『鳥』(1963) サスペンスの巨匠として有名なヒッチコック作品の中では異色の作品です。ネタバレあり

 ここ3年くらいのことなのですが、田舎だった、わが家の近所も造成が進み、山や林がどんどん伐採され続けています。そのせいか夏秋の夜になると、駅の周りの街路樹に、「鳥」達が大挙して集まり、木々から溢れんばかりの大群が一晩中鳴き続けていました。その後、保険所か何処かの役所が枝だけを刈り取り、見栄えの悪い幹だけになってしまった木が、まるで死体のように道に刺さっています。

 環境破壊が原因となって起こっている、この恐怖の光景に遭遇した時に、真っ先に思い出したのがこの作品、『鳥』でした。ありえない光景だと思っていたものがそこにあるのです。小さな鳥でも、何千羽という大群ともなるとかなり恐いものです。木を切られた彼らが何処へ行ったのかは見当もつきません。
 
 ヒッチコック監督作品の中でも、誰もが聞いたことのある作品で、TVその他何らかの形で、その映像の断片を見たことがある人も多い作品のひとつです。当時としてはそれ程インパクトの強い映像でした。今見るとどうしても「粗」が目立ってしまいますが、当時ではあれがおそらく限界だったのだろうと想像できます。監督は決められた予算の中で作品を製作しなければなりませんので、あまり外野が後になってから文句を作品にたれるのは筋違いです。

 まずはティッピ・ヘドレンが鳥を買う場面からスタートするこの作品は、早くもその曇ったすっきりしない空模様から、これから起こるであろう不気味な事件を暗示させます。買われた「鳥」がこの作品でどんな意味を持つのであろうかと、早くも作品の中に引きずり込まれていきます。

 「鳥」の襲撃シーンでは街の人の中に、仕込んだ鳥類学者がいるのは出来すぎで興をそがれてしまいました。映像のモンタージュで作品を表現できるはずのヒッチ監督にとって、わざわざの説明的シーンが必要かといえば全く必要ありません。それにしてもあまりにもご都合主義的です。このシーンが無ければ、何故こうなってしまったのかという、わけのわからない恐怖感が倍増したはずでした。最後に唐突に物語が終わりを告げるときに、この買ってきた「鳥」がマクガフィンだったことに気づき「またヒッチにやられた。」という思いに駆られました。

 最後にフェイド・インしてそのまま暗くなっていくラストシーンは、ヒロインのティッピ・ヘドレンと彼女の恋人役のロッド・タイラーの母親役を務めたジェシカ・ランディによるロッドの「獲りあい」、または彼ら全員のこれからの不吉な未来を表しているようでした。主演俳優のロッドと彼の母親を演じるジェシカ・ランディがまるで『サイコ』(1960)の親子のような撮られ方をしていたのは、ヒッチのパロディ精神の表れでしょう。

 しかしこれだけの「鳥」をどうやって撮影したのでしょう。当時使えた全てのテクニックを使用したことと思われますが、どうやってでも自分の思い通りのものに近づけていこうとするヒッチ先生の創造意欲には頭が下がる思いです。今現在のCGを使った技術水準から見ればとても「幼稚」な技術かもしれませんが、当時は「最高」だったものです。四十年後の僕たちがそれを簡単に「幼稚」だといってしまうのは先人に対して失礼すぎるのではないでしょうか。

 鳥たちの羽ばたきとさえずりがこんなに恐ろしく変わるのかと自分の耳を疑いたくなる映像と音の数々です。鳥に襲撃されるのが普通の田舎の一軒家という誰にでも起こりえる環境にしているのがより感情移入しやすくしています。

 パニック映画との比較となると動物物では『ジョーズ』、『クジョー』などがすぐに思い出されますが彼らは単独でした。これほどに数の多いものは今まで存在しなかったものです。強いて言えば『ベン』でしょうか。それだけに与えた衝撃は大きかったことと思います。

 普段は弱いもの、服従すべきもの、そして可愛いものとして見ているものが突如襲ってくるというシチュエーションは、ある意味で反乱であり、「鳥」を擬人化しているのではないでしょうか。立場の弱いものたちが突然襲ってくる状況は支配者であるはずの体制側の人間からすると耐えられない、そして許されない状況です。

