『パラダイン夫人の恋』(1947)名作になり損ねた作品。演出には光るものあり。

 ヒッチコック監督、通算33作目に当たる『パラダイン夫人の恋』は1947年度製作の作品です。主演にグレゴリー・ベック、共演のパラダイン夫人役にはアリダ・ヴァリ、ベックの妻役にはアン・トッドを起用しています。

 製作者のセルズニックの気まぐれと、類稀なるキャスティングのミスが重なったために、本来のストーリーが持っていたであろう、英国らしい上品なハイクラスの弁護士夫婦、高潔な軍人夫婦が如何に転落して行ったかを、法廷劇の形をとりながら語っていけるはずでした。

 素晴らしい撮影上の演出、プロット構成の巧みさ、モノクロ映画の持つ美しさを総動員してきたこの作品があまり評価される事も、思い出されることもないのは一体どのような理由によるものなのであろうか。

 その第一の要因がストーリー構成の分かりにくさにあるのではないでしょうか。夫人の逮捕勾留シーンから始まった時には、彼女自身、もしくはベックによるフラッシュ・バックで語られるのか、裁判中にその回想シーンが挿入されていくのか、どちらかだと思い、見続けていきました。

 しかし法廷シーンの素晴らしさのわりには、ストーリー自体の核が何かしら不足しているように思えました。ヒッチコック監督が納得して撮影し続けていたのかが非常に疑わしい作品の出来栄えだといえます。作品をどの方向に進めていったらよいのだろうかという、制作上の混乱を感じるのです。

 第二の要因が、これが決定的なものだと思いますが、キャスティングの大失敗を挙げることができます。まず主演のグレゴリー・ベックですが、彼からはどうしても上品さを感じないのです。イギリスの上流階級出身者である弁護士を演じるのはどうも無理があります。

 演技自体は悪いとは思いませんが、役柄が合うか、合わないかは間違いなく存在します。男っぽい魅力は出ているが、弁護士役としては適切であるとは思えませんでした。なんとなく浮いてしまっているのです。『白い恐怖』でも感じましたが、ベックはヒッチ作品とはあまり相性が良くないようです。

 次にアリダ・ヴァリが演じたパラダイン夫人に魅力を感じなかった事です。のちほど述べますが、撮影上の気遣いを精一杯しているのが、反対に痛々しいほどでした。妻役を演じた、アン・トッドにも人物の重みを感じませんでした。重要な役割を持つ、主演俳優の多くに適性を欠いたままでは、素晴らしい作品が出来るとは思えない。

 これらマイナス要素が山のように積み上げられている中でも、一本の作品に仕上げなければならなかったヒッチ先生と撮影スタッフの苦労は計り知れません。観客の視線を誘導していって、興味と緊張を高めていく独特の方法はこの作品でも勿論味わえます。

 今回、特にヒッチ先生の演出の見事さを味わえるものに、照明の巧みさが挙げられます。靄がかかった様なミステリアスな、というかシルクのような感じを醸し出すライトが、おおむねアニタ・ヴァリのみに当てられています。彼女には更に、瞳をきらきらと輝かさせるために用いられる、アイ・ライトまで加えられているのです。

 他の女優には一切、このような照明上の特別扱いは行われていません。そこまでしなくては「差」を出せなかったヴァリという被写体は、所詮セルズニックが作り出そうとしたスター候補の一人に過ぎなかったのでしょう。痛々しいほどの照明が与えてくれる贋物の美しさは、歴史に耐えられる女優でない事をかえって証明してしまう結果となりました。

 照明効果の面白さは他にもあり、面接室で接見する時に、狭い拘置所の窓から入ってくる日光が、雲が流れていく気象条件だったためか、画面の端から端までを暗くしたり明るくしたりさせて、当事者たちを一喜一憂させるようでもあり、この光の変化が裁判の難しさを暗示しているようでした。

 時間の経過も表せるし、現実感も表せる見事な光の使い方でした。その他に印象に残るのは、座っているアン・トッドがベックを見上げる場面で、たった一回だけ映し出される天井の作りこみでした。波紋のような幾何学模様のデザインが凝っていて、製作者の遊びを感じさせる良い場面でした。一度しか映らないこの場面のためだけにわざわざ天井の壁まで作るのですから、こだわりを超えて、完全に遊んでいます。

 デザインというか、映り方で興味深かったものに、格子状の建具、建築物、階段とその影など、画面の中でベックを閉じ込めるような映像が多く見られたことでした。彼を精神的に追い詰めていったのは作品中に数多くありました。

 パラダイン夫人への許されぬ恋慕、妻への裏切り、自分の欲望と法廷での勝利のためだけに事実を捻じ曲げてしまい結果として、自分自身の弁護士としての権威とモラルの失墜を招いてしまった事だけでなく、画面自体もフィルムの枠と格子模様で、彼を閉じ込めていったのです。

 この作品の前に撮ったのが、名作として有名な『汚名』、後に撮ったのが『ロープ』という前後関係です。サスペンス自体はヒッチ先生の最も得意としてきた部分なので、この作品でも才能を、製作者から来る、制約の中でも発揮しているのはわかります。

 また撮影自体も、階段シーンで使われる、おそらくクレーンを使用しているように思われる長回し撮影には、次の『ロープ』で大胆に実行される、全篇ワンカットという壮大なる実験作への片鱗を感じます。

 法廷シーンの出来栄えは素晴らしく、緊迫感はかなり出ています。弁護人、証人、被疑者とも悲劇に巻き込まれていくクライマックス・シーンでの演出は、凡庸な監督には撮れない見応えのあるものになっています。

 もしキャストがヒッチ先生の望んでいた通りに、弁護士役にローレンス・オリビエ、妻役にグレタ・ガルボを起用していれば、そしてヒッチ先生に製作での主導権があったとすれば、かなりレベルの高い作品に仕上がったであろう。

 如何にヒッチ先生でも、演出上のテクニックだけでは補いきれない脚本と演技の破綻は、最後まで作品の足を引っ張りました。それでも見応えのある作品に纏め上げた手腕は流石と言ってよいでしょう。
総合評価 68点
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