『裏窓』(1954)犯罪である覗きも、ハリウッド・スターがやると変態行為にすら見えない。ネタバレあり

 ヒッチコック監督がついに最高の女優を手に入れました。彼女の名前は後のモナコ公国王妃となるグレース・ケリー。歴代ハリウッド女優の中でも、最大級のアイコンを使って撮った作品である。ヒッチ先生が最も好むブロンド美人で、理知的かつエレガントであり、なおかつセクシャルな魅力をも持ち合わせている希有な女性。グレースを引っ張り出したこの作品は、ヒッチ作品における「女優」の要素の頂点を極めた作品となります。
 
 足を怪我して全く歩けない状態になっているジェームス・スチュアートの面倒を見てくれているグレース。暇に任せて他人の家を覗いてばかりいるジェームス。彼は現代の尺度から見ると間違いなく変態であり、一市民としてあるまじき問題行動を起こしている。それでも放っておけないグレース。彼の話に巻き込まれて、危うく殺されそうになっても彼に対して悪感情を持っていないのはなぜなのでしょう。結婚に対しても煮え切らない。惚れた弱みか。彼は何もしてくれず、ラストシーンでは自分自身も逃げられないために危うく死に掛ける始末。

 事実だけで見るとこうなりますがグレースが犯人の家で証拠を探すシーンで犯人と鉢合わせするまでの緊張感が画面への集中をいやがうえにも高めてくれます。そしてジェームスの部屋に来るまで、そして侵入した後の対決シーン、しかもジェームスの取れる抵抗手段は非常に限られたものになっているので、どうやって逃れるのかという期待と不安はどんどん大きくなる。まさにサスペンスです。

 ここでのジェームスはハンサムなためにやっている行為にもかかわらず「変態」として見られることは無い。さらっと演じているところは素晴らしいが、何か少し現実味に欠ける嫌いがあります。まあこれがピーター・ローレならば『M』になってしまいますが。ジェームスは今回、動けないために必然的に「目」での演技が大半を占めています。ジェームスとしても新境地を開く演技が出来た作品として重要だったのではないでしょうか。

 ジェームスの目は観客の目でもあり、我々が見たいと思っているものを覗かせてくれます。まさに映画の目です。彼の目線で作品が展開されるために、アパートの反対側の住民や犯人が、こちら側、つまりジェームスの住むアパートを映すショットが全くありません。向こう側の住人を覗きたい放題というのは映画の基本そのものです。一方通行のコミュニケーション。こちらは受け取るだけで、向こうは垂れ流すだけ。監督の意図、観客の欲望を具体化したものが映画です。

 今回の最大の目玉であるグレースは、さすがの美貌でジェームスの存在を圧倒しています。エレガントで頭が良く上品で、しかも「女」であるという最高の条件を全て兼ね備えている、まさにスターです。ヒッチ作品全てのヒロインよりも数段上を行っています。ヒッチ先生もこの作品の前と後では女優に対する視点もより厳しくなったのではないでしょうか。

 ジェームスの目線はまさに観客のそれであり、グレースと犯人が対面するシーンとジェームスと犯人が対決するシーンでスペクタクルとしてのクライマックスを迎えることになります。前者のシーンでは自身にとって一番大切な人に危機が迫って来た時、しかも自分では何もしてあげられない無力感(まさに観客です。)そして後者では自分自身にも危害が加えられそうな時の緊張感を見ることが出来ます。

 ジェームスにとってより危ない状況は後者ですが、逆にこの状況は自分で片をつけられる状況でもありますので、彼女を危険にさらすよりはまだましな状況でもあります。そのためか、彼の目は自分が襲われているときのほうが生き生きと輝いているように見受けられます。犯人が迫って来る時の靴の音、そしてグレースが襲われる時のジェームスの鼓動(これは実際には聞こえませんが映像では確かに彼の鼓動が聞こえてくるのです)がとても印象に残っています。

 自分の部屋から全てを見通すことの出来る集合住宅の薄気味悪さがとても良く描かれていて、彼からすれば常にみなを監視しているわけですから、何が起こっていたかを伝えることは容易ですが、それは自分の変態性をも公にさらすことにもつながります。

