『中国女』(1967)ゴダール政治の時代の頃の作品。セリフは難解ですが、映像は意外とポップです。

 個人的には最初にインプットされた中国女はYMOの『中国女』、その次に覚えた中国女はデヴィッド・ボウイの『チャイナ・ガール』、そして最後に覚えた中国女がジャン=リュック・ゴダール監督作品『中国女』でした。

 1980年代後半か1990年代前半だったのかははっきりと覚えていませんでしたが、ヨーロッパ映画らしく、ストーリーを追うタイプの映画ではなく、視覚的な刺激を楽しむ部類なのかなあと漠然とした思いで、馬鹿でかいVHSテープをデッキに無造作に突っ込みました。

 読書には乱読という言葉がありますが、映像作品を貪欲に見まくることは何と言えば良いのだろうか。大学生当時はレンタルビデオの全盛期で、ビデオ屋さんから週2回3本程度を借りてくるのが普通で(当時は1本が500円くらい)で、それに加えてノーカット字幕版放送を打ち出したNHKBSで放映された名画群を見続けていました。

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 関東地方からは高校生以降離れていたので、12チャン映画とはお別れしてしまいましたが、変わったものを見たいという12チャン魂は生き続けていましたので、ホドロフスキーやマカヴェイエフなどのアクが強い作品にも対応していきました。

 そんな感じで手当り次第に映画を見ていましたので、マニアックな作品に当たるとニヤニヤしましたし、周りの普通の人たちとはかなり趣味に乖離があることも理解していきました。

 レンタル屋さんで大昔のアート系やカルト映画っぽいタイトルを見つけると、バンバン借りてきました。その中には今でもソフト化されずに歴史に埋もれていった感のある作品も多々ありますが、中には権利関係をクリアしたであろう作品がひっそりとDVD化されているのを見つけて、嬉しくなることがあります。

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 幸い、ジャン=リュック・ゴダールほど有名になれば、ほとんどの作品がビデオ時代もDVD時代にも手軽に手に取ることができます。今回は自宅のデッキでCS放送を録画したDVDを探したところ、『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』『ウィークエンド』『小さな兵隊』『カラビニエ』などはありました。

 しかしながら今回、急に見たくなった『中国女』がどこを探しても見当たらなかったので、ヤフオクで安かったビデオテープを落札して、久しぶりにこの作品に接しています。こういう時に限って、届いた後に棚から見つかるものですが、まだ出てきません。

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 ゴダール映画ではありがちな観念的というか、理屈をこねくり回す感じをどう受け取るかで印象がかなり変わるでしょうが、純粋に映像作品の芸術性をメインに据えて、どっしりと構えれば、それほど難解ではない。

 なんだか上滑りしている感が否めない政治的映画ではありますが、当時のファッションとして捉えれば、映像には刺激があるので眠気に負けないでしょう。この上滑り感が実は大切に思える作品でもあります。というのも左翼思想だけではなく、思想に当てられるというか、影響を受けるのは価値観が出来上がっていない若年層の特徴でもあります。誰にいつ会うのかというのは案外人生を大きく左右する可能性があります。

 女優さんではゴダールの嫁になるアンヌ・ヴィアゼムスキーが特にチャーミングです(なんだか雰囲気が本田翼に似ています)し、トリュフォー作品で有名なジャン=ピエール・レオが出ているだけでも楽しい。元売春婦役で無知で皆から下に見られていたジュリエット・ベルトが学習して、スノッブでブルジョアな彼らよりも先鋭化していくさまは気味が悪いが、かえってありそうで怖い。

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 キャストが会話している後ろにスローガンのようなメッセージを掲示し続ける演出、赤い色が室内で増えたり、減ったりしていく様が脳内での赤化していくキャストやジャン=リュック・ゴダール本人の心情を表すようで興味深い。もちろん、白や青にも目が行きます。政治的と取るのが普通なのでしょうが、洒落っ気と取りたい。

