『暗殺者の家』(1934) ヒッチコック監督によって、後にセルフ・リメイクされた傑作スリラー

 まだ監督としての名声を確立する前の作品であるために、予算があまり取れずにいた頃の作品。素晴らしい工夫は随所に見えますが、自分の思い通りには仕事が出来ていない印象はぬぐえません。

 今回のピーター・ローレは大ヒットですが、その他の役者の人選に関して強くそれを感じます。古い作品ということもあり、そこかしこに「かびくささ」も感じますが、画面を通してレベルの高さは既に現れています。

 またイギリス時代の大ヒット作品であり、『三十九夜』(1935)、『バルカン超特急』(1938)と並ぶ代表作でもあります。当時としては暗殺に始まり、誘拐、追跡、集団の銃撃戦、そして狙撃シーンなど観客を飽きさせない見所満載の贅沢な一本だったと思われます。

 作品への決定的な影響を与えたのはヒッチ先生自身よりも、むしろ悪党のボス役でヒッチ作品に初登場したピーター・ローレの持つ雰囲気と演技力でしょう。後の作品『間諜最後の日』(1936)でも出演しますが、この時ほどの輝きはありません。

 この作品での彼はまさに支配者であり、強さが前面に押し出されすぎており、他の俳優の個性が弱すぎることもありどこかバランスの悪さを感じます。ヒッチ先生も無理やり彼を引きずり出して、作品に出てもらっているほどのお気に入りだったためか、まるで彼こそがこの作品の主役であるような撮り方をしており、本筋からすると混乱しました。

 フリッツ・ラング監督のトーキー時代の傑作『M』(1931)でも明らかなように、悪人を演じさせれば彼は優秀でした。ただ全員が彼の引き立て役以上には目立っていないのが残念です。

 作品の展開のリズムがよく、小気味よく仕上がっています。後に見られるようなマニアックすぎるカメラワークも出てきません。ロイヤル・アルバート・ホールでのシンバルの音にまつわる暗殺シークエンスは秀逸な出来栄えで、流石と唸らせてくれました。

 ヒッチ先生も気に入っているのか、後年の『知りすぎた男』でもこのシーンはそのまま用いられていました。風光明媚なスイスをきっちりと律儀に作品に取り込むヒッチ先生の「観光趣味」は、ずっと後の『知り~』でもモロッコの風景を収めてくるように、彼の映画の雰囲気作りには欠かせないようです。敵のアジトから脱出する時に鳴らされる鐘の音も忘れがたいものです。

 ロー・アングルから捉えられるピーター・ローレの演技が、とても良い作品です。音の使い方、悪役の選択が見物です。ヒッチ先生の作品では良い悪役を得た時ほど、良い作品が生まれているように思います。

