『山羊座のもとに』(1949)もしも、最初に見たヒッチ作品がこれだったら、嫌いになるでしょう。

 イングリッド・バーグマンが主演女優として、存在感を示している以外、他に印象に残るシーンなどがほとんど皆無といってよい作品でした。アルフレッド・ヒッチコック監督が、何故このような歴史物を製作したのかという意味があまり解らない。『ロープ』のあとの息抜きに作ったのだろうか。

 ファンが期待するようなサスペンス的要素もなく、謎とき物であるにしてもお粗末で、他のヒッチ作品ではあまりない、「時間」を感じる作品でした。作品にのめりこむ事もなく、常に冷静でいられました。

 フランスで、とても評価が高いというのを読んだ事がありますが、ヒッチらしさが出てない事への皮肉の意味もこめての批評であるようです。実際に、ヒッチ作品の中では、最も興行成績が悪かった作品でもあります。

 どうしてもヒッチ作品では、見せ方の面白さ、画面自体の面白さ、皮肉っぽいウィットに富んだ会話や脚本、マクガフィン、観客を引っ張る焦らしなど彼一流のテクニックを期待してしまいます。それらを感じられないのが、この『山羊座のもとで』でした。
 
 舞台は19世紀半ばのオーストラリアであり、この頃のかの地はまだまだ未開の地であり、イギリスの流刑地であったことが、いろいろなシーンや会話に盛り込まれています。当然、コアラもカンガルーも出てきませんし、明るいイメージは全く皆無です。封建的な階級差別発言が随所に見られます。

 イングリッド・バーグマンが出ているという、ただこの一点のみで押し切ってしまい、興行に出してしまったような作品です。『レベッカ』と『汚名』を焼きなおして、再生産されたような構成にがっかりしました。

 見所としては、カラー作品として独特な暗い雰囲気を作り出している事、これはバーグマンとジョゼフ・コットン夫婦の暗い過去と秘密を観客から隠している意図、そして当時のオーストラリア自体の陰惨な暗さを感じました。それに絡んでくる、バーグマンの幼馴染を演じるマイケル・ワイルディング。

 また蝋燭の燭台を用いて、3人を映すショットが印象的であり、コットンの主観ショットを用いて、2つの蝋燭を立ててある燭台を手前にして、バーグマンとワイルディングが後で談笑する様は、これからの二人の燃え上がる情熱的な恋を暗示させます。

 反対に、彼らからコットンを映す時には燃え上がる嫉妬の炎を暗示しているようでした。同じシーン、同じ登場人物たちであっても、カット割と小道具の使い方で、その映像の意味が違ってくる演出が素晴らしい。
総合評価 56点

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