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『意志の勝利』(1935)世界2大プロパガンダ映画のひとつ。レ二のセンスの良さがキャリアの仇に…。
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2008/05/17 12:47 |
『イワン雷帝 第二部』(1946)スターリン体制に抵抗した革命的映画作家の最後の作品。
かつての巨匠、エイゼンシュテイン監督の最後の作品となってしまったのが、この『イワン雷帝 第二部』です。『戦艦ポチョムキン』を発表して後は世界を代表する映画人になったエイゼンシュテイン監督も、晩年は再三に渡る制作中止とスターリン体制からの弾圧により、彼本来の創作嗜好とは明らかに異なっていたであろう時代物を撮ることに明け暮れざるをえなかったのは世界の映画芸術の進化にとっては大きなマイナス要因であったのではないだろうか。 ...続きを見る |
2006/10/31 00:43 |
『イワン雷帝 第一部』(1944)歴史映画しか撮らせてもらえなかった、かつての巨匠の晩年。
映画史上、とりわけ制作における重要な理論であるモンタージュ理論とその効果的な実践で、社会主義陣営のみならず、全世界の映画界、なかでも制作者全体に多大なる影響を与え、革命を巻き起こしたのはセルゲイ・エイゼンシュテイン監督でした。 ...続きを見る |
2006/10/30 00:41 |
『戦艦ポチョムキン』(1925)完璧なモンタージュと映像表現の巧みさ。映画ファンは必見。
『戦艦ポチョムキン』は革命ロシア(ソ連ですね。)の最大の巨匠、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の残した作品の中でも、とりわけ人気が高く、東西陣営問わず、その後の映画人に与えた尋常ではない影響力の大きさにおいて、他に類を見ない怪物のようなフィルムの固まりです。 ...続きを見る |
2006/05/22 02:00 |
『美の祭典』(1938)凝った映像表現と、光と影を知悉するリーフェンシュタール監督作品。
1938年製作の、レニ・リーフェンシュタール監督による、1936年ベルリン・オリンピックの記録フィルムである『民族の祭典』の続編である。両方のフィルムに共通するのは、実際の競技に入る前のオープニング映像が異常に長いことです。15分以上も、直接競技には関係のないトレーニング風景やサウナでくつろぐ映像がひたすら続く。 ...続きを見る |
2006/02/13 01:31 |
『民族の祭典』(1938) ヒトラーにより、政治的かつ劇的に利用された、最初のオリンピック。
ドイツの生んだ鬼才であり、女性監督のレニ・リーフェンシュタール監督による、1936年のベルリン・オリンピックの記録映画であり、ナチス・ドイツによって最大限に利用されたプロパガンダでもある。だが、この作品にはただの宣伝映画にはないものが多くある。それこそが映像表現であり、スポーツ中継において、今でも通用するような映像表現が、1938年製作のこの映画において、ほとんど既に提示されています。 ...続きを見る |
2006/02/11 03:32 |
『メキシコ万歳』(1931&1979) 未完に終わったメキシコの歴史絵巻。彼の本質は不滅です。
元々は1931年に制作され、公開されるはずであったものの、ついに制作中止に追い込まれたエイゼンシュテイン監督の作品。『ベージン草原』も同じような運命を辿りました。ハリウッドに招かれて映画制作をするはずだったのが、アメリカ側と揉めた為に仕方なく、そのままメキシコに渡り、作り始めたのがこの作品でありました。 ...続きを見る |
2006/01/14 23:45 |
『十月』(1928) スターリンに嫌がらせを受けて、現存の90分間になる前は2時間30分の力作だった
ロシアの巨匠、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督による、1928年の作品。製作に三年を費やした本作品ですが、製作途中で改変に継ぐ改変を迫られてしまったために、より解りにくいものになってしまったようです。カットされてしまったシーンには粛清されてしまったトロツキーについての映像、革命の主導者レーニンの演説シーンなどがあります。スターリン政権下において、レーニンの存在は邪魔なものに過ぎず、むしろスターリンへの個人崇拝と支配構造を脅かすものでした。 ...続きを見る |
2005/11/15 13:54 |
『全線 古きものと新しいもの』(1929)農民の生活を捉えただけだが、なぜかとても美しい。
ロシア革命の時代を経験して、初期ソ連のスターリン時代をも生き抜いた、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の1929年の作品である本作品は、いわゆる「プロパガンダ」映画の代表的な作品ではありますが、そうした小さな枠に納まりきる作品ではありません。 ...続きを見る |
2005/11/11 21:49 |
『アレクサンドル・ネフスキー』(1938) ロシアの巨匠エイゼンシュテイン監督の初トーキー作品
1938年というと、第二次大戦開戦前の緊張状態が沸点に達する寸前であり、この年に製作された『アレ〜』はエイゼンシュテイン監督にとっては、むしろ初トーキー作ということに対する彼自身の好奇心よりも、撮りたくもないテーマで映画を製作しなければいけなかった悲しささえ感じてしまう作品でした。 ...続きを見る |
2005/11/08 00:58 |