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zoom RSS 『愚なる妻』(1921)来るべき『グリード』へと繋がる狂気の完璧主義への第一歩。

<<   作成日時 : 2009/01/13 00:45   >>

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 エーリッヒ・フォン・シュトロハイム監督が1921年にユニヴァーサル映画で監督・主演した『愚なる妻』は数年後の1924年に製作された、上映時間が9時間にも及ぶ狂気の大作映画『グリード』に繋がっていく露払いともテスト・パターンともいえる。

 まずは大抵の観客が呆気に取られるのはオープニングの演出でしょう。物語を始める前に、主演女優のミス・デュポンや撮影スタッフらが見守る中、監督であるとともに出演者でもあるシュトロハイムが自らシーン演出を行う様子、つまり今でいうメイキング・シーンを一番頭に持ってくるという、劇映画においてはタブーとも思える映画の舞台裏を見せてしまう大胆さと斬新さに驚かされる。

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 その後に続くのはカリフォルニアの丘陵に無理やり作ってしまった、モナコの観光名所でもあるモンテ=カルロの街並みの様子を再現したオープン・セットの自慢なのである。お話を語る前に自分たちのやり遂げた大仕事を観客に誇示することからはじめているのである。この感覚は常人に出来ることではなく、よほど自分の才能に自信を持っていたということの証左であろう。

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 写真を見てのとおり、カリフォルニアの荒涼とした砂漠の上に再現されたモンテ=カルロの街並みは圧倒的な迫力があります。グリフィス監督が『イントレランス』で作ったバビロンの空中庭園を自身の映画の芸術性の向上のために制作したように、シュトロハイム監督もまた、自身の芸術の達成のためには予算や制約をまったく省みない映画バカ一代であったのであろう。

 かつて、ぼくが尊敬する映画評論家でもある、故・淀川長治さんはD・W・グリフィス監督は映画芸術の父、セシル・B・デミル監督は娯楽映画の父、そしてシュトロハイム監督はリアリズムの父という趣旨の言葉を残していましたが、お金を湯水のように使うグリフィスの下で映画を学んだ彼は当たり前のように自分の作品の実現のためにはなんでもした。

 この映画での食事シーンでは本物のキャビアを山のように使い、禁酒法時代にもかかわらず、高価なワインを注ぎ、サイレント映画であるにもかかわらず、役者には台詞をしゃべらせた。これがリアリズムに貢献しているのではないだろうか。無駄に見える部分にもしっかりと作り込みをしていくのはリアリズムだけではなく、すべての映画の品質向上の基本であるが、こうした見えにくい部分にまでお金を掛けると、制作費はうなぎ上りにかさんでいくのも事実である。妥協と取るか、バランス感覚と取るかは難しい問題かもしれません。

 また『グリード』の9時間の完全版が映画ビジネス及び映画芸術において、映画創成期及び黄金時代の浪費と狂気のエピソードとして、そしてまた産業と芸術のせめぎ合いという寓話としてもよく用いられますが、この『愚なる妻』も完全版は6時間を越え、当時の上映では3時間半もの大作であったらしい。残念ながら、現在見られるのは更なるダイジェスト版である110分弱のものである。それでもこの映画の価値は絶大である。

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 この映画にかぎらず、彼シュトロハイムが手がけた作品では監督・脚本・編集、そして出演とまさにマルチ・タレントとしか言いようのない八面六臂の大活躍をするのが常であった。だからこそ、すべてにおいて完璧であらねばならないという彼の製作姿勢が全面に出てしまい、結果として撮影の現場で誰も彼の狂気と完全主義を止められなくなってしまったのでしょう。このことはのちに『グリード』でMGMの責任者である、大君アーヴィング・サルバーグと大揉めに揉める第一原因となってしまいました。

 ストーリー的には詐欺師兄妹であるシュトロハイムたちが、新任のアメリカ公使夫人(ミス・デュポン)から金を巻き上げようとして接近し、悪巧みを仕掛けていき、最終的には自滅するという内容です。

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 演出で興味深かったことが多々ありました。まずは字幕の文字の大きさで、叫び声を徐々に大きく表現していったシーン。単純なことですが、こういったことでも「音」を伝えることが可能だったのです。

 この映画は基本的にすべて固定カメラによって撮られている。動くのは人間です。固定だけではと退屈と思われる方もいるのでしょうが、動き方や構図に工夫がされているので、まったく退屈さなどを感じる暇はないでしょう。クロース・アップやツー・ショット、俯瞰、アングルの妙、暗い映像と明るい映像の組み合わせ、そして何よりもさり気なく、しかも意図的に考えられた、円形や四角形の図形や人物配置で得られる左右対称な構図に舌を巻きます。

 光の使い方も素晴らしく、シュトロハイムがアメリカ公使夫人を誘惑するときに用いられる屋形船のような隠微な船を包み込む暗闇と水面に映えるランプや舟影の美しさは機会があれば、ぜひ見て欲しい映像です。

 一般的にシュトロハイム監督というと、サイレント映画にありがちな大げさなパントマイム的な演技などには頼らない作風から、リアリズム映画手法の創始者のように言われてはいますが、作品を注意深く観ていると、常に画面の構図のバランスに対しては強い配慮がされているのをみるでしょう。つまりリアリストの代表格のように思われている彼ではありますが、ただそれだけではない、フォーマリスト的な要素も多々あるのを感じ取れます。

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 この映画では重要な主役を務めるシュトロハイムですが、その存在感の大きさは尋常な役者振りではない。超一流といえます。彼の醸し出す人間の醜さの凄みを味わえます。

 印象深いシーンには三つの覗きを挙げておきます。一つ目の覗きはシュトロハイムによってなされる覗きです。これは誘惑し、詐欺を仕掛けていくために意図的にアメリカ公使夫人と嵐の夜に遭難し、あばら家に連れ込んでいき、そこで彼女の肢体を持っている手鏡によって品定めするというものです。

 シュトロハイムは片目用の丸眼鏡をつけているのですが、その眼鏡をかけた目で手鏡に映った若い公使夫人の体を嘗め回すように見る様子はかなりいやらしく、気持ち悪い映像でした。

 二つ目の覗きはアメリカ公使夫人によるものです。これは嵐の夜の翌朝に、朝帰りした彼女が夫の目を恐れながら、帰宅してきたときに恐る恐るドアをそっと開けて、不安な目をしながら、夫妻の寝室の様子を伺うときになされる。現在とは違い、20年代当時のクリスチャンの考え方では不倫などはもってのほかの御法度であったのは想像に難くない。

 またアメリカは恋の歴史の長いフランスでもイタリアでもなく、当時からアメリカであったわけで、いまよりもさらに歴史のない国でしたので、細かな神経などはないでしょうから、大事にならないように、上手い具合に最悪を避けるための話を纏めていくのも難しかったでしょう。

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 三つ目は長年シュトロハイムに慰み物にされ、コツコツ溜めた2000フランという貯金まで巻き上げられてしまうメイドによるものです。彼女はシュトロハイムにだまされ続けながらも、じっと我慢をしていますが、彼がアメリカ公使夫人を連れ込んで、90000フランを騙し取り、彼女を誘惑したときに、部屋の鍵穴から情事の現場を見てしまった彼女はついに彼女は嫉妬と怒りから錯乱し、屋敷に火をつけてしまい、結果、断崖に身を投げてしまう。

 放火による火事で逃げ場を失い、5階建てくらいの建物の出窓から消防団に向かって飛び降りるシーンがあるのですが、このときシュトロハイムは女性を後回しにして、われ先に逃げ去ってしまう。人間性の浅ましさが見事に表現された秀逸なシーンでした。

 三つともやっている行為そのものは覗きなのですが、一つ目は欲望、二つ目は恐怖と後悔、三つ目は嫉妬がその要因となっている。もちろん、一番悪質なのはシュトロハイムのそれであり、一番悲劇的なのはメイドのそれであった。使われるだけ使われて、身も心も疲弊しきったメイド役の女優の演技の素晴らしさは現在の目で見ても十分納得できます。我慢を重ね、人生を捧げ続けたにもかかわらず、裏切られて我を失い放火殺人未遂事件を起こし、自ら命を絶つまでの葛藤を言葉なしでも伝えられる演技力は感嘆します。

 嵐で遭難したときに、「馴染み」のあばら家にたどり着くのですが、このシーンでのカット割りが興味深い。吹き荒れる嵐のカットの後、木に摑まって猛嵐に耐える梟、カエル、シュトロハイム、ずぶぬれの犬の順でカットが続くのです。つまり、もはやシュトロハイムは人間という括りではなく、野獣や動物と同列に扱われているのです。

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 さらにこのシーンの最後の方では、シュトロハイムがまさに若い夫人に襲いかかろうとしている刹那、同じく嵐で遭難してしまった神父が小屋に入ってくるのです。事態を一瞬で把握した神父がシュトロハイムへ向ける軽蔑のまなざしが強烈でした。