 この作品でジェームスの演技は間違いなく一段レベルが上がっていますし、グレースはそれまでのヒッチ作品の中での最高の女優です。ジェームスの視線は観客の視線の代弁者でありこれを存分に見せてくれました。やっていることは完全な変態ですがジェームスがやるとそのようには見えにくい。ハンサムな俳優は得ですね。

総合評価 92点
裏窓
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この記事へのコメント

現象
2006年01月11日 02:45
コメント&TB失礼します。ジェームズの目と観客の目が寸分違わず見せる手腕に驚かされました。無力感までも合致して、ただただ感動です。
用心棒
2006年01月12日 00:50
 現象さん、はじめまして。そしてコメントありがとうございます。

>無力感
 その通りですね。観客は感情込めて見ることしかできませんもの。映画の本質を知り尽くした、ヒッチ先生だからこその作品だと思います。

 拙い文章ですが、また遊びにいらしてくだされば幸いです。ではまた。
2006年03月25日 21:14
 オカピーさん、コメントありがとうございます。『裏窓』という作品は、まさに映画の神様、ヒッチ先生の真骨頂とも言える作品でしたね。こちらからも、すぐTBさせていただきます。
オカピー
2006年03月27日 15:23
 こんにちは。
 TB到着していません(催促しているわけではありませんよ~)。
 現在「ダイヤルMを廻せ!」まで来ました。来る日曜日には「私は告白する」をUP致しますので、お楽しみに(笑)。
 ここ1ヶ月ほどそうしてきたように暫く日曜日をヒッチコックの日としようかなと思っております。
2006年03月27日 19:16
 え~~~!行ってませんか?今からすぐ入れ直しますね。
 ヒッチコック 今でも凄い 映画王
       <ヒッチ俳句>おそまつ。
ルーシー
2006年10月28日 03:44
はじめまして、「裏窓」で検索して来ました。

数あるヒッチコック作品の中でも特に好きな作品です。
グレースの美しさはもちろん、ストーリー展開などやはりサスペンスの傑作だと思います。

私も今回、ブログで「裏窓」について記事にしました。
よかったらいらして下さいね~ではまた!

http://lucy-diary.cocolog-nifty.com
2006年10月28日 08:14
 ルーシーさん、はじめまして。コメントをどうもありがとうございます。
 『裏窓』はヒッチ先生の代表作のひとつであるのはもちろんですが、映画の基本である覗き趣味と何も出来ない観客という本質をジェームスを通してわれわれに語りかけてくる名作だと思います。そちらにも伺います。ではまた。
 
ルーシー
2006年10月28日 17:24
用心棒 さん、私の記事へもコメント&トラバありがとうございました。

 用心棒 さんの「裏窓」の記事をはじめ、映画専門サイトの奥深さに感動しました。
幅広いジャンルの作品紹介は参考になりますね~。

 「裏窓」は仰るとおり、身動きのとれない主人公が事件に巻き込まれるという何ともしがたい設定が特徴です、もしも自分だったらどうしよう~事件を疑いながらもあそこまで深入りできただろうか・・・など、違った思いも今回感じました。

