『ワン・プラス・ワン』(1968)ローリング・ストーンズの邪魔をするゴダール。ブライアンがいる!

 『ワン・プラス・ワン』はローリング・ストーンズのロック史に残る名曲、『悪魔を憐れむ歌 Sympathy for the Devil』の制作風景を、五月革命の真っ只中、左翼思想にかぶれだしたジャン=リュック・ゴダール監督が自作の短編を挟み込みながら収録していくというスタイルをとっています。

 しかし、はっきりいってゴダールの左翼革命思想短編映画は「ゴミ」以外のなにものでもなく、見る価値は全くありません。こんなにキレが悪いのは左翼思想のためかもしれません。解釈が浅はかな黒人統一戦線、スターリニズム、マオイズム(毛沢東思想)、ポルノ、全体主義、探偵小説もどきの「コント」を延々と見せられる。

 映画館でこれを観たならば、ゴダールの短編は弛緩の時間(トイレタイムか、おしゃべりタイム。いってみれば、ビートルズでいうリンゴの歌!)、集中するのはストーンズのレコーディング風景になるのは必然でしょう。

 ビデオで観る機会があれば、ゴダールのコントは飛ばして「早送り」することをおススメします。もしかするとこれこそが彼の演出で、散々つまらないコントを見せられた観客が「早くストーンズを出せ!」と感情的になるように仕向けているのかもしれません。

 スカパーで放送があったならば、HDに録画してから、ストーンズのスタジオ・シーンだけをダビングすれば、後は全く必要ない。おっとこれは改変か?いけませんね。早送りだけにしましょう。十分ロック・ファンには見る価値のある映像ではあります。

 WOWOWで何度か放送があり、ストーンズ・ファンかつ映画ファンなので、はじめて見る時には、ゴダールがどのようにストーンズを切り取っていくのか非常に興味津々だったのですが、はっきりいって名作とは言い難いですね。

 ただストーンズをゴダールがどれくらい理解していたのかは分かりませんが、ブライアン・ジョーンズをほとんど無視するように扱い、キーボード奏者(クレジットには出てきませんが、今回は6人目のストーンズと呼ばれたイアン・スチュアートではなく、超有名なセッション・ピアニストであるニッキー・ホプキンス)と現場監督のミック・ジャガーを中心にショットを構成していったあたりは尋常ではない。

 ロックに詳しい人にはニッキー・ホプキンスといえば、知る人ぞ知る名セッション・ミュージシャンです(ソロでも出しています)。ローリング・ストーンズがらみでは『レット・イット・ブリード』、『ベガーズ・バンケット』、『シーズ・ア・レインボウ』などがあります。彼ら以外ではジョン・レノンの『ジェラス・ガイ』でも記憶に残るいいピアノを弾いています。

 ストーンズのツアーにも同行していたようで、いつの年のものだったかは忘れましたが、所有していた海賊盤のライヴで、たまたま彼の誕生日だったらしく、ミックが『ハッピー・バースデイ・ニッキー』を歌っていたレコードがありました。一セッション・ミュージシャンにそこまでするくらいなので、よほど彼の才能を高く評価していたのだと思います。

 またブライアン・ジョーンズは音楽性の違いからか、明らかにメンバーの中で浮き始め、何処にも居場所がなくなっている様子がこの映画でもはっきりと分かります。もともとなんでも出来る彼はインド楽器でも何でも弾けました。

 ここで選択していた楽器がアコースティック・ギターということもありますが、反響を防ぐためだけとは思えないような狭い場所に閉じ込められ、コミュニケーションすら満足に取れる状況ではない。またこの楽曲『悪魔~』のなかで占めるアコギの貢献度はかなり低い。遠まわしに「お前いらないよ」とメンバーに言われているような感じです。

 当時、彼は彼女をキースに奪われ、バンドでの主導権も『サディスファクション』あたりからグリマー・ツインズ(ミックとキース)に握られるようになり、すべてにおいて八方塞になりつつあり、まさに『ひとりぼっちの世界』へ向かっている途中でした。実際には『Get Off Of Their Studio』状態だったのかもしれません。

 さらにツアーに出れなくて音楽自体にうずうずしていた彼らは貪欲かつ真剣に、このナンバー『悪魔を憐れむ歌』をレコーディングしていきます。彼らのファンである人から見ると、これ程細かく少しずつ曲を構成していく様子は新鮮な驚きだったと思います。

 キング・オブ・ライヴの印象が強い彼らならば、もしかすると収録も一発どりとか平気な顔をして、やったりしていそうな感じだったのですが、真剣に一つ一つの音の可能性を聴き分けていくミックの真摯な姿勢に尊敬の念すら覚えます。どうしてもパワフルなステージの印象が強いので、スタジオに篭って、音を重ねていくイメージは皆無でした。

 ミック現場監督はリズム・セクションから徐々に決定していき、必要な音(リズムを強化するため、コンガ奏者が呼ばれています)を加え、要らない音(初期にある、コーラス部分でのいかにもなキーボードなど)を捨てていきます。

 ここで興味深いのがキース・リチャーズがギターではなく、ベースを弾いていることです。音が重ねられ、徐々に名曲が出来上がっていく様子を見るのはファンとしては興奮を覚えます。苦心して作られた、リズム・セクションをカラオケに使い、メンバー全員で録音するコーラス収録なんて、最高にかっこ良いシーンです。「フッ!フッ!フー!」という気味悪いコーラスです。

 指示はすべてミックから出ています。彼の才能が開花していた証拠とも言える映像でした。正反対にまったく意見を言えない、かつてのリーダー、ブライアンの表情が曇ったままで、哀しい気持ちにさせられました。

 作品中でも露骨に当時の彼らの人間関係が見え、最終的にはブライアンがスタジオにいなくても、他のメンバーだけで、全く普通にジャム・セッションしている様子がファンの目には哀しい限りです。翌年、彼は一人寂しく自殺する事になります。

 またこの『悪魔を憐れむ歌』自体も呪われた印象が強い。俗に言う『オルタモントの惨劇』で、この曲の演奏中に黒人ファンがヘルス・エンジェルズによって刺し殺されるところが、映画『ギミーシェルター』にも映っています。

 作品自体はとても興味深く、多重録音の現場にカメラが入り込んで、映画を撮影していく様子はのちにビートルズの『レット・イット・ビー』でも見る事ができますが、ロックの王者であるビートルズとストーンズの録音現場が両者ともどこか寒々しいのはやるせない。

 タイトルである『1+1』が何を指すのか。映像と音楽なのか、ミックとキースなのか、ストーンズとゴダールなのか。ミックとキースで「2」であるならば、そこに「1」のブライアンが割って入る余地はない。
 
 お世辞にも名作と言えない出来栄えにしてしまったのはすべてゴダールの責任です。淡々とストーンズの様子を撮っていくだけで十分素晴らしかったのを、彼のコントがぶち壊してしまい、曲収録の流れを切ってしまう最悪の結果を生み出しました。

 それでも『悪魔を憐れむ歌』というロック史上に残る、この名曲自体に、それこそ悪魔的に強い力があるために、最低の出来にはなっていませんが、ゴダールを選択したのはストーンズにとっても誤算だったのではないでしょうか。ルシファー(悪魔の王)とはこの作品に限っては、ゴダールの事かもしれない。
 
総合評価 65点

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