『南部の唄』(1946)人種差別映画?心温まる友愛映画?まさかw

 この映画を見たのはテレビだったか、レンタルのVHSビデオだったかははっきりと覚えていません。存在すらも忘れかけていましたが、思い出すきっかけとなったのは町山智浩『もっとも危険なアメリカ映画』でした。

 この本ではディズニーの偽善についてチクチクと批判をしていまして、拝金主義が行き過ぎるように思えるこの会社の闇の部分を暴き出していて痛快ですらあります。

 まだ読まれていない方は『トラウマ映画館』などとともに一読されることをおススメいたします。『もっとも危険なアメリカ映画』でやり玉に挙げられるのは『空軍力の勝利』とこの『南部の唄』です。

 大昔、ビデオレンタルでこれを見た時は何とも思わずに借りてきました。内容としては普通に見ているとなんだかお気楽な映画だなあととも思いましたが、『風と共に去りぬ』の黒人メイド役のおばちゃんが同じような役柄で出ていたりするので興味深かったのと牧場で主人公の少年が大怪我したりとちょこちょこあの名作に似ているなあと感じていました。

 そう言えば、この作品もDVD化されないなあと思っていましたが、そんなに好きだったわけではなかったので、昔ダビングしたビデオを特に見直すこともなく、そのままにしていました。

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 ところが、町山氏の本を読んでいるとじつはこの作品は本国アメリカでは猛烈な批判に曝された封印映画であることを知り、驚いてしまいました。

 また昔はテレビ放映もされたようですが、アメリカではビデオ時代もDVD時代になってからも一度もソフト化されていないということを知り、さらに驚きました。ただ今回、記事を書くにあたりAmazonで調べたところ、米国盤かどうかは分かりかねますが、現在在庫はないものの海外版DVDもあるようでした。

 そんないわくつきの作品であるにもかかわらず、よくも日本でシャアシャアとお金を稼ぐ道具として使ったものです。英語という言葉が不自由な日本だからこそ成立したソフト化だったのかもしれません。

 逆に大規模都市爆撃のヒントを与えた『空軍力の勝利』はアメリカでは普通にソフト化されていますが、当事国のわが国ではソフト化は不可能でしょう。軍人ではない民間人、小さい子供や力の弱い女が暮らす街を破壊しつくす卑劣な戦略を肯定する映像の力は圧倒的に強かったようで、チャーチルはルーズベルトに見るように強く勧めていたそうです。

 そんなディズニーが戦後すぐにいけしゃあしゃあと黒人と白人が楽しそうに共存する、現実には存在しない不思議な世界の物語を子供向けに公開しました。それがこの『南部の唄』なのです。学生のころ、何も考えずに見た時はえらくお気楽な作品だなあとしか感じませんでしたが、当事国であるアメリカでは黒人団体からの強い抗議を受けたそうです。

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 僕が感じたこと、つまりお気楽というのがキーワードだったのかもしれない。奴隷から解放されたとされているものの南部に行けば、生活は天と地ほどの違いがあり、黒人には1971年に文盲テストが廃止されて公布されるまでは半数以上に選挙権が与えられず、住む町も食べるレストランもトイレさえも隔離されていました。

 そんな虐げられている環境下において、ディズニーはあり得ない世界を作品として公開し、誤ったイメージを、白人たちに都合が良いだけのイメージをばらまきました。これがおそらく黒人の地位向上を目指す団体の逆鱗に触れ、反発が広がったのでしょう。

 言葉使いはブレア(ブラザーのこと。)やダ(the)などの奴隷時代の名残のような黒人特有のしゃべり方を用いているし、メイドとして登場する黒人たちもなぜか白い旦那様や白い奥様と対等に口をきいている。

 ブレア・ラビット、ブレア・ベア、ブレア・フォックスが登場するが、キツネは狡猾、クマは鈍重、ラビットにも逃げ回る根性なしのイメージがあり、どれも悪意を感じてしまう。

 現在自宅に残っているビデオは日本語版のみでしたので、内容の確認のため、YouTubeでオリジナル言語でも見ることにしました。ただしオリジナル全長版はなく、断片的な映像ファイルがアップされています。特に汚い言葉というか独特な言い回しには気づきませんでした。

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 日本語吹き替え版ではどこか差別的な声当てがされていて、普通の白人が使わないようなイメージの対訳がされていたのは明らかで、下賤な感じの日本語が当てられています。ということは悪意が底に潜んでいたということなのでしょう。

 ブレア・ラビットを“うさぎどん”と訳していたり、白人との会話では奴隷であることが暗示されるようなへりくだった卑屈な感じが出てしまっています。

 ただビデオ版も不思議な点があり、吹き替えには数種類あるようで、ぼくが確認できたのはブレア・ラビットの訳が“うさぎくん”のヴァージョンと“うさぎどん”のヴァージョンがあり、うさぎくんヴァージョンの方が丁寧気味で、うさぎどんヴァージョンは全体的に崩した感じです。

