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zoom RSS 『パリは燃えているか』(1966)敵味方にかかわりなく、ヨーロッパ人は深いところで繋がっている。

<<   作成日時 : 2008/06/14 12:52   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 5 / コメント 21

 作品が始まる前、幕が閉じられたまま、五分弱の序曲がかかる。『ザッツ・エンターテインメント』みたいです。観客に、この映画が大作であることを宣言しているようでした。パラマウント映画の映像が出てきますが、米仏合作映画となっています。

 ただ、合作とはいっても、何度観ても、老獪なフランス人たちに、単純なアメリカ人が母屋を乗っ取られている感じがします。今回は十数年ぶりに、とある事情から、この映画を見直しましたが、あらためて、かなりレベルが高い作品だと実感しております。

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 その理由は今週に入り、三回見たからです。かなり長い尺(175分)の作品なのですが、一気に見ることができる絵巻物のようなフィルムなのです。寝不足気味にはなりましたが、あらためてこの作品を見るきっかけを作ってくれた、盟友であるトムさんには感謝いたします。

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 あのように米仏を代表するスターたちを使いながらも、オール・スター・キャスト映画によくありがちな、スター臭さをまったく出していません。ロベール・ブレッソン的にいうと、みながフィルム中の「モデル」であり、特別扱いもされず、また、ルネ・クレマン監督も、彼らを撮るべき対象として扱い、職業俳優的な使い方をしていません。

 さらに映画を身近に感じさせるのは実写のニュース映像などから選ばれたものと思われるフィルムを要所要所に配しているので、ドキュメンタリー的な要素も多く盛り込んであるからでしょう。他人の描く絵空事ではない、作り物ではない、実際に自分たちが経験した、自分たちの戦争だったのだ、という視点が生々しい。

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 これはとても新鮮な感覚を与えてくれます。なんとも心地よく、三時間が過ぎます。そこがたまらない魅力なのですが、ハリウッド映画を見慣れた人に言わせると、「キャラが立ってない!」となるのでしょう。まあ、実際にもっと深くまで、登場人物の内面にいたるまで、そして彼らがその後、どういった運命を辿るかまでを暗示させてくれるようにドラマチックに撮っていたならば、いまよりも不朽の名作としての地位を、そしてルネ自身も批判に晒されることもなく、巨匠としての圧倒的な地位を保てたのかもしれません。

 自身のメッセージをすべてフィルムに入魂できる環境にあったのであれば、そうしたでしょう。しかしながら、こういう大きなスケールの映画を撮ろうとすれば、妥協せねばならない部分もまた存在する。パリの街中というロケーションの問題と費用、キャスティングの難しさとスケジュールの難しさは代表的なものでしょうが、それ以外にもスポンサーによる干渉なども無視できるものではない。

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 連合軍側(アメリカ・サイド)に気を使っているためか、内ゲバ的な醜い部分はフランス人内部及びドイツ軍との関係性のみが語られ、アメリカ軍への不満はあまり大きくは述べられない。綺麗ごとではない、フランス陣営、ドイツ軍、連合国軍(革命ロシア軍はまったく描かれていない。)という、本来三つ巴のドロドロした、大いなる葛藤と醜さを描けたはずのこの作品でしたが、尺やスポンサーの関係上(?)、こういう展開で落ち着いたのではないでしょうか。

 そうした部分ばかりにスポットを当ててしまうと、スケールが矮小するのも事実ではありますが、ドキュメント映像を挿入することで、それは防げているのです。本物に勝る迫力はないのですから、そうしたことは気にせずに、敵味方の別なく、遠慮なしに抉って欲しかった。

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 大規模な戦争映画はある意味、戦勝国のプロパガンダに過ぎない。しかしながら、この映画のように戦争の無意味さや馬鹿馬鹿しさを描きながらも、実は敵味方問わずに人間自体の愚かさが画面から出ているのは貴重なのである。ナチの悪を描くのは当たり前すぎて面白みもない。解放だけにスポットを当たるのも単純すぎて、これまた当たり前すぎる。