総合評価 84点

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この記事へのコメント

2005年12月14日 15:05
 こんにちは。
 「鳥」=ヒッチコックとは全く思わないわけですが、実は高く評価しています。ジャングルジムの場面と、鳥が俯瞰するガソリンスタンドの場面にはドキドキしてしまいます。
 事件のない序盤(ヒッチコック出演場面を含めて)が全く巧くて面白く、特に開巻直後鳥かごを持ったティッピー・ヘドレンが中盤鳥に襲われて電話ボックスに逃げる。即ち、人間鳥かご状態。こんなアイデアを持った人、他にいますでしょうか?
2005年12月14日 23:32
 こんばんは。円熟期に好きなように撮りだしたヒッチ先生の作品ですので、それまでのサスペンスの枠組みに拘る人には好まれないかもしれませんが、ある意味とてもシュールなこの作品こそ、ヒッチ先生の自由奔放さが良く出ているのではないでしょうか。
 これと同じように異質な作品としては『サイコ』や『ハリーの災難』があります。好対照な作品ですが、ヒッチ先生が楽しんで作った映画でしょう。どっちも好きです。ではまた。
A-chan
2010年12月03日 21:39
こんばんは。
「鳥」という映画は、ヒッチコック監督の代表作の1つですが、CGの無い時代によくこれだけのシーンが撮れたものと、作り手の苦労と熱意が伝わります(ヒロインを演じた女優さんの迫真の演技の裏話には脱帽:汗)。
この映画の中では、鳥が暴れ回るシーンでは鳴き声や羽音で賑やかですが、劇中でBGMが使われていないだけに、余計にこの映画の不気味さ、陰湿さが引き立ってますね。
鳥に蹂躙され命を落とす人々の描写は痛いですけど、逃げ込んだレストランでヒロインが地元の奥さんに事件を起こした元凶であるかのように罵倒される場面が一番悲痛ですね。罵倒されたヒロインは奥さんを平手打ちしますが、私だって彼女と同じ立場だったらそうするでしょう。自分だって被害者なんですから・・・。
責任転嫁、八つ当たり、部外者に排他的な村社会では特に多いと思いますが、そういう態度にこそ卑屈にならず毅然と対処する必要がありますね。

思えば私達人類は、生活を営むという上で自然環境を破壊し、多くの生き物の食糧や生活の場を奪っています。これからも地球上の生き物達と共存していく為にも、私達は自然環境を維持いていく事を心掛けないといけませんね。

http://homepage3.nifty.com/a-world/
2010年12月03日 23:10
 A-chanさん、こんばんは!

この映画って、当時は動物ホラーとしての不気味さがクローズアップされていたのでしょうが、今現在の目で見ると当然ながら環境破壊などの環境問題を扱った先駆的な作品として位置づけられるでしょう。

まあ、硬いことを言わなくても、この映画は特撮シーンなどの見所がいっぱいの楽しい作品ですので、これからも見続けるだろうと思います。

ではまた!
蟷螂の斧
2016年06月03日 20:08
こんばんは。今週も激務でボロボロです・・・用心棒さん、いつもレスをありがとうございます

さて、この映画。とにかく怖かったです

>わが家の近所も造成が進み、山や林がどんどん伐採され続けています

鳥が人間に対して復讐したのでしょう。
山奥の民家。熊や猿が出没するのも同じです。
草食動物の鹿も問題になっています。難しい問題です。

激務でクタクタの蟷螂の斧でした・・・
2016年06月03日 22:26
こんばんは!

>激務
お疲れ様です!一日二日ならなんとか耐えられますが、それ以上続くと疲労がたまっていき、朝起きても身体も気分も重いですよね。

>出没
いろいろな獣が人里に下りてきて被害を与えたように報道されていますが、そもそも野生動物が住む野山を身勝手に侵略して、自分たちに都合の悪い獣は害獣と言い放つのは身勝手と言えるでしょう。

環境破壊といえば、共産中国は南シナ海のサンゴ礁を次々に埋め立てて破壊していますが、シー・シャパードやらグリーンピースは何も抗議活動など行っていませんよね。

批判しやすいところのみ批判して、大規模破壊する中国には何も言わない彼らが環境保護などと言うのはバカバカしいですし、底の浅さと偏見と根性の悪さしか感じない今日この頃です。

ではまた!
蟷螂の斧
2016年06月05日 20:11
>野生動物が住む野山を身勝手に侵略して

鋭いご意見ありがとうございます。そうなんですよ。

>批判しやすいところのみ批判して

そこが我々人間の弱さです・・・

>これだけの「鳥」をどうやって撮影したのでしょう。

「ティッピ・ヘドレンをわざわざ屋根裏部屋に閉じこめて撮影した。メラニーを演じるティッピ・ヘドレンはカモメに危うく目をつつかれそうに、左目の下に怪我をしてすっかり体調を崩して入院する羽目になってしまった。」そうですよね。
2016年06月06日 00:23
こんばんは!

>入院
しばらくは鳥を見るのもいやだったでしょうねww

あとすごく臭かっただろうなあ…

ヒッチコック作品で一般の人にも知られているのは『鳥』と『サイコ』『レベッカ』でしょうが、それらが代表作とはいえないという不思議な監督さんです。

ほとんどの作品を見てきましたが、いまだになかなか記事に出来ていません。個人的には『北北西に進路を取れ』や『裏窓』が好きです。

ではまた!

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