 ディズニーはこの物語は奴隷時代のお話ではないとしているようですが、どう見ても『風と共に去りぬ』の世界観としか思えない。南部の広い牧場、畑で働く黒人たち、狭くて暗い粗末な掘っ立て小屋に住む真の主役であるリーマスじいさん。

 うさぎどん(よりブラザーな言い回しな感じ)ヴァージョンは白人の大地主の未亡人を大奥様と呼び、娘を若奥様と呼び、孫をおぼっちゃまと呼ぶ。対等な関係ではないことは明らかでしょう。しかも彼ら黒人たちはすべて善人として描かれ、白人とも普通に会話している。ところどころおかしいのにコミュニケーションは取れている。

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 物語は白人の子供と黒人の少年が仲良く遊び、少年の母親が子供の頃から昔から農場で働いている黒人のおじいさんが楽しい民話を語り、近所で暮らす小作人の末娘とほのかな恋愛模様を描くが、牧場の牛の攻撃を受けて白人少年は意識不明の重体に陥る。

 夫婦仲が悪かった両親と牧場主のおばあさんが超高級な純白なシーツが敷かれたベッドで看護(そのベッドが出てくる前にはおじさんの掘立小屋や小作人のみすぼらしい家が出てきます)をしている。

 家の外(!)では奴隷一同(元?現?)が彼のためにゴスペルのようなやさしい歌で励ます(ありえんだろ!)。若奥様からの子供に近づくなという事実上の退去命令を受けて農場を出て行ったおじいさんは子供の危篤に駆け付け、手を握りながら話か掛けると彼は意識を取り戻し、元気になった彼と黒人少年と小作人の娘、そしておじいさんは楽しそうに皆で農場の道を歩いていく。という感じで終わります。

 虐め抜かれている黒人からすれば、白人と仲良く共存するおとなしい黒人のイメージは虫唾が走るでしょうし、綺麗ごとで塗り固められた話の筋に怒りが込みあがるでしょう。もはや、ブラックジョークにしか思えないので笑ってしまう人もいたかもしれない。

 今になってもDVD化がされないのも理由があるからでしょう。日本人には解らない差別的な言い回しが散りばめられているからこそ拒否感があるのでしょう。

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 映像的な注目点としては実写映画にアニメを入れ込んで同時に存在させるという荒業をやってのけていますが、時代は1946年ですので戦後すぐの段階でこれほどの映像表現を実現していたのはディズニーくらいでしょうから、偉大としか言えない。

 だからこそ黒人と白人の歴史を都合よく処理する歪曲演出のために闇に葬られてしまっているのはアニメの歴史上惜しい。

 ちなみに音楽を大胆に取り込んだ演出はミュージカルのようであり、町山氏も指摘するように『メリー・ポピンズ』の原型でもあります。主題歌として使われる『ジッパ・ディー・ドゥ―・ダー』は何度も歌われるので、いつのまにか耳に残ります。

 サッカーのメキシコチームを応援するときの掛け声である「シキッティブン アラビンブンバン! メヒコ! メヒコ! ラーラーラー!」の呪文みたいです。

 美化された『風と共に去りぬ』への返答のような形で、実際のこの時代を描いた映画としては『マンディンゴ』があります。現在の大統領であるトランプも差別主義者のようですし、差別と弱い者いじめの対象が黒人からイスラム教徒に変わっただけで本質は同じなのでしょう。

 “トランプ”のくせにハートがないですのでみんながルールを知っているババ抜きをはじめとする国際的ゲームのルールも勝手に自分の都合が良いように変えられようとしています。4年持つのかね?

 総合評価 58点


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この記事へのコメント

さすらいの映画人
2017年02月07日 20:49
用心棒さんこんばんは。僕が昔ビデオで見たときは「メリー・ポピンズ」の原点であり、実写+アニメという点では円谷プロの「ボーンフリー」や「アイゼンボーグ」の先駆けという感じで捉えてました。でも昔の作品は良い作品でも今だと「差別だ」とか「偏見だ」とかネガティブな意見に捉えられる場合がありますね。「ロッキー4」や「ドラゴン怒りの鉄拳」、「グリーンベレー」を今の映画でやったら批判されそうですね。
2017年02月08日 00:16
こんばんは!