 音楽の魅力も捨てがたい。シューベルト『ピアノ・ソナタ第13番イ長調、D.644〜第一楽章』とヴィヴァルディ『ヴァイオリン協奏曲イ短調op.3-6RV356:第一楽章』が効果的に用いられています。

 場面転換時に度々使われるのはヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲でした。シューベルトのピアノ曲は別れ話のときに掛かります。それまで政治的なやり取り、つまり左翼ごっこが延々と繰り返された挙句、急展開の別れ話シークエンスに突入していきます。

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 所詮、現実社会に戻らなければならない、リアリストでブルジョアなヒロインたちは革命ごっこに別れを告げる序章として、まずは恋人的な存在だったレオと決別していきます。

 教授に革命のためにはテロリズムしかないと告げるも、完全否定されてしまうアンヌ・ヴィアゼムスキーの政治の季節は尻すぼみになっていく。つまり、ナイーブな学生が罹りがちな若気の至りの伝染病としての左翼運動は収束していきます。

 まあ、大概の当時の学生たちは短く燃え上がり、大学四回生で就活を始める頃には社会人として更生していったことでしょう。そのまま長患いをして、こじらせてしまった人が新聞社などに拾われたのでしょう。

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 同じヨーロッパで、情報が比較的多く入ってきただろう東欧やソビエト連邦については修正主義だの何のと批判しますが、遠いアジアの共産党独裁体制国家のことはプロパガンダまみれの情報にコロリと騙されて、ひたすら美化しています。

 その他、もっとも強烈な印象を観客に与えるのはラジオ北京(これをプロパガンダと言わずに何をそう呼ぶ?)から流れてくる『マオマオ』、つまり毛沢東賛美一色の間が抜けたクロード・シャンヌの歌でしょう。共産党風のラジオ体操にも大笑いします。

 資本主義の権化であるアメリカについても冷やかし放題に戦車のオモチャや戦闘機の模型、アメコミ主人公のバットマンを使って、自己中心的なヒロイズムや自由主義を批判したり、嘲笑しますが、嘲笑しても、批判しても、銃殺せずに大目に見てくれるフランスやアメリカの寛大さには気付かない。

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 朝、夜更かしばかりで起きられないヒロインたちを起こすためにラジオを大音量にして入ってくるキリロフの動きが楽しい。このシーンを見たときに、学生時代の夏合宿のとき、起床時間になっても起きてこない僕らの耳元に「す〜ば〜らしい朝が来た~♪」の歌を先生が大音量で掛けて、無理やりに起こしにきたのを思い出しました。

 どこの国でも、若い人はいつまでも寝ていたいということなのでしょう。色彩を楽しめる作品で、画面を満たすフランス国旗を表す赤色、青色、そして白色に大きな意味が与えられ、経験を積み、時間を経過するごとに赤と青のバランスが変わってきます。それは考え方の変遷であり、人間関係の変化にも繋がっていきます。

 興奮の赤、冷静沈着な青、フラットな白など色を通して、登場人物の変化を楽しむのもいいかもしれません。一番、冷静になっていくのは撮っているゴダール自身だったのかもしれません。

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 後半に教授にテロ計画を打ち明けるシーンがかなりエロチックで、アンヌが窓を開閉する器具を退屈を紛らわすために弄り回すしぐさをします。その様子がまるで男性器を愛撫する感じなのです。関係性を暗示しているようで、興味深い。

 毛沢東思想にかぶれ、本棚を赤色の毛沢東語録で一杯に埋め尽くす程に共感していったのが、最終的には幻想から目覚め、棚から乱暴に叩き落とすシーンに反って自由主義の良さを見るようでした。

 そもそもタイトルは『中国女』ですが、中国系は出てこない。毛沢東思想かぶれ女は出てきます。アート系は小難しいから嫌だと敬遠する前に、ゴダールの洒落っ気に触れて欲しい。大真面目に馬鹿をやる感じが楽しいですよ。まあ、本人は本気だったかもしれませんが…。

総合評価 60点

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