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zoom RSS 『ロッキー』(1976)小学生だった僕にとっては素晴らしい映画との出会いの一つでした。

<<   作成日時 : 2015/07/10 15:02   >>

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 テレビでの放送の次の日には学校の昼休みに必ず「えいどりあ〜ん!!えいどりあ〜ん!」と絶叫しながら、ぼくらはロッキーごっこをしていました。

 お笑い対象にすらなってしまう本作ですが、なんだかんだ言っても、ビル・コンティによって命を授けられたファンファーレが鳴り響き、場末のボクシング会場に繋がっていくあのオープニングは観客を自然に物語の世界に引き込んでいきます。

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 前回、シルベスター・スタローンの記事を書いたあと、ぼくらのスタローンの栄光の始まりであり、かつ頂点でもある『ロッキー』を見たくなりました。

 スタローン自身による脚本・主演という本作からはしっかりとした監督(ジョン・B・アヴィルドセン)を選べば、真面目な映画を作りさえすれば、彼が魅力的な光を放つ可能性があることを示してくれます。

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 あの何も変わらないどんよりとしたフィラデルフィアの貧民街で地べたを這いずり回って暮らしている人々の描写を捕らえるカメラは厳しい生活を冷たく眺めながらも、時に彼らに寄り添うように優しい。ラブ・ストーリーとしても素晴らしく、不器用な二人が徐々に引き寄せられていく様子も微笑ましい。

 とても自然な感覚で素朴な様子はとってつけたような感じがない。夢も希望もない、その日暮らしの虐げられてきた人々は何も変わらないことを骨の髄まで理解している。夢は見ても無意味であり、有害ですらあることを各々の登場人物が表情や背中で語ってくれる。

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 アメリカン・ドリームはすでに死語になっている1970年代半ばではこの街の住人たちは不機嫌で目を伏せがちです。街の描写を見ていると違和感がありませんでした。

 その理由は何故なのだろうと考えてみると、自分も昔、大阪の貧民街で縁があってバイトをしていたことがあるからだと気づきました。特定の名前を出すことは出来ませんが、反社会勢力と称されるお兄さん方が街を闊歩していて、あちこちに日雇い労働者が飲んだくれていたり、浮浪者が酒屋のゴミ箱を漁り、ほんの数滴ほど残っているワンカップ大関を取り出していました。

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 道端で労働者が倒れていても誰も見向きもしないという普通の街では見られない光景と厳然と横たわる格差は数十年前からすでにありました。社会的な敗残者が街中を這い回る一方で、この街で商売をしている人たちは億単位の資産を持ち、毎年海外旅行に出掛けていました。よくお土産をもらいましたので気のせいではない。

 ただこういう地元の商売人の人たちが悪質であるわけではなく、みなとても気の良い人ばかりですし、僕も当時は可愛がってもらいました。一般的に怖がられるヤクザの人たちにしても、顔馴染みになったぼくらにはとても優しく、ずいぶんと印象が変わりました。

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 だからといって用心棒代を払うわけでもなく、普通に助けてくれます。暴力的な酔っ払いや労働者がぼくらや商売人の人たちに言いがかりをつけてくるのに出くわせば、彼らが追い払ってくれていました。

 つまり、この街では長い間、働いたりしていると連帯意識が非常に強くなり、かえって安全なのです。学生時代のバイトですので商売人のオッチャンやオバチャン、近所に住む水商売のオネエチャン、バーテンダー、バンドマン、気の良いチンピラのあんちゃん、毎日挨拶してくれるゴミ拾いのオッチャンなどと接していると自分もどんどん街に同化していきます。

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 そんな感覚が蘇ってくるのがこの『ロッキー』なのです。俳優たちの名演技も見逃せない。第一はタリア・シァイアです。すでに『ゴッドファーザー』で世界中に顔を知られていたであろう彼女がわざわざ街のゴロツキのような人相が悪い無名俳優が主演及び脚本を務めるような低予算作品に出演しなければならない謂れはないでしょうから、本を読んだ彼女かスタッフが作品の素晴らしさを見抜き、出演を決めたのかもしれない。