映画芸術の最高傑作である『國民の創生』は一方でKKKを英雄として扱ったため、ずっと人種差別映画の烙印を押されています。

>今の映画
映画に限らず、何でもかんでも文句を言えば通ると思っている馬鹿なクレーマーがうるさすぎますね。また面倒ごとを抱えたくない企業側も及び腰なので、どんどんつまらなくなり、堅苦しい世の中になっていますね。

>ボーンフリー

なつかしいですね。毎週見ていましたよ!
ぼ~んふりー号の~
五人と一匹~♪

でしたっけwww

ではまた!
ヘテロ接合体
2018年12月02日 22:27
Joel Chandler Harris著「リーマスじいや」原作の映画、南部の唄ですが。
内容は原作者自身が近くで見ていた綿花職の労働奴隷達の歌や物語で口頭伝承されていく文学作をまとめた物で、黒人と白人の差などない未来への理想を込めて描いています。
要はその本を取って少しでも差別などを無くしていくこと、また文化を残していくことの重要性に気づいてもらうことを望んでいたでしょう。
ウォルトは「アメリカの風景、風俗を残す為に」と思って作っていたようですが、どちらにせよこの映画を見て、或いは見ないにも関わらず「差別的表現が無いから差別を助長する」などと言う人たちが出ていることはとても嘆かわしいと思います。
1880年代、南北戦争後に理想化された未来を描いた作品を映画化した物を見て実際と違うと叫ぶのは天に唾するようなことで、そんな社会にできていない自分たちこそを攻めるべきなのに。
2018年12月03日 21:28
こんばんは!

ぼくらがこれを見る場合、特に何が問題なのかは分からないでしょうし、当事者同士でしか分からない部分もあるのでしょうね。

ずっと差別されてきた黒人にとっては作品をバイアスなしで見ることは出来ないために揉めているのでしょうかね。

ではまた!
2019年12月31日 23:23
この年末に失礼します。
実は今日、購入したDVD「國民の創生」を観てショックを受けているんです。
用心棒さんは、「國民の創生」をご覧になったことはありますか?
全く映画というものは本当に危険な文化ですね。あらためて思います。
この「南部の唄」は観たことがなかったんですけれど、やっぱり危険な作品なのでしょうね。
「國民の創生」は凄い作品でした。公開当時ロングランだったことがわかりますし、未だに評価せざるを得ない作品なのが理解できましたよ。私も観てるうちにKKKの立場に立ってしまった・・・。恐ろしいことかもしれませんが、エイゼンシュテインのボリシェビキの描き方もアラン・ドロンの演じる犯罪者も、映画のことではなく実はリアルな実際なのではないのだろうか?とも考えてしまう。だからこのKKKも・・・。
ルノアールの「映画においてはすべての言い分が正しい」が思い出されます。
逆に考えれば、生活実感の伴わないリベラルや理想主義なんかくそくらえなのかもしれません。
私の祖父は北海道の開拓農民2代目の土地所有者でしたが、戦後、農地改良などでアイヌのために尽力したと聞いていますが、その娘(私の伯母)は逆にいまだにアイヌのことをよくは言いません。当時の伯母の日常生活(祖父の家によく遊びにきていたアイヌ人たちとの付き合い)の話を聞くと反論なんてできないんですよ。

歴史は進んでいかざるを得ない。紆余曲折を経ながら良きものに向かっていかなければならない・・・。そういったとき、映画の役割は本当に大きなものであるように思います。やはり「國民の創生」のような作品は必要だと思っています。

それにしても、町山智浩氏は、私からすると「映画コメンテーターってなによ!?」っていう憤懣やるせない時代であるにも関わらず、久しぶりに本物の映画評論で活躍されているようですね。期待したいと思っています。

では、よいお年を。
用心棒
2020年01月01日 10:39
明けまして、おめでとうございます。

>國民の再生
知らず知らずのうちに白馬に乗ってやって来るKKKが白騎士団に見えてしまい、立ち位置も彼ら側にいることに驚かされます。クロスカッティングやクロースアップで感情移入していき、美しく見えるのはまさに映像魔術です。

グリフィスが評価が高いもののどこかあまり批評家が口を開きたがらないのもこういう魔術的な誘導と有色人種への偏見を助長すると忖度されるからかもしれません。

レニ・リーフェンシュタールは枢軸国側の監督だったので、戦後バッシングされましたが、勝利していたら、正反対の評価だったでしょうし、フリッツ・ラングやエイゼンシュテインも違う評価がされていたかもしれません。ラングは裏切者、エイゼンシュテインは扇動者と言われていたかも。

>開拓農民
『なつぞら』の舞台ですね。当時のことをしっかりと覚えている方からすると、綺麗ごとでは済まない事実がいろいろと巧妙に隠されていたりしますからね。母親が住んでいた街の近くに半島系のひとが少数住んでいて、近所の鼻つまみ者だったと語っていて、最近のヘイトスピーチ関連で批判していた人たちが悪いような判決が出ると、「あいつらがおかしいんやから、判決はおかしい!」「なんで、あいつらばっかり悪いことしてもつかまらへんねん。」と言っています。肌感覚で知っている人と上っ面のお花畑のマスコミとの違いでしょう。

>町山
残念ながら、映画秘宝が休刊(廃刊?)になってしまいましたね。業界に媚びない姿勢が好きだったので硬派のメディアがまた減ってしまいます。

それでは今年も健康第一で頑張りましょう!

ではまた!

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