『マタンゴ』(1963)男女七人キノコ物語。ゾンビ映画やモラル的な寓話としても鑑賞可能。

 人間性とは何か?自然に適応するとはどういうことか?生存するために必要な行為である「食」を制限された時に、人間たちはいかなる行動を取るのか。理性が勝つのか、生命体としての欲望が勝つのか、野性とは何なのか。

 置かれた住環境に合理的に適応して行くことを野生と言う。その環境に適応できない者に待っているのは環境、そして適応した者からの拒絶、つまり死である。

 禁断の植物を食べると、違う存在に変化するというのはアダムとイヴの挿話にもあるように新しい話ではありません。彼らは林檎を食べて原罪を背負わされましたが、この物語の登場人物たちは禁断のキノコ、マタンゴを食することによってすべてキノコ人間になってしまう。

 自らの意思により、自らの運命を決定し、人間としての尊厳を守るか、異形の新種として生命のみを生き長らえていくかは個人の決定に任される。

 東宝の若手スターであった土屋嘉男、小泉博、水野久美、久保明ら男女七人組が登場し、各々の意思で未来の運命を決めていくこの作品で、もっとも印象に残るのは悪のヒロインを務めた水野久美、そして最後まで自分自身と闘った久保明である。

 水野久美の魅力を語るにはこの作品と『怪獣大戦争』を観れば十分であろう。退廃的で妖艶な悪の雰囲気を持つ彼女がいれば、東宝の特撮映画は作品が引き締まる。陸の孤島でファッションショーのように何度も衣装替えを行い、男たちを惑わしていく魔性の女を演じる彼女はすでにキノコを食べる前から獣性が強い。

 敢えてマタンゴを食べずとも、既に彼女は剥き出しの野獣である。人間からマタンゴに移行して行くなかで、もっとも抵抗が少なかったのは彼女だろう。若くて美しい男女も一皮剥けば、欲望が前面に出てくる野生動物と大差がないことを暴露する。

 象徴的だったのは最後の戦闘シーンで、他の登場人物がどんどんマタンゴ化していく中で、彼女のみが美しい人間のままで変化しない。まあヴィジュアル的には水野久美の化け物姿を大スクリーンで観たい人はいなかったのでしょうが、人間の姿そのままでマタンゴに同化している彼女の方がむしろ恐ろしい。

 恐ろしいのはマタンゴになってしまった変わり果てた人間の姿ではなく、人間が普段は隠しているが、危機に追い込まれた時に剥きだしになるエゴイズムと獣性であろう。鏡を外して自分の姿を見えないようにするのは人間だった自分がプライドを失くし、野獣と化していく自分を恥じるからであろうか。

 飽和するような東京の派手なネオンサインと建築中のビルから聞こえるボウリングの規律正しい騒音に溢れる街並みを左から右へパンすると、そこには生き延びた久保明がいる。そこは明らかに精神病か伝染病患者収容の隔離病棟である。彼の回想という形で物語は始まり、彼らが島で経験した恐ろしい顛末が語られる。

 どんなに追い込まれても、恋人や友人を全て失っても人間性を保ち、自分だけはついぞマタンゴを食べなかったと、医師たちに対して背中越しに悲痛な様子で語り終えた彼だったが、彼らに向かい合うように振り返った彼の顔には.....

 この衝撃的なラスト・シーンの後、カメラは病室を出て、右から左へパンニングしていき、ボウリングの騒音とともにこの物語は閉じられる。子供の頃にこれを見た時には恐ろしくて、しばらく頭の中にマタンゴ化していく久保明の顔が焼きついていました。

 撮影技法的には固定カメラとカット割りの繰り返しが多く、奇を衒った演出はない。円谷英二が参加した、彼がもっとも得意とする船の特撮で撮影された難破船やクルーザーの模型も良い雰囲気を出しています。船と激突するシーンではエイゼンシュテイン監督の『戦艦ポチョムキン』のラスト・シーンを思い出しました。フェリーニ的世界も感じます。

 肝心のマタンゴの容姿が酷いのが玉に瑕です。天本英世が演じていたマタンゴ人間(最初に出てくるマタンゴになりかけの船員)がかなり不気味だったので期待しましたが、成長しきったマタンゴのフォルムはかなりデフォルメされていて、シュールな感覚がありました。

 脱力しながら笑ってしまうのは簡単ですが、あれをリアルに作ってしまうと本当にまったく救いのない映画になってしまうので、『リトルショップ・オブ・ホラーズ』のオードリーJrと同じように洒落で済ます感覚も必要だったのでしょう。あの島はマタンゴだらけの「きのこの山」になってしまったのでしょう。食べられるけど、戻ってこれない。

 フォルムは笑えますが、マタンゴの大群が久保明たちに襲い掛かる最後の誘惑と戦闘はのちに大ヒットする『ナイト・オブ・ザ・リヴィング・デッド』に代表される一連のゾンビムービーを予感させる出来栄えでした。

 きのこを食べて変身するというのはマジック・マッシュルームを例にとるまでもなく、ドラッグ・ムービーとして捉えることも可能である。また人間モラルの崩壊という観点からはマタンゴが伝染病的な性病を想像させ、それが短期間に蔓延する様子はフリーセックスへの警告と取ることもできる。

 フォッ!フォッ!フォッ!フォッ!フォッ!フォッ!という不気味なマタンゴの声はバルタン星人のオリジナルを聴くようで、ウルトラマン・ファンには見逃せない作品かもしれません。

総合評価 80点

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この記事へのコメント

オカピー
2006年11月08日 00:39
 余りに評価が違うのでTBしようか迷いましたが、時には考え方の差があっても良いと思い、実施致しました。
 私は露骨に風刺やメッセージを入れる娯楽映画は好みではなく、アメリカのアニメが嫌いなのもその辺りが理由ですが、宮崎駿くらい洗練されていれば話は別。
 評価点は1ですが、100点満点にすれば40点。その下に7つ下があるので最低というわけでもないのですが、35点以下と言うのはレンタル・ビデオのジャンクくらいにしか出さないので、ブログの最低点とはなっております(それ以下を出す場合は0.8とかいう評価にする予定)。

 こういうテーマはサイレント時代からたくさん作られているので、私には退屈でした。「ガス人間第一号」のように、もっとあっさりと作ってくれたら純度が増して良いのですけど。
2006年11月08日 11:00
 オカピーさん、こんにちは。
 たまには意見が違うのもまた楽しからずや。という感じでしょうか。
 ガス人間の淡々としてそれでいて苦悩を感じさせる作りは良いですね。ではまた。
トム(Tom5k)
2006年11月13日 15:11
>用心棒さん
ご要望にお応えして、『マタンゴ』を再見し、記事にアップしました。いささか趣味的な内容になりましたが、ご高覧のうえコメントいただければうれしいです。
2006年11月13日 19:26
 トムさん、こんにちは。
 面倒な事に巻き込んでしまいまして申し訳ありませんでした。早速伺います。

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