良い映画を褒める会。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『蒸気船ウィリー』(1928)印象批評的な見方によるミッキー・マウスの記念すべき作品。

<<   作成日時 : 2010/03/02 01:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 しばらくはパロディで進めていきます。印象批評とはいわゆる面白い、面白くないという個人的主観で、つまり確固たる根拠がないのに、文学作品にああだこうだ言う立場です。文学批評では色々な考え方が批評に利用され、記号論、解釈学、受容理論、現象学、構造主義、フェミニズム、マルクス主義、精神分析などさまざまな道具を使って、無理やりに文学作品を評価してきました。

 映画でも十分に使えそうなので、パロディとしてやってみます。そのためのテクストに今回は誰でも知っているミッキー・マウスの『蒸気船ウィリー』を題材に取り上げました。

 映画ファンはともかく、一般の大人がアニメを子供向けジャンルとしてバカにし続けて、七十年くらいの月日が経って、ようやくアニメも市民権を得出すと、それまで幼稚だなんだと日陰者の地位に押し込められていたアニメ・ファンが調子づいてきました。

画像


 大人の鑑賞に十分堪えるアニメ映画が多々出てきたこともあります。子供の頃にアニメにはまり、大人になってもそこから卒業出来ない僕たちアニメ・ファンにとっては『AKIRA』『もののけ姫』がいわゆる大人向けアニメというジャンルと動きを作り出し、アニメだって大人が見ても良いんだもんね的な言い訳と雰囲気を用意してくれました。

 クリエーターである宮崎駿らが素晴らしいのは誰でも認めるでしょうが、彼らの作る映画を観ている僕らが偉いわけでも進化しているわけではない。ここを勘違いすると、ただ作品を消費しているだけのアニメオタクたちが妙な勘違いと優越感を持ってしまう。わけの分からない理屈をつけたり、萌えなどという、端から見たら、気味の悪いだけの幼児性の感覚の中で祭りに陶酔するのを正当化してはならない。(印象批評では権威主義というか、上から物を言う傾向が強いのです。)

 こういった日本の事情に比べると、はっきりと子供向けを打ち出していた時期のディズニー映画と彼らのファンに潔さを感じる。楽しみ方がどうも日本とは違うように見える。分かっていて、その状況をも楽しんでいるようです。

 『蒸気船ウィリー』はそのなかでも、黎明期のディズニー映画として、いまだに多くのファンの心に残っている。制作された順番で言えば、何年か前にここでも取り上げた『プレーン・クレイジー』がもっとも古い作品となります。『蒸気船ウィリー』は公開されたのがもっとも古い作品なのです。

画像


 つい先日もモノクロ期からカラー初期の短編を集めたDVDが発売されたばかりです。ほとんどが見たことのある映像ばかりではありますが、今でも十分に新鮮です。

 今とは違うやせぎすで、裸足だったり、靴を履いたりと設定もきちんと決められてしまう前のちょっとずる賢いミッキーマウスが僕らを楽しませてくれた。印象批評らしくストーリーを追っていこうとしても、まるで単純なお話である。

 お話の筋よりも、印象に残るのは「オクラホマ・ミキサー」のリズムに乗って、ミッキーが奏でるさまざまな演奏シーンでしょう。見せ場もこの演奏シーンであるのは間違いない。この曲の明るさは古き良き時代のアメリカを見る者に思い出させるでしょうし、外国人である僕らが見ても、とても楽しそうです。

 では何が楽しくさせてくれるのか。幼児期にこれらを見て育ったことによる刷り込みであろうか。ぼくらの幼児期にはまだビデオ・デッキは普及してはおらず、なかなか今の子どもたちのように好きな映像を好きなときに見るという体験は出来ませんでした。

 しかし、たしかに幼稚園児のときに『ダンボ』『バンビ』『白雪姫』『不思議の国のアリス』『101匹わんちゃん』などを覚えているのです。ミッキーやグーフィー、ドナルド・ダックなどの動く映像も確かに見ていました。覚えているのは楽しかったという経験です。長編も短編も同じように楽しかった。

画像


 長編を短編よりも価値の高いもの、偉いものと考えるのは大きな間違いで、中身の薄いジュースのような映画を無理やり長く引き伸ばし、誤魔化しのためにCGや過激なシーンを炭酸のようにぶち込み、甘ったるく体裁を整えているものも多い。

 それに比べると、話のフリからオチまでを最短距離で駆け抜ける短編はなんとも荒々しく、スピーディーに笑いを取っていく。この短編において、ミッキー・マウスが他の動物や異性であるミニー・マウスらに対して取る行動は現在の基準で見ていくと、差別的だったり、残酷なように映ってしまう。

 しかしそれはかの国ではそういった表現が何とも思わずに普通のこととして、受け取られてきた証明でもあるし、ぼくらも何とも思わずに、大いに楽しんできました。もちろんここで展開される表現すべてを今の感覚で素晴らしいとは思えない。

 ただ今の社会的常識に反しているからといって、そういった歴史的な遺産を闇に葬るのは弾圧ではないだろうか。アニメや特撮は社会全体から見ると、取るに足らない小さな問題かもしれませんが、こういった隠す行為が徐々に広がって、思想統一や言論弾圧になっていくのではないかと思う。見た印象から連想して行くと、こういった感想を持ちました。

 次回も違う視点での『蒸気船ウィリー』となります。

総合評価 85点


ミッキーマウス/B&Wエピソード Vol.1 限定保存版 (初回限定) [DVD]
ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント
2008-12-17

ユーザレビュー:
驚き!この時代のミッ ...
大変惜しい商品だミッ ...
内容は満点。でも面倒 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ商品ポータルで情報を見る


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『蒸気船ウィリー』(1928)印象批評的な見方によるミッキー・マウスの記念すべき作品。 良い映画を褒める会。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる