『シャンパーニュ』(1928)ヒッチコック監督には珍しいラブ・コメディー映画。ネタバレあり。

 イギリス時代、それもサイレント映画を製作していた頃のヒッチコック監督作品のひとつが、この『シャンパーニュ(シャンペン)』です。全部で9本撮影されたヒッチコック監督のサイレント時代における8番目の映画です。そしてこれは彼にとって非常に珍しい部類に当たるラブ・コメディ映画であるだけではなく、ファンにとっても非常に貴重なものです。

 ヒッチコック監督自体はこの作品を気に入らず、のちに最低の映画だと言ってこき下ろしていましたが(参考 『映画術』)、そのような事はなく、機知に富み、豊かな映画的表現を駆使した、素晴らしい作品だと思います。この映画はサイレント映画なので当然ですが、音声はありません。

 台詞に頼らず、音楽に頼らず、映像とその繋がりの妙であるモンタージュを駆使して、ストーリーを雄弁に語っている作品でした。サイレント映画を製作した経験のある監督は、トーキーのみしか扱ったことのない監督よりも、より多くの映像表現を体得しているのは明らかでしょう。ヒッチコック監督もこの作品を含め、9本のサイレント作品を制作しました。

 サイレント映画で描かれているキャラクター達は表情と動きで、自身の精神状態と感情を表現します。この作品で見られる演技は、ある意味サイレント時代には珍しく、今と同じような自然な演技をしています。来るべきトーキー時代に備え、リアリスティックな演技をしていくよう心がけて演出していた感すらあります。

 見ただけで解る、ストーリーとシーン構成はヒッチコック監督が才能に溢れた監督であった事を物語っています。本人がこの作品をどれだけ否定しようとも、非凡な映画的な才能は隠しきれません。

 なるべく字幕を減らして、芝居の連続性と観客の興味を断ち切らないことを念頭において、演出と編集が行われたのは明白です。字幕で補わねばならないところを何気ないショットを重ねる映像表現の妙で補っています。

 素晴らしいのはラブ・コメディでありながら、いつものヒッチ節をあちらこちらにちりばめている点です。毒気たっぷりの表情や所作動作、観光趣味、こだわりたっぷりの食事シーンとキスシーンの多さ、ちょっとした悪戯趣味などヒッチ・ファンなら「ニヤリ」とくる映像に沢山出会えます。ヒッチコック監督がイギリス人であることを思い知らされるシーンが多い。

 船のシーンや酔っ払いシーンが多いのですが、船酔いシーンでのカメラの動かし方は最高で、見ているこちらまで酔っ払いそうになる素晴らしい動きでした。船内でのシーンだけではなく、この作品には映像で遊んでいるヒッチコック監督の悪戯心が満載されています。船酔いと同じように、失恋するシーンでも画面が揺れる演出を用いているのも洒落っ気たっぷりで興味深い。

 またヒッチコック監督というと、物語の舞台となるロケ先の映像を必ず作品中に取り入れる監督ですが、今回も巴里の街並み、エッフェル塔、そして凱旋門をしっかりとフィルムに焼き付けています。

 主観ショットも効果的に使用され、感情を上手く表現するのに大いに貢献しています。また、主人公を演じたベティ・バルフォアが巴里の街で引ったくりに遭うシーンがあるのですが、ここでは驚く事に『見知らぬ乗客』のオープニング・シークエンスで使用されて、たいへん話題になった、足だけで登場人物を捉えていくスタイリッシュな映像表現が既に用いられているのです。

 その他、テーブルクロスを用いて、上手くカットを入れていく方法はのちにバッグや背広の後姿を使って、フィルムを入れ替えながら芝居を繋いでいき、ワン・カットで撮りきった『ロープ』での演出に繋がっていきます。

 この作品には音声も音楽もありません。しかしながら、ヒッチコック監督は映像とモンタージュのみで、見事に語っています。そんな彼に音声と効果音が加われば、さらに重層的な感情表現が可能になります。

 あらためて、巨匠・アルフレッド・ヒッチコック監督の幅の広さと凄みを解らせてくれる作品でした。彼のトーキー時代の作品は比較的レンタルでも探しやすいのですが、サイレントとなるとかなり難しくなってきます。

 シネフィル・イマジカあたりで、サイレント時代に制作された全9作の放映をしてくれると助かりますが、どうなんでしょうかね。イギリス・トーキー時代のものは何本か放送してくれたので、期待したいところです。

総合評価 81点 

シャンパーニュ

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