『宮本武蔵』(1944)溝口健二監督、絶不調時代の作品。ひどい出来栄えです。

 1944年製作で、中途半端な国策映画の臭いがする、ほとんど溝口健二監督らしさの見えない作品です。なんのために、わざわざこのような無意味な作品が作られたのか、理解できません。孤高の剣聖と呼ばれた宮本武蔵の生き様を、勇壮に描くわけでもなく、かといって溝口監督らしく、武蔵と女との情念のもつれを描くわけでもなく、菊池寛の原作に忠実に描くわけでもない。

 昭和10年から連載されて、爆発的な人気を持っていた吉川英治の小説により、完全にイメージが出来上がっていただろう宮本武蔵と佐々木小次郎、そしてお通さん。精悍で敏捷な武蔵のイメージ、相対するイメージで描かれた、若くて美しく、そして冷たい切れ味を持つ印象のある佐々木小次郎、可憐で女の情念を貫くお通さん、という概念を小説で与えられていた当時の観客にとっては、この作品の持つ時代設定や場面設定のいい加減さは、到底我慢できる物ではなかった事でしょう。

 それほど、この作品には製作者が最低限持っているべき誇りと配慮が欠落しています。何を考えて、この企画を受けたのか。ただ映画を撮りたかったために撮ったのだとすれば、これ程、人を馬鹿にした製作姿勢はない。撮りたくもない興味のないテーマしか、撮れなかったのは戦時中という時代からくる必然だったのでしょう。

 しかし、反骨のある監督は厳しい規制の中にあっても、それとなく反戦精神が息づいているのです。そういう姿勢はこの作品には皆無であり、それといって完全な国策映画にもなりきってはいない。全てが中途半端でキレが無い作品です。

 映画が製作されてから、既に60年以上が経過して、宮本武蔵に対する印象も吉川英治版の武蔵像が一般的に浸透している中で見た、溝口版武蔵は噴飯物でしかない。真面目な姿勢が見られず、30年代で到達した巨匠としての矜持も、50年代に復活して、日本映画の傑作を次々に生み出した才能の片鱗もない40年代の溝口監督。これほどまでに酷いのは何の影響だったのだろうか。また、突然思い出したように、才能が目覚めた原因はなんだったのだろうか。

 作品についての不満に戻ります。なんと言っても、主役である武蔵に、本来彼が持っているべき精悍さが全く見られないのです。かつて、こんな魅力の無い、宮本武蔵を見たことがありませんし、他に知りません。好敵手であるはずの小次郎もしかりで、神経質で美しい彼のイメージがガタガタと崩されてしまいます。しかも、お通さんが出てこない。代わりに田中絹代の演じる女性がお通さんのような役を演じていました。

 まあ言ってみれば、小次郎にしろお通にしろ、創作の産物に過ぎないとも言えますが、我々が武蔵とその周辺の人物に対して持っているイメージのほとんどが吉川版の武蔵であることにも驚かされます。怒りの矛先は吉岡一門との戦いの場面にも向けられます。幼い当主を最初に切り殺してから、一時も休まずに切り結び、全滅させていくというシーンが頭にこびれ付いている小説ファンにとっては、ゆったりとした芝居を見せられてはたまらない。

 肝心な決闘シーンも、中途半端にカットされてしまうために余計迫力がありません。あらためて、男芝居が全く描けない溝口監督の限界と当時の低迷ぶりがはっきりと世間に知れ渡ってしまう結果となりました。かつての巨匠としてしか存在できない惨めさを感じます。

 いい加減な演出はまだまだ続きます。吉岡一門と戦う時に既に二刀流になっているし、仏像を彫るのは良いとしても人間並みの大きさのものを彫ったわけではなく、あくまでも小さな仏像を彫ったはずです。彫刻家ではないのです。妙に抹香臭く、後年の五輪書や独行道から採られたと思われる台詞の数々にはついていけません。それに無理やり、楠木正成の残した「七生報国」の教えを挿入したり、もうメチャメチャです。これは質の悪いパロディなのだろうか。

 映画の題名は『宮本武蔵』であり、武蔵も小次郎も登場しているのだが、肝心の溝口監督が、彼ら二人の、そしてお通さんも含めた何を描きたいのかが全く伝わってきません。ところどころ、編集で、ぶつ切りにされているために余計解らなくなっている事もあるのですが、これではまるでドサ回りの田舎芝居となんら変わりがない。

 唯一良かったと思えるのは、下関から巌流島へ渡るために使われる小舟が朝もやの中で波とともに揺れるシーンで、この時の波の様子は、とても美しい「水」の映像でした。また映像ではありませんが、蜩やツクツクボウシの声が日本の夏の良さを思い出させました。他には見るべきところは全く無い作品です。60分にも満たないこの作品で何度眠りそうになったことか。残念ながら、溝口健二監督の作品であるという歴史的かつ研究対象的な意味しか持ちえません。これだけを見て判断しないでいただきたい。

 50年代の彼は最高で、『雨月物語』、『西鶴一代女』、『山椒大夫』で三年連続でヴェネチア映画祭で賞を取った唯一の監督でもあるのです。次の年も永田雅一の失言さえなければ、『近松物語』も何かを取れたはずなのです。これらの作品は日本人の常識として見ていただきたい。NHKでも地上波でゴールデンタイムに放送して欲しい作品群です。真の映画文化の浸透のためにも是非、お願いしたい。
総合評価 38点

 

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この記事へのコメント

2006年09月03日 17:57
 TB致しました。
 1939年以降の邦画についてはそのまま評価すると、かなり厳しいことになりそうです。国策映画でなければ、時代劇でも作る以外に道はなく、39年の「残菊物語」なども窮余の策ではなかったかという気がしています。
 溝口健二監督作という以外に価値はない作品であることは間違いないでしょうね。 
2006年09月03日 23:58
 オカピーさん、こんばんは。
溝口監督作品には素晴らしいものが多いのですが、そのほとんどは30年代と50年代に撮られたものです。
 30年代後半から40年代の溝口監督にはほとんどの作品で失望してしまいます。
 この『宮本武蔵』も酷い。迷走するかつての巨匠の哀れさを見せつけてくれます。
 ただこのような闇の時代があったからこそ、のちの50年代の栄光の日を迎えたのかもしれません。
 戦前戦中の溝口監督に関しては権力志向で、迎合的で、軽薄な彼の生き方がはっきりと出ているのではないでしょうか。
 『必勝歌』という国策映画も撮ってはいますが、黒澤監督が『一番美しく』で見せたような表現者としての矜持にも欠けていると言わざるをえません。
 あくまでも溝口監督研究者対象作品としての価値以上は見出せません。そういうわけで僕は二度ほど見ましたよ。60分がとっても、とっても長かったです。
 ではまた。
ルミちゃん
2012年04月10日 07:58
菊池寛は、国策小説家と言ってもよい人間です.
その菊池寛の原作を映画化して、酷い出来栄えであったのは、まさしく反戦思想の表れに外なりません.

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