 タリア・シァイアに関しては当初この映画を見たときには「なんで、もっと綺麗な女優さんをヒロインにしなかったのだろう?」と思っていましたが、あの物語世界には圧倒的な存在感を撒き散らす美しいモデル(元妻、ブリジット・ニールセンみたいな。)のような女優はいらないのだと気づきました。

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 またハリウッド有名俳優と有名女優もいらない。街から浮かび上がってしまうし、リアリティが失われてしまいます。スタローンが自分が主演であることにこだわったからこそ、この『ロッキー』は今でも輝いている。

 バート・ヤングが演じた皮肉屋のポーリー、誰からもちやほやされることなく、彼の面倒を見続けたエイドリアン(タリア・シァイア)、場末のジムで働くユダヤ人トレーナー(バージェス・メレディス)も忘れられないキャラクターです。『ロッキー3』でミスターTに突き飛ばされたために心臓マヒに陥り、帰らぬ人となる彼の葬儀シーンでは彼がユダヤ人だったことが分かる。

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 ポップ・スターのようなチャンプ役のカール・ウェザースがまた良い味を出しています。唯一明るいのは彼です。『ナイト・ホークス』でも共演していますね。才能があれば、人種に関係なく成功することが出来るのだというアメリカン・ドリームの筋書きはアメリカ人には受け入れやすい。

 どこか勧善懲悪の時代劇が大好きな日本人の国民性と似ています。かつては毎年の年末にやっていた忠臣蔵などに代表される時代劇がすっかり廃れてしまったのは国民性の変化なのだろうか。

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 格差が圧倒的に広がり、富裕層と企業ばかりが優遇されて、普通の暮らしを営んでいた中間層がリストラされて非正規雇用に落とされて壊滅しつつあるアメリカではまだアメリカン・ドリーム映画は受け入れられる土壌があるのだろうか。

 そして見終わってから気付いたのはシルベスター・スタローンの代表作である『ロッキー』と『ランボー』はあの時代の若者の表と裏なのではないかということです。貧しいながらも周りに暖かい人たちと寄り添うように生きていけたロッキー・バルボアはまだ幸せだったのでしょう。

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 一方、故郷にも帰れずに頑なに心を閉ざし、退役後もかつての上官に利用されたジョン・ランボーは30年近く死地をさ迷った挙げ句、ようやく故郷に辿り着きます。ハッピーエンドを迎えるロッキー。ハッピーエンドを期待するランボー。シルベスター・スタローンが彼らに込めたメッセージは同じだったのだろうか。

 小難しいことを言えば、この映画をもって、アメリカン・ニュー・シネマの時代は終わり、ハッピーエンドの娯楽作が復興してくる分岐点になった意味深い作品でもあります。

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 もうひとつ思い出しました。高校生の頃、運動部の試合の前の日に気合を入れるために生卵を五個ほどコップに割っていき、一気に飲み干そうとしましたが、途中で気持ち悪くなり、残り三つに醤油を入れて、フライパンでスクランブルエッグにしたのもバカバカしい思い出です。

 そこまで影響を与えてくれたのがこの『ロッキー』なのです。スポーツ映画としてもアメリカン・ニューシネマとしても、そしてラブストーリーとしても素晴らしい作品です。

 総合評価 90点


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コメント(8件)

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タイトル・マッチを申し込まれたロッキー。
今まで彼をバカにして来た老トレーナーのミッキーが急に愛想が良くなってロッキーのアパートを訪ねる。
「今まで俺をバカにして来た癖に何だ!」怒ったロッキーがミッキーを追い返す。寂しそうに帰って行くミッキー。しかし、思い直したロッキーが追いかけて行く。
あの場面は何度見ても涙ぐんでしまいます・・・・。
蟷螂の斧
2015/07/23 23:19
こんばんは!

