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zoom RSS 『生きものの記録』(1955)原水爆よりも根深いのは老いと次世代に追い抜かれる恐怖では。

<<   作成日時 : 2016/08/31 19:25   >>

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 黒澤明監督作品で今でも有名な作品と言えば、『七人の侍』『椿三十郎』『用心棒』『影武者』などの時代劇であったり、社会派作品でも『生きる』『天国と地獄』などであり、これらについて語られることが多いようです。

 代表作となった『七人の侍』が大ヒットした直後の作品として公開されたのがこの『生きものの記録』です。主人公の三船敏郎が今度は独裁的な家長として工場経営者を演じる。三船は原水爆への恐怖をきっかけに異常な脅迫概念を持ち、東北への疎開を考えてみたり、各自の意志を無視して、一族郎党を無理やり引き連れて、ブラジルに集団移住を企てる。

 一方、一家を支配している経営者でもある父への恐れよりも、成長した後も、独善的な父親に巻き込まれて人生を棒に振るつもりはない千秋実ら子供夫婦や妾たちは父親三船を異常者として見なし、準治産者申請の裁判を起こし、勝訴する。

 三船は敗訴するも、ブラジル移住を諦めきれずに工場の取引先から金を調達していくが、それでも足りない分を妾連中に金を無心する。しかし裁判結果を知っている彼女らにすべて断られる。世の中は金次第であることを痛烈に思い知る。

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 結果として、一族の退路を断つべく工場に放火し、すべての財産を焼き尽くすという狂気の沙汰を引き起こす老人が主役のこの作品『生きものの記録』の衝撃は当時としては強烈だったのではないか。

 黒澤明監督全30作品中、もっとも興行収入が悪かったという『生きものの記録』は日陰の存在であっただろう。時代的に早すぎた、この作品が黒澤作品の中で占める立ち位置は年々向上し、この十数年くらいでようやく陽の目を浴びるようになっています。

 傑作とは言わないまでも現代劇として重要な作品であることは間違いないでしょう。しかし、現在でこそ肯定的か否定的かは別として、精神異常者にスポットを当てた作品に出演した俳優が演技賞を取ったりして好評価を得ているが、この映画が公開されたのは高度経済成長に突き進みつつある1950年代中盤でした。

 精神的な病気や障害などについての正しい知識などをいったいどれくらいの人々が持っていたのだろうか。たぶん普通の観客は「なんだこりゃ!キチ○○映画か?」くらいの感想だったでしょう。しかし、今回この映画を見るのは5年ぶりくらいで、前と違って印象が変わっていることがありました。

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 初見では狂っていく三船の異常行動に目を奪われましたが、これはじつは表面的な原爆への恐怖を描いたのではなく、それよりも日に日に迫りくる老いへの恐れと妄執、台頭してくる子供たちの成長への恐れ(本来ならば、歓迎すべきものですが。)というより身近なものを描いています。

 シニカルなホームドラマであり、水爆への恐れというのは方便なのではないか。そう捉えれば、理解できなかった部分がスッと通ってくる感じがします。

 すべては解らない核への漠然とした恐れではなく、日に日に老いていく体力と気力、そして判断力の低下への恐れが引き起こした妄執が原因なのでしょう。

 公開当時、この『生きものの記録』の内容をしっかりと理解した上で楽しめた観客はいたのだろうか。呆然、唖然、無知から来る怒りと置いてきぼり感ばかりでひどく不評だったのではないか。『七人の侍』の黒澤監督の新作だからと期待して娯楽作を観に行ってつもりだった観客の期待を大いに裏切ったことでしょう。

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 作り手側のエゴや興味対象だけを全面に押し出した作品が受け入れられる土壌はあったのだろうか。娯楽映画の監督に求められていたのは分かりやすい時代劇や人間ドラマであり、深く考えなければいけないこのようなテーマではなかったでしょう。

 それでもこういった実験作品が公開まで漕ぎ着けたという事実が意味するのは黒澤明監督はこのような企画を映画化させるだけの権限と信用を持っていたことになります。

 どう転んでも、大ヒット作品になるような映画ではない。ワンシーン・ワンカットに加え、3台同時使用というぜいたくなマルチカメラ撮影という手法を採り入れた画期的な作品ではありますが、老若男女がニコニコしながら、劇場を後にする作品ではない。

 今見たのは何だったのだろうかと自問自答しながら、気難しい顔をして帰路についたことでしょう。何回も見たいような作品ではないでしょうし、ましてやカップルがデートで見るような
類いの作品ではない。

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 かといって駄作かと聞かれれば、面白くはないが、色々と考えさせてくれるのでとても興味深いと答えるでしょう。三船敏郎の演技としては最高傑作かもしれません。あのたいそう老けて、疲れきった風貌は颯爽とスクリーン狭しと躍動していた『七人の侍』や『酔いどれ天使』の彼からは想像できません。

 年老いていく三船の傍らには若くて躍動する労働者たちが大きな声で働き、暑い盛りには工場で水浴びをしている。若さと老いの対比が強烈です。生まれたばかりの子供、台頭してくる子供たちと対比される三船や志村喬、東野英次郎をはじめとする経験豊富な大人たち。

 志村喬は裁判で調停をする立場ながらも、常に三船の立場に立ち、弁護していくが、彼も医師として働いていて、成長してきた後継者である息子にどこか脅威を感じているようです。その裏返しが三船への同情なのかもしれません。

 そもそも黒澤作品には時代劇のイメージが強いでしょうが、全監督作品のうち、過半数は現代劇なのです。スピルバーグが娯楽作とシリアスな作品を交互に撮ってきたように、黒澤監督も表現したいシリアスなテーマを撮るために時代劇も撮ってきたのでしょう。

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 国民的映画ともいえる『七人の侍』のあとに製作されたこの作品は出演者も豪華で、いつもの黒澤組である三船敏郎、志村喬、佐田豊、千秋実、三好栄子、根岸明美、太刀川寛、土屋嘉男、大村千吉、左卜全、千石規子、藤原釜足らが安定した演技を見せてくれます。

 また東野英治郎が演じたブラジル移民の成功者がいかにも怪しげで、黒塗りした顔が詐欺師にしか見えない。

 映画的にインパクトがあるのは精神病棟の病室で、見舞いに来た志村とともに太陽を見ながら、三船が「地球が燃えている!」と叫ぶラストシーンでしょうが、妾宅のちゃぶ台が強い風で飛ばされていくシーンも印象深い。

 そもそもブラジル在住の人との物々交換で財産を交換しようとする時点で、自分さえ良ければいいという身勝手さが醜い。

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 一族の無事だけを願い、ブラジルに行こうとして工場に放火するも、雇用している従業員に詰め寄られ、彼らの生活の糧を奪い去ってしまうことをまったく想定せず、気にもかけなかったことを思い知らされる。

 脅迫概念もしくは妄執により、すでに経営者ではなくなっていたということです。このシーンでのやり取りも強烈に記憶に残っています。

 長年、黒澤映画で音楽をつけていた早坂文雄が亡くなってしまい、この作品での音楽が遺作になってしまいました。薄気味悪い音楽はオープニングとエンディングで繰り返されますが、音楽が使われているシーンはほとんどなく、精神病棟でのラストシーンの後、エンディングで暗転したスクリーンから2分弱ほどテーマが流されます。

 まるでこの二分間で今見たものを頭の中で咀嚼し、理解を深めよと黒澤監督に詰め寄られているような気持ちになります。

総合評価 75点


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