『シネマトグラフ』(1895)映画の歴史が始まった、1895年12月28日。

 キネトスコープなど、狭いレンズを覗いて、動画映像を観る試みは既に、19世紀末である、この日以前からありました。しかし「映写」して、動画の映像世界を、一度に多くの観客に見せたのは、フランス人のリュミエール兄弟が初めてでした。写真でも、まだ珍しかった時代にそれが動くとなれば、どれほど多くの人々が驚いた事でしょう。

 映像ですべてを表現する、映画の歴史、映写の歴史の始まりが1895年12月28日なのです。映画ファンは声を大にして、この記念すべき日を、「映画の日」として、国民の休日にしてはどうかと思います。

 『光という名前を持つ』とはジャン=リュック・ゴダール監督が『ゴダールの映画史』で、彼らの名前に引っ掛けて、彼ら兄弟に送った賛辞でした。まさに、「光」と「陰」の芸術である映画にとって、彼ら兄弟の存在意義がどれほど重要であったかは計り知れない。

 現在の映像と音に溢れ、ともすれば溺れかけるものも出てくる中では、この作品を観たとしても、まるで心に響かないであろう。ある者は「何が面白いんだ?」と言うかもしれない。何事にも歴史があるのを全く理解しないのには驚かされる。

 映画は時代を映してきた「鏡」であり、ひとつの作品にはそれぞれの歴史が意識的に、あるいは無意識に織り込まれている。登場人物の服装、台詞、顔つき、街の様子、建築物の様子、風景の移り変わりを観るだけでも歴史を感じる。

 ストーリーの構造、善悪の基準、モノクロからカラーへの変遷、モンタージュと画面転換のやり方、サイレント映画の盛衰とトーキーの登場、政治との関わり、宗教との関わり、国々での文化の違いなど、世界の人々が自分とは違う世界に住んでいるのだということを分からせてくれます。

 その先駆けが、この『シネマトグラフ』、つまり活動写真です。今でも、最も隆盛を誇っている映画が劇映画であり、それは演劇をフィルムに撮影したものにすぎない。ロベール・ブレッソン、黒澤明両監督に言わせると、映画の最盛期はサイレント末期までであり、その後の映画は、「映画的に」進化していないとの事です。(参考文献 『シネマトグラフ覚書』、『全集 黒澤明』)

 ありのままを映し出し、人々に映写してみせる。映写によって、感情を表現する。自分の世界を表現する。これが根本であるべきなのだという考えでしょうか。もちろん、そのまま、つまり「演劇」の要素を全く使わずに、作品を構成しようと思えば、ドキュメンタリーしかない。それでも作者の主観が入るので、絶対的なドキュメンタリーなどありえない。

 真のドキュメンタリーは「ポルノグラフィティ」、「戦争」、「ニュース映像」、「隠し撮り」しかないのではないか。こうして書いていくと、いかがわしい物ばかりが活動写真に相応しいように見えるかもしれませんが、そうではありません。

 劇映画の中にも、優れたものとそうでないものがある。優れたものとは台詞に頼らず、映像で感情や心理を表現している作品であり、こうしたものは活動写真といっても良い。良くないものとは、映像表現に技術が無く、台詞で全てを言い尽くそうとする作品です。これが、批判されるべき劇映画であろう。

 話がだいぶ逸れてしまいました。『シネマトグラフ』で映写された作品が、全部で何作品あったのか。自分自身が見る機会に恵まれたのが、以下の6作品です。

 『リヨンのリュミエール工場の出口』
自分達が経営する工場から、労働者達が作業を終えて、帰宅するところを撮影したものです。労働者といっても、結構着飾っている様子がありありと見え、おそらく撮影するとの事だったので、みな一張羅を着て、撮影に望んだ様子が微笑ましい。

 『海水浴』
海岸で、泳いだり、飛び込んだりする様子を撮影しています。海を見たことが無い人が見れば、驚いて観たことでしょう。固定カメラなのですが、人物がよく動くので、動きのなさが気にならない。むしろ、最近の映画の動きすぎるカメラの方が気にかかる。

 『赤ちゃんの喧嘩』
左右対称の画面構成で、赤ちゃん達の微笑ましい映像が、目を喜ばせる。

 『列車の到着』
おそらく、この作品の中で、最も有名なのが、この『列車の到着』であろう。早くも斜め構図を、動画映像に取り入れた、大胆な作品であり、スクリーンから観客に向かって、走り込んで来る列車の映像を見て、観客が驚いて、そこから逃げ出そうとした、というのはあまりにも有名です。それほど、「動画」のインパクトというものは我々が考える以上に、衝撃的だったということの証明になるのではないだろうか。