>ミッキー
あのシーンって、いろいろ考えさせてくれますよね。来たこともなかったロッキーの部屋にあがり込み、ロッキー・マルシアーノの話をしたり、自分の全盛期の話をするものの、彼から「俺にはそんなものはなかったよ!」と激怒される様子はやるせないですが、虐げられていた彼の気持ちは嫌というほど分かります。取り立て屋の偉いさんもバカにしていたのにタイトルマッチが決まるとロッキーにお小遣いをやりに来たりと嫌な感じの描写が続きますね。

 追いかけるシーンも色々な感情があるとしても、それまでの長い付き合いもあるでしょうし、信用できるスタッフもいない彼にとってはミッキーの存在は大きかったでしょうし、切れない関係ってありますものね。

 人間をしっかりと描いているからこそ、今でも放送していれば見てしまいますし、レンタル屋さんで並んでいれば、足を止めてジャケットを見る時があります。

 良い映画ですよね。ではまた。
用心棒
2015/07/24 00:57
用心棒さんこんばんは。予告通りスタローン映画について書き込みます。この「ロッキー」シリーズはスポーツ及び青春映画だけじゃなくアクション映画、すなわちスタローン映画としても楽しめますね。4作目のサントラは今でもよく聞いてます。「ランボー3」あたりで人気に陰りが出てきましたが、やたら旧作が放送されて忘れ去られることはなくなったでしょう(ジャッキーやシュワちゃんも同様)。ロッキーって「ダイ・ハード」のマクレーンよりも運の悪い男だと思います。2作目で妻が昏睡状態、3作目でトレーナーのミッキーが、4作目でアポロが死亡、5作目でロッキーは破産、弟子に裏切られたり散々ですね。6作目はポーリーが仕事をくびになった程度だが・・・。まだまだ書ききれないです!
さすらいの映画人
2015/07/24 20:48
 こんばんは!
>4作目
あの映画は高校の時に観に行きましたよ。ビールのCMでもドラコとの戦いが挿入されているなか、「トゥギャザー〜♪トゥギャザー〜♪」っていう感じの曲が流れていたのを覚えていますし、「ランボー3」を見た時にはスタローンも焼きがまわったなあと悲しくなったのを覚えています。

 ロッキーシリーズでは必ず誰かが不幸になりますが、僕は個人的にはロッキー5を見た時に失望でぼくが不幸になりましたよ(笑)

 ではまた!
用心棒
2015/07/25 00:20
ここに来て初めて知りました。ミッキーはユダヤ人なんですね。「ロッキー3」を見た事がありますが、葬儀の場面・・・・。また今度確認して見ます。
>カール・ウェザース
人気TVシリーズ「警部マクロード」に無名時代のカール・ウェザースが出ていますね。安月給である事を嘆く若い警察官役です。
>取り立て屋の偉いさん
演じていた人は見るからに悪人面ですが、実際は善人だったそうですね。スタローンの友人で元酒屋の店員さん。既に故人。
蟷螂の斧
2015/07/25 09:54
 こんばんは!
室内でのお別れのカットの後に彼のネームプレートが映るのですが、さりげなくダビデの星が刻印されているのです。たしかダビデの星はユダヤの象徴だったのでそう思ったのですが、勘違いだったらすみません。

 ロッキー3はホーガン出演シーンなどもあり、軽く受け取られがちですが、ミッキーとの別れやアポロとの友情などシリーズのファンとしては見逃せない作品ですよね。リアルタイムで間に合ったのはこの三作目以降でしたし、『アイ・オブ・ザ・タイガー』は忘れられません。

 書きたくなってきましたので、ぼくもまた見ますw

ではまた!
用心棒
2015/07/25 22:12
個人的には

 「美男美女&スター性のある

 俳優・女優陣」の不在

「豪華絢爛たるセット」に背を向けて

 薄汚れた現実の風景を写す。

 会社の思惑よりも作り手の意図を

 優先させるといった

 反ハリウッド的な環境で

 ハリウッド流サクセス・ストーリーの

 王道を行くという

 ある意味「無茶」な作風が

 本作を革命的一作に高めたと思います。

 ある意味本作は「無茶な人間は迷惑だが

 無茶な人間なき世界は停滞する」という

 複雑な真理を体現した作品の一つであると

 思います。

 これからもよろしくお願いします。
 
                   西村哲也より
西村哲也
2015/08/16 16:25
こんばんは!

>反ハリウッド
イタリアのネオリアリズムのタッチを味わえる作品ですね。薄汚れた現実(普通の街と普通の人々)を映し出しても、いわゆるハリウッドの古典的なストーリー展開を表現できるというのがミソですね。

ではまた!
用心棒
2015/08/17 00:43

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『ロッキー』(1976)小学生だった僕にとっては素晴らしい映画との出会いの一つでした。 良い映画を褒める会。/BIGLOBEウェブリブログ
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