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 そこを穏健なドゴール派のシャバン・デルマス(アラン・ドロンが担当。実際のシャバンはフランス首相まで上り詰めた後、権力闘争に敗れ、中央からは失脚。)と、過激な自由フランス軍のロル大佐(ブルーノ・クリーマー)との対比と主導権争いを絡めることで、人間の本質は人種も敵味方も関係なく、切迫した状況でもなんら変わりがないという滑稽な、シニカルな視点も垣間見える。

 観た人ならば、ご理解いただけるのですが、結構あちこちに笑いの要素が盛り込まれているのです。かなりブラックで、シニカルな笑いではありますが、これこそがヨーロッパの真骨頂とも言えるのではないでしょうか。英雄にはなりきれない、いちヨーロッパ人としての彼らを描いているのは好感が持てるし、親近感も湧きます。

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 また、敵味方の区別なく、全員がヨーロッパ人(アメリカ人は除く。)なのだという共通認識があちこちのシーンで見えます。そんななかで、アドルフ・ヒトラー(ビリー・フリック)だけが終始ドイツ語でしゃべり続けることにはかなり深い意味があるように思います。

 第二次大戦の大激戦中、それもノルマンディー上陸作戦と並んで、ヨーロッパ戦線のクライマックスとも言えるパリ解放間際という特別な時期を切り取った作品であるが、よくあるような過剰な演出はなく、どちらかと言えば、全体的に地味に落ち着いた雰囲気が漂う。

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 アメリカの第二次大戦映画のど派手な演出に慣れきってしまった者には少々退屈に思えるかも知れません。また後世の歴史家やマスコミなどはドラマチックに勝利や敗北を語りたがるので、何も知らない視聴者はその通りに受け取ってしまう。

 講談と現実はまるで違うのはよくある話ですし、美化したほうが都合が良ければ、そういったフィクションのフィルターがかけられた括弧付きの事実が一般常識となる。とりわけアメリカ映画ではドイツ軍と日本軍は常に打倒されるべきエイリアンであり、同じ人間として扱われていませんでした。

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 しかしながら、この作品は米仏合作ではあるものの、フランス人監督であるルネ・クレマンに委ねられ、主要な役どころもジャン=ポール・ベルモンド、イヴ・モンタン、アラン・ドロンら錚々たるフランス人俳優がキャスティングされています。彼ら超一流の俳優たちとバランスを保つように、フランス人以外もカーク・ダグラス、コルティッツ将軍(ゲルト・フレーベ)、オーソン・ウェルズ、ラベの妻(レスリー・キャロン)、ブラドリー将軍(グレン・フォード)、アンソニー・パーキンス、ビリー・フリック、ジョージ・チャキリスらが起用されています。

 中でも出色なのはゲルト・フレーべとビリー・フリック。どうやっても、カッコ良くはならない役なのに、彼ら二人がいたおかげで映画が締まっています。とりわけ、ゲルト・フレーべが演じた、コルティッツ将軍のヨーロッパ人としての常識とヒトラーの狂気の命令とのあいだで揺れ動く葛藤は凄みがありました。

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 この映画で見せる、彼らの演技が各々のベストかと言われれば、そうとは答えられませんが、彼らの持つ力はこの戦争映画という特異なジャンル映画のなかでも、十分に発揮されています。大人の雰囲気が充満しているのに加え、極限化に置かれた人々という緊張感があるなかでも、どこか落ち着きのある不思議な作品です。

 アメリカとの違いは、ヨーロッパのほうが人生がもう少し複雑に出来ているということでしょうか。休戦を巡ってのレジスタンスとドイツ軍の罵り合いなどは見ていて、むしろ互いの円熟した文化を感じさせてくれました。また歴史を大切にする想いは敵味方の区別はなく、ドイツ軍の将軍がヒトラーからの命令と自分の価値観とのあいだで板挟みになるさまはまさにヨーロッパ人の感覚である。

