいです。

 僕自身も含めて、ジョン・ファンにはポール嫌いが多いのですが、彼の才能なくしてビートルズが成立し得なかった事も理解しています。もしポールがいなかったならば、ただのロックバンドとして、60年代半ばには消えていたかもしれません。

 あと、この作品ではじめてカーリングというスポーツを知りました。この前のオリンピックでも、「ああ、リンゴがやってたやつだな」という認識でした。
 
総合評価 78点

ヘルプ!/4人はアイドル[決定版]
ザ・ビートルズ: ヘルプ!4人はアイドル[決定版] [DVD]

"『ヘルプ! 4人はアイドル』(1965)圧倒的な成功と、じわじわ蓄積される疲労と消耗。" へのコメントを書く

お名前[必須入力]
ホームページアドレス
コメント