 ビートルズの『イエロー・サブマリン』でも、ここからインスパイアされた映像が使われていました。

 『壁の破壊』
住宅を解体する業者の作業の様子を撮影したもので、騒音と埃をはっきりと感じます。

 『エカルテ遊び』
カードゲームを楽しむ、紳士達の様子を撮影したものであり、笑い声が聞こえてくるような楽しい映像です。

 以上が自分が見た、『シネマトグラフ』映像のすべてでした。まだ他にあるのかもしれませんが、これらの他は知りませんので、もし他にもございましたら、申し訳ありません。

 そのほかに、リュミエール兄弟の作品で見たものを列記しておきます。
 
 『赤ちゃんの食事』
オーギュスト・リュミエール夫人が、彼らの子供にご飯を食べさせる微笑ましい光景を、記録したものです。

 『雪合戦』
冬の風物詩である、雪合戦に興じる、子供たちやそれに巻き込まれる大人達の様子を楽しく撮影しています。

 『海岸を離れていく小舟』
ヨットで、岸から沖合いに出ようとする人々を撮影したもの。

 『水をかけられた水撒き人』
もしかすると、コメディ映画のご先祖かもしれません。おそらく、これが何の映像か知らずに見た方も多いかと思われるほど、有名な作品です。

 『写真会議員の上陸』
船から下りてくる、紳士達の映像を撮影したもの。

 『リヨンの消防隊』(1896)
オフ・スクリーンを感じさせる、撮影方法に驚きました。

 以上が、リュミエール兄弟作品の中で、見たものなのですが、それらすべてが楽しいほのぼのとした作品である事は偶然ではなかろう。ホームビデオ映像を見るような、リュミエールの家族の肖像は、映画の歴史が続く限り、永遠に語り継がれていきます。

 これら多くの作品を残したリュミエール兄弟ですが、お金には縁が無かったというか、映画がお金になるとは思ってもいなかったというのが、実情かもしれません。かの発明王、意地悪エジソンも、映画が後に金になるとは思っていなかったようで、欧州での特許を取らなかったため、後に後悔したようです。

 アメリカ人というのは、昔から金に汚かったんですね。昔はエジソンと言えば、「発明王」の輝かしいイメージしかありませんでしたが、実情が伝わってくると、彼が案外、けちでしみったれの金の亡者だった事が分かり、幻滅しました。

 それはともかく、映画を生み出した両者が、ともに金にならない、もしくは金になる方法を考え付かなかったのが、さいわいして、現在の映画の隆盛に導いたのかもしれません。

 同じフランス人でも、興行師だった、メリエスはこの複製芸術の可能性に注目し、リュミエール兄弟に、映写システムの購入を申し入れたそうですが、山師的な匂いがぷんぷん匂っていた為か、断られたそうです。

 実際彼は、この『シネマトグラフ』を現場で見ていたそうです。ドキュメンタリー映画の父とフィクション映画の父が同じ場所で、同じ物を観ていたというのは、映画ファンとしては大変興味深い。

 技術者であるリュミエール兄弟と興行師であるメリエスが、もし意気投合して、映画ビジネスを推し進めて行ったならば、今では想像もつかない方向に映画が向かっていた可能性もあります。見てみたい気もします。

 実現しなくて残念です。もうすこし、リュミエール兄弟に先見の明があったら良かったのにとも思います。『大列車強盗』、『月世界旅行』とともに、映画の神様に敬意を表して、この点数を付けます。今日も楽しんで見ていますよ、と声をかけたいですね。
総合評価 100点
 

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この記事へのコメント

シュエット
2008年03月04日 15:41
こちらにも。
エリック・ロメール監督の「獅子座」のDVD特典映像で、かなりのリュミエール作品とロメールがジャン・ルノワールとラングロワへのインタビューがしゅうろくされています。肝心の「獅子座」よりもリュミエール作品に狂喜しての記事になってます。TBさせていただきますね。
直感タイプの人間なので(と言い訳してますが)、思ったままの言葉でお恥ずかしいのですが…
シュエット
2008年03月04日 15:44
TBは一旦保留されてから掲示されるんですね?
きちんとTB届いているかちょっと心配。
2008年03月05日 01:36
 こんばんは!
『シネマトグラフ』って、今の目で見ると「なんだあ…。つまんねえ!」となるのでしょうが、画像が動くというだけでも「革命」と呼ぶに相応しいので、あえて満点にしております。
 エジソン社のフィルムもいくつか見ましたが、やはり映画の父はリュミエル兄弟だろうなあと思い、エジソンさんには遠慮していただきました。ではまた!

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