 現代は特に他人への無関心さが指摘されますが、そういった意味でも興味深い作品です。
今後も映画の記事のおりにはどうぞ宜しくお願い致します。
ビートルズ映画の記事も詳細でした、感激(笑)♪
2006年10月28日 23:52
ルーシーさん、こんばんは。
『裏窓』『北北西に進路を取れ』『疑惑の影』『見知らぬ乗客』『バルカン超特急』『めまい』などのヒッチ先生の代表作は映画ファンを名乗る人には必ず見て欲しい作品群ですね。
 ビートルズ、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープルを聴かずにロック・ファンを語って欲しくないように。
 ビートルズ・マニアの方でしたら、ゼメキス監督の『抱きしめたい』はご覧になりましたか。個人的には結構好きな作品です。
 また『レット・イット・ビー』を観れたのは偶然だったのですが、ビートルズのお葬式とも言えるあの作品を出来はともかくとして観ておいて良かったと今でも思います。
 ではまた。
ルーシー
2006年10月29日 03:31
 そうですね~ヒッチコックのそのあたりの作品は基本中の基本ですよね、もち好きな作品です~!
また、音楽も同感です。彼らを聴かずして語れませんね。最近はさらにルーツをたどってブルースやクラシックを聴き、演奏で体感しています。するとビートルズをはじめ、彼らのサウンドがより理解できるようですね。
 私は映画もビートルズも30年ほどのファンですが、それでもゼメキス監督の『抱きしめたい』は面白かった~そっくりさんがパーツで登場しますが、やはりエド・サリヴァン・ショーやホテルの部屋でのシーンはドキドキしましたね。ちなみに「ペネロペ・クルスの抱きしめたい」は??な作品でしたが・・・(笑)。
彼らの映画はやはりMTVのはしりでしょうし、「マジカル~」は当時酷評されましたが、PVにも通じる画期的なものかも・・・時期が早すぎましたね~♪
すみません、ビートルズ話になると長くなってしまい・・・ではまた。
2006年10月29日 22:19
 ルーシーさん、こんばんは。
 昔聴いたきりになっていて、最近聴き出してからどっぷりとその魅力にはまり込んでしまっている曲に、御大マディ・ウォータースの『マニッシュ・ボーイ』があります。いたってシンプルなのですが、あのようなパワーが宿ったナンバーを最近の曲で探すのは難しく思います。
 その他チャーリー・パーカーの『ナウズ・ザ・タイム』、ビートルズではアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』『ライヴ・アット・ハリウッド・ボウル』をよく聴いています。
 『抱きしめたい』はビートルズ・ファンを唸らせる唯一の、本人達が出演していない映画かもしれません。『ウィ・ラヴ・ザ・ビートルズ』を歌うファンの楽しそうな声、チケット争奪戦、ライブ会場の照明に掴まって、ターザン状態で興奮する眼鏡を掛けたオタクファンなどが強く印象に残っています。ではまた。
オタクイーン
2007年05月08日 00:54
お久しぶりです。「裏窓」久々に堪能しました。ヒッチ絶頂期の冴えは見ていて恐ろしい程。こういうのを「映画」と言うんでしょうね。何度も再見に耐える作品と思います。
この手の作品の登場を心待ちにしているのですが・・・(涙)。
2007年05月09日 01:48
 オタクイーンさま、おひさしぶりです。コメント&TBをいただきまして、どうもありがとうございました。
 映画らしい映画を見せてくれたヒッチ先生やホークス先生の良さをもっと分かってほしいものです。古いと言って、これらを全く見ないのは本当に勿体無いですもの。何度観ても飽きない珠玉のフィルムを数多く撮っていますね。
 10回以上観れる映画というのもこの10年以上は一本もありません。思い出してみても、『ニュー・シネマ・パラダイス』以来かもしれません。
 『パルプ・フィクション』『レオン』で五回、『ユージュアル・サスペクツ』『スターウォーズ エピソード1』(懐かしすぎて、ついつい)で四回くらいでしょうか。
 ではまた。
蟷螂の斧
2016年06月11日 06:03
>ジェームスの目は観客の目でもあり、我々が見たいと思っているものを覗かせてくれます。

うまい演出だと思います。

>ジェームスと犯人が対決するシーン

すごい迫力でした!

「魔太郎が来る」で、この映画をネタにした場面があった記憶があります。
2016年06月11日 19:30
こんばんは!

ヒッチコック作品を今の若いファンが見ると"陳腐な"とかいう表現になってしまうのでしょうが、それはヒッチを見たクリエーターがオリジナルのファンで、いつか使ってやろうという意図があるのが分かっていないために起こる誤解でしょうね。同じことがゴダールにも言えて、『勝手にしやがれ』がありふれた表現に見えるとするとそれはゴダールの影響がどれだけ大きかったかの証明になるでしょう。

ではまた!

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