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 こうした部分をしっかりと描いたルネ・クレマンはただの監督ではない。彼が描いた、または切り取ったヨーロッパ人の皮膚感覚は今見ても、とても新鮮でした。全編英語が使われているなかで、ビリー・フリック(ヒトラー役)のみがドイツ語で話をする。

 英語をしゃべらせたくないという製作サイドの政治的な思惑があったのか、それとも彼のみをヨーロッパの異分子として浮かび上がらせたかったのか。演出の意味は際立たせることか、それとも彼に全責任を負わすことで、彼以外の人々(戦勝国も敗戦国も含めて。)の責任を覆い隠すための隠蔽工作の一環か。

 作品を語る上で、こうして出来上がったフィルムに大きな責任を持つ、ルネ・クレマン自身の考え方も気になるところではありますが、彼にはヒッチコックやブレッソンとは違い、彼のことを丁寧に書き記した書籍もなく、自著もないので、彼の生き様、つまり経歴と作品から察するしかない。

 第二次大戦中は彼も、ジャン・ギャバンがディートリッヒを残して、従軍したのと同じように、フランス解放のためのレジスタンスに参加していたそうです。よしにつけ、あしきにつけ、この戦闘を経験した者だけが知る、穏健派と過激派の温度差やドイツ軍との接し方がとてもよく出ている映画だと思います。

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 ヨーロッパ人として分かり合える部分と徹底的に乖離し、相容れない部分とがはっきりと示されている。大同には合意するものの、方法論やイデオロギーが正反対であろう左翼とリベラルの暗闘、もしくは恥部ともいえる醜い戦いも平行して描かれている。大きな敵を目の前にしても、小さなこだわりやプライド(ここでは傲慢さと言い換えても良いかもしれません。)を捨てられない両者の様子は滑稽でもある。

 フランス陣営も、ドイツ陣営も決して一枚岩ではないという当たり前のことを大きな(予算や宣伝を含めた大掛かりなものという意味です。)映画で言い切ったのはルネ・クレマンならではと言っても良いのではないだろうか。

 少し話がずれるかもしれませんが、「転向」を悪くいう者がいる。パリパリの左翼が転向した場合、彼は裏切り者扱いをされる。だが考えて欲しいのは、極限状態に置かれた、当時の人間には、キリストに取って代わる新たな神としての共産主義思想が空気や水と同じく必要だったのだろう。

 生きるモチベーションとしての共産主義思想が戦後不必要になったのだから、それを捨てるのは何も不思議とは感じない。むしろ、ずっと理想に縛り付けられるほうが不健全なのではなかろうか。同じ意味で、ネオレアリズモにこだわるロッセリーニの頑固さと比べた場合、フェリーニやヴィスコンティの方法論の変化の的確さ、もしくは時代を読み取る力の正確さを挙げてみる。

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 表現方法は各々が最もこだわるデリケートな部分ですが、それが観客や時代に合わないと感じたときの表現者の対応は人それぞれであろう。思想も同じなのではないだろうか。ある思想が必要な時にはそれは熱烈に人々の心を打つだろうが、それは永遠ではない。ある一定の期間を過ぎれば、それはファッションのように捨てられて、また新たなファッションを求める。

 考え方としての思想は頑固な人々や、他を見つけられない人々によって、より過激に支持され続けるであろうが、その人口はどんどん減っていくものである。ネオナチにしろ、共産党にしろそういうものなのだろう。思想とファッションを一緒にするのは強引過ぎるかもしれませんが、何かの新しい思想が流行るときにはその前に流行ったものは徹底的にこき下ろされる。

 ずいぶん横道にそれてしまいました。

 映画はヒトラーの怒りとイライラに始まり、ヒトラーの絶叫で閉じられる。しかもその叫びは誰の耳にも届かない。もう誰も彼のいうことに聞く耳を持っていないのだ。
「パリは燃えているか?」「パリは燃えているか?」が虚しく響き渡る。