 その他、映像表現で興味深いのは、映画全体でのシュトロハイムの映り方でした。どういうことかといいますと、シュトロハイムが一人で映っているときにはクロース・アップで捉えられ、何か悪巧みをめぐらしているのかを表現する不気味なニヤケ顔だったり、暗かったり、極端に明るかったりする映像が多く、彼の表情に注目させて、まるで観客にたいして、彼に心を許さないように注意を喚起しているようである。

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 しかし彼は一応は平民よりは身分が高い貴族であるのに、パーティ会場やホテルのバーのラウンジなどのパブリック・スペースに出て行ったときには小さく捉えられていたり、隅っこの方に寄せられていたり、たとえ大きくても彼が座っていて、他の人が立っていたりして、まるで見下されているように配置されているのです。自分が思っている自分の存在価値と世間が彼にたいして思っている価値の差が出ているようでした。

 お話としては、メイドの放火の後、偽札作りなどの悪事のすべてが露見し、シュトロハイムの姉妹二人は自宅で警察に逮捕されてしまう。公使夫人から大金を巻き上げた後、その姉妹の邸宅に居合わせなかったシュトロハイムであったが、彼は金の貸し借りがあった男の世話になっている若い女の部屋に夜這いをかけ、はしごを使って二階へ向かっていく。

 しかし怪しい物音に気づいた男に見つかり、殺害されてしまう。しかもマンホールの穴に突き落とされ、下水道の激流に飲み込まれてしまう。しかしこの程度の男のことなど誰も気にしないことも暗示されるようでした。

 当時のハリウッド映画も今と同じく、ハッピーエンドで終わることが多かったでしょうから、シュトロハイム作品のような紳士ぶっていても、一皮剥けば、けだものと同然だといわんばかりに上流階級の人間の恥部や欲望を暴き立てる作風、それも不倫や詐欺が題材となる暗い映画はセンセーショナルだったでしょう。

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 彼の映画を話題にディナーを楽しむことなどは出来なかったのではないでしょうか。今でもこういう題材の映画は批評しにくいと思いますし、話題にもしにくい。だがみんなが観たい、知りたい類の題材でもありますので、ひとりでこっそりと観に行ったのでしょうか。

 こそこそと劇場について、ふとまわりを見回すと、暗い上映室ではお互いに知っている顔ばかり。もしかすると、どこそこへ行ってくると言っていた妻や夫ばかりだということもあったでしょう。さぞや居づらい3時間だったのでしょうね。帰宅後もリビングではしばらく無言だったのかもしれません。

 次回はシュトロハイム監督、一世一代の、そして最後の超大作となってしまった『グリード』についての記事となります。もちろん、完全版ではない2時間版にならざるを得ませんが…。

総合評価 83点


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
用心棒さん、こんばんは。
ついに、わたしも、この「愚なる妻」を観る機会に恵まれました。
完璧な偏執狂ともいえるシュトロハイムですが、リアリズムの起源を辿れば、彼に行き着くことがわかります。基本的に上映時間を短縮する際に当時の映画会社が編集してしまったために、本来、彼の伝えたかったものとは別のあり方になってしまったのでしょうが、わたしが驚いたのは、これはサイレントではなく、トーキーではないのだろうか、というほど各俳優の演技や、そのショットが、現在の映画と同様の様式であることです。もっというと映画会社の編集、この時代のモンタージュから脱皮しているように思うのです。
モンテカルロの町並みの全景のインサート、クローズ・アップの時の俳優の表情・・・おっしゃるように被写体の構図が単純ではないこと。カメラの長回しなどの試行錯誤を経て、ようやく完成されたニューシネマ以降の映画に近似しているように感じました。
また、ストーリーのプロットがサスペンスの体系で創られていることにも驚きます。善悪の区別のつかない詐欺師集団の倫理観の欠落などは、現在では類型化されていますが、当時はセンセーションだったでしょうね。
本当に斬新な映画でした。
では、また。
トム(Tom5k)
2010/08/14 23:20
 トムさん、こんにちは!
こちらはずっと暑いですが、そちらは雨が凄かったのですか?

この映画って、ぼくはむしろ『グリード』よりもショッキングでした。俳優は現代的な演技をしていて、あきらかに台詞をしゃべっていますよね。

プロット、構図も彼独特の美学が裏打ちされているように見えます。食事シーンも本物の高級品を並べていたそうですし、映画会社にしたら、厄介な金食い虫にしか見えなかったでしょうね。

グリフィスとともに本物志向という生き方は今も昔も難しいのでしょうかね。

ではまた!
用心棒
2010/08/15 17:39

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