総合評価 74点暗殺者の家
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この記事へのコメント

2005年11月07日 15:59
 「暗殺者の家」は早稲田のACTミニシアターで観ました。映画館ではありません。会員制のクラブで、今でも続いていると聞きました。後の完熟したヒッチ作品を観た後では地味に感じられますが、仰るように切れ味は抜群ですね。
 ヒッチコックのベスト3やベスト5を選べと言われると本当に困ってしまいますよね。時代によって良さが違いますので。15本くらいまで広げれば何とか収まりますか。
 「バルカン超特急」「三十九夜」「海外特派員」は切れ・面白さ共に抜群ですが、熟練したカラー作品のヒッチも魅力ですしね。「鳥」も本当に完成度が高いです。「北北西」の総集編的完成度、「めまい」の妖艶さ、「裏窓」の精緻さ。モノクロに戻って「疑惑の影」や「見知らぬ乗客」のテクニック。実は遺作となった「ファミリー・プロット」も好きだったり。
 話は変わりますが、ヒッチコックの言うマクガフィンの何たるかを知れば、(サスペンス)映画の作り方も見方も大きく変わってきますが、残念ながら余りいらっしゃいませんね。従って、無駄を好んで作り、無駄を誉める人が多い。
用心棒
2005年11月07日 17:06
 オカピーさん、こんにちは。普通、サスペンスに限らず映画を見るときに、その観客が擦れていればいるほど、ちょっとした映像が出てきても「何かこれは後々意味を持ってくのかもしれない。」などと勘繰って見る癖がついてしまっています。
 最終的に何の意味も持たない「マクガフィン」を監督がせっかく用意していても逆切れして「あの映像や仕掛けは無意味だ」などといってしまい、遊び心を理解できないのは残念です。
 マクガフィン、カメオ出演(『救命艇』でのダイエットの広告には笑いました。ヒッチはあの船には乗れませんし。)、ブロンド美人、巻き込まれ型プロット、感情移入しやすいスター俳優の起用、そして練りに練ったカメラワークなどいろいろな面で楽しませてくれるヒッチ先生は映画と観客の期待を理解している優秀な監督の一人でした。
2006年07月30日 18:14
 TB致しました。
 本来であれば「暗殺者の家」と比較して「知りすぎていた男」を語るべきですが、書いた順番に従いました。
 どっちにも一長一短があり、どちらが圧倒的に優れているということは言えないというのが私の感想です。
 用心棒さんは「知りすぎていた男」は随分公共でしたよね。私はクライマックスが二重になった印象がある以外は結構買っています。ドリス・デイも好演でした。但し、途中の歌は要らなかったです。
2006年07月30日 18:40
 オカピーさん、こんばんは。TBとコメントを有り難うございます。
 ピーター・ローレ出演作品では『M』が一番好きな作品ですが、ここでの悪役も強烈な印象を残しています。
 好きではない『知りすぎた男』の中で、「これは良いなあ。」と思えるのはドリス・デイが歌うクライマックス部分での歌声が大使館に染み渡り、子供と共鳴する時の、カメラの視点誘動とカット割りの凄みです。
 何回見ても、ここだけはいつもゾクゾクします。歌ではなく、ショットの積み重ねだけでも十分に表現できるのがヒッチ先生ですが、歌を使うのはどうなんでしょうね。ではまた。
オタクイーン
2007年07月20日 02:12
お久しぶりです。以前鑑賞済みの「知りすぎていた男」に続き、先日やっと「暗殺者の家」を初見(情けないお話で(笑)し、両作品を比べる事が出来ました。各々の作品に於ける用心棒さんのご意見には足元も及びませんが、個人的には「ヒッチ研究には格好の素材。当時の製作事情を考慮する必要もあり。プロットを大きくいじらずあえて踏襲しながらも、細部に熟練の技を匂わせるヒッチの姿勢に共感」というスタンスでしょうか。監督の実力は予算の都合やキャスティングの発言権にも表れるものと思います。さすがに不入りの穴は塞げなかったようですが(笑)。
浅い見方で申し訳ありませんが、両作品セットの記事をアップしてみました。TBさせていただきましたが届きましたでしょうか?また文字化けするようでしたら遠慮なく(笑)消去して下さい。ご意見お待ちしています。
2007年07月21日 01:26
 オタクイーンさん、こんばんは。お久しぶりです。コメントとTBをありがとうございました。後ほど伺います。
 躍動感のある『暗殺者の家』と熟練の技を見せる『知りすぎていた男』では観る者の好みにより、評価が分かれるのかもしれませんが、一般的には『知りすぎていた男』のほうが知名度も人気も高いようです。
 円熟味も良いのでしょうが、個人的には英国時代に撮られた『暗殺者の家』が新鮮で、この作品の躍動感と悪役を務めたピーター・ローレの存在感がノワール好きにはたまらない魅力を持っているので、こちらのほうを高評価しております。
 ヒッチ先生もトリュフォー監督も『知りすぎていた男』を気に入っているようですが、好みだけはどうしようもないですね。
 ではまた。

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