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zoom RSS 『カメラを持った男』(1929)工業化した共産ロシアはパラダイス?

<<   作成日時 : 2017/02/06 20:27   >>

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 『カメラを持った男』はジガ・ヴェルトフ製作のロシア映画です。じっさいにはソ連映画と呼ぶべきかもしれない。

 日本初公開時には『これがロシヤだ』という題名だったそうです。すごく適当すぎて笑いましたが、邦題は今も昔もいい加減なものだということだろう。

 1929年製作なので、時代はサイレント映画全盛でさまざまな映像表現が出揃ってきた集大成となる楽しい黄金時代です。

 この映画『カメラを持った男』では二重露光、クロースアップ、モンタージュ、アニメーション、縦横の分割画面、ズーム、シンメトリー構図、逆再生、クロス・カッティング、ストップモーション、スローモーション、パン、移動撮影、仰角撮影、原始的なドリーを使った撮影、プロパガンダ、POV的なマルチカメラ、特撮技法などさまざまな手法が試されています。

 面白いのはどうやって撮っているかをジガ・ヴェルトフがご丁寧にネタバラシをしているカットがあちこちに挿入されていることです。笑えるのは自動車を異様に低い仰角で地面に這いつくばるように撮っている自分を周りから撮っているカット、バイクに無理やり取り付けた手動カメラを巻きながらよろよろと移動撮影している様子を撮っているカットなどです。

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 たしかに今の目で見るとあまりにも原始的かつ単純で面白味は感じないかもしれません。ただし映画が発明されて、すぐいきなりCGまで進化するわけではないので感覚をいったん当時に戻さないと意味と意義が解らなくなるでしょう。

 歴史の流れと撮影技法や道具などの進歩を伴って、はじめて映画は深化し、芸術性を奥に秘めた娯楽の可能性を極限まで高めています。

 映画は演劇を観に行くほどの余裕がない庶民にとっては数少ない娯楽だったでしょうし、演劇ほど気取らずに観に行けた大衆の楽しみだったに違いない。

 劇中には若い女がベッドで目覚めてから、裸の胸にブラジャーを着け(ホックに焦点を合わせている)、洗面器で顔や首筋を洗うシーンまでが写し出される。妊婦がM字開脚になった股の間から赤ちゃんがへその緒つきの血まみれ姿で出てくるカット、若いロシア人女性のトップレスの豊満な胸に泥パックをして美容する様子を撮ったカットなど1929年という時代を考えると衝撃的です。

 覗き見という視点がすでに存在しています。観客が見たいものを見せるというのは基本でそれは暴力とセックスです。今も昔もそれは変わらない真実です。

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 サイレント時代からすでにポルノは存在し、隠れて上映され続けたのでしょう。それらを纏めた『ブルー・レトロ』というビデオも昔TSUTAYAさんでレンタルしていました。

 その映像はジャン=リュック・ゴダールの大作『映画史』にも頻繁にコラージュされて使用されています。『カメラを持った男』は当時の劇場用作品としてはギリギリのところを狙ったと言えます。

 レンズを覗く目のカット、冒頭の特撮映像的なお遊びの合成シーンなど記憶に残る場面もところどころに散見できます。古いなどとは言わずに進化の源泉まで遡ってみてはじめて見えてくる驚きもあるのではないでしょうか。

 ロシア革命の成功と発展を高らかに歌い上げるように、女工は手縫いで服を作っていたのがミシンに変わり、算盤で計算していたのがレジに変わる、手巻きで作っていた煙草はベルトコンベア式の工場設備に変化していくなど共産主義による機械化によって得られた進化と優越性を視覚的に表現しています。

 現在のインターネットの発達と同じように電話の普及は離れた場所を一本の電話線で結びつけ、シベリアからクリミアまで数十秒もかからずに情報を伝えられます。現在では当たり前でしょうが、100年ほど前はSFの話だったのです。当時、ほんの半世紀前までは日本では飛脚が日本中を走り回っていたのです。

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 そして効率的に労働をすることによって一日の時間が空いて、余暇が出来た労働者たちは生活も豊かになり、身だしなみを整える余裕もでき、スポーツを楽しみます。出てくるスポーツはバラエティに富んでいて、水泳、日光浴、モトクロス、アスレチックジム、陸上競技、高飛び込み、バレーボール、クラシックバレエ、バスケットボール、サッカーなどに興じる様子がフィルムに収められています。

 遊園地も充実し、メリーゴーランドやマジックショーを楽しみ、ナイトクラブやビアホールにくり出し、人生を謳歌しています。若い女性も野外スポーツに興じ、飲酒もやる自由な気質がある開かれたロシアをこれでもかと猛烈にアピールしてきます。

 この世の楽園、それが共産ロシアとでも言いたげな様子です。もちろんすべて嘘っぱちなのは言うまでもない。でも映像の力は圧倒的でこれを見て、ロシアに行きたいと思った人もいたかもしれません。

 映画のクライマックスでボリショイ劇場を真っ二つにした意図は現在と過去との決別だろうか。後半の編集はスピードがどんどん増していく。カットが激しく割られて、共産党の進化は爆発的に早くなると暗示しているようです。

 共産主義体制により導入された、合理的で無駄のない流れるような作業効率を見せることで、いつまでたってもキツいままで旧態依然の搾取しか考えていない資本主義への優越をスピード感溢れる見事な編集で表現している。

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 当時これを見たであろう農村部の人々にこれが本当だと信じさせる説得力が映像にはあります。工業化すれば、共産革命を起こせば、資本家に搾取されて惨めな境遇にある自分たちの現状を劇的に変化させられる。

 共産主義が完成すれば、仕事終わりに踊りに行ったり、最新の下着で挑発する女と遊んだり、ビールを飲んで騒げる地上の楽園が待っているのだ。これって、新興宗教としての共産主義ですね。

 約束など出来ない現世利益を謳い、とにかくありがたい経典である『資本論』などのマルクス主義書籍を聖典とする。理解など出来なくて十分。

 だってありがたいお経の意味などアタマが悪い自分たちは知らなくても、指導部が導いてくれるのだから、レーニンやスターリンを奉じていれば良い。映画にはところどころにロシア革命のアイコンであるマルクスやレーニンの肖像や銅像が顔を出す。馬にまたがる偉そうな将軍はスターリンだろうか。

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 エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』やリーフェンシュタールの『意志の勝利』も含めて、これらプロパガンダは新興宗教の布教ツールだと認識すれば分かりやすい。

 理解できなくても、彼らについていけば自分は救われると信じるのが宗教なのです。理路整然とした新興宗教が共産主義なのかもしれない。

 共産教だと思えば、彼らが原理主義かつ理想主義で現実離れしたお花畑の住人であるのはむしろ当然かもしれない。だって宗教なのだから。

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 それとも共産主義革命により、中国に侵略される日のために国内の反対勢力、つまり普通の日本人に平和のお題目を唱えれば、誰もわが国を攻撃してこないと信じ込ませて抵抗させないように仕向けているのだろうか。

 それはともかく、最後はもっとも有名なカメラを持つ男のカメラを覗く目のクロースアップとともに終わる。圧倒的な表現力を持つヴェルトフでしたが、体制側からは形式的だと批判され、その後のキャリアは摘み取られてしまいました。残念です。

総合評価 65点


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