 その後、誰にも聞こえなかった彼の絶叫とは正反対に、穏健派も過激派も日和見派もかかわりなく、それまで硬く門を閉ざしていた市民がいっせいに扉を開けて沿道に出てくる。パリ市民から自然に沸き起こる『ラ・マルセイユ』の大合唱は感動的である。解放のときがついに来たのだ。ノートルダムの鐘も鳴り響き、長くつらい戦いは終わった。

 ただしここにも問題点はある。全編通してパリの市街地はほとんど無人であったのに、いざナチとの勝敗が決すると、まるで自分が勝利者のような顔をして、表通りを闊歩する市民たち。

 守ったのは戦った人々であって、彼らではない。サボタージュなどの消極的な協力はしたであろうが、全員が勝利者であるはずはなく、積極的にしろ、消極的にしろ、自分の国を売った者は大勢いたはずである。ドラマチックな演出であるが、どこか醒めた目で見ていたのも事実でした。

総合評価 92点
パリは燃えているか
パリは燃えているか [VHS]

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コメント(21件)

内 容 ニックネーム/日時
用心棒さん、熟読させていただきましたよ。素晴らしいレビューありがとうございました。
ところで、
とある事情から、この映画を見直しましたが・・・
とある事情とは?少し気になります。

>この戦闘を経験した者だけが知る・・・
この当時のフランスの監督やスタッフ・俳優に戦争体験者が多かったことが、映画をよりリアルなものにしているのでしょうね。
また、フランス人がどのような国民なのか、ということも考えさせらます。
背広とネクタイのホワイトカラーの一般市民が職業軍人と闘うこと、日本のリベラル政党と謳っている民主党の党員、もしくはわれわれ一般市民にできるか否か?
トム(Tom5k)
2008/06/15 13:31
>続き
そして、用心棒さんご指摘のとおり、
>ナチとの勝敗が決すると、まるで自分が勝利者のような顔をして・・・
ここも重要ですよね。フランスのような一般市民の力が強く、数万人規模のデモやストがすぐに起こってしまう国でも、そういう自己保身があるということ、一斉蜂起の掛声も連合軍の装甲車があってこそ・・・。考え込んでしまいます。
>全編英語が使われているなかで、ビリー・フリック(ヒトラー役)のみがドイツ語で話・・・
非常に重要な部分ですね。フランス版ではどうなのでしょう?確かにファシズムの全責任が彼の狂気に押し付けられているかもしれません。ただ、ルネ・クレマンの他の作品を観ていくと、ファシズムに関してはそう単純に考えていないこともわかります。ここはまだ熟考を要する部分かもしれませんね。
ところで、
わたしの記事の後半部分、いくつか加筆しました。特にクレマン自身の戦争総括のような言葉を見つけたので載せてあります。この言葉がクレマンの現実の総括なのか、過去にたいする郷愁・美化なのか、実に微妙なんですよね。
では、また。
トム(Tom5k)
2008/06/15 13:31
 >とある事情
 なんとも思わせぶりな書き方でした!申し訳ございません!

 じつはプロパガンダを多く記事にするうちに、各々の立場や国別で戦争映画をいくつかピックアップしていた最中で、その中にこの映画も入っていました。それが事情だったのです。

 ちなみにピックアップしてあるのはアンドレ・マルローの『希望』、エイゼンシュテインの『ストライキ』、『バルジ大作戦』、『史上最大の作戦』、『西部戦線異状なし』などどれもつわもの揃いで、どこから手をつけていいのやらという感じです。
>クレマン自身の戦争総括
すごいですね!クレマンの資料って、どこにも見当たりませんし、興味があります。あとで伺いますね。ではまた!
 
用心棒
2008/06/15 21:41
用心棒さん、リクエストなんですが、マルローの『希望』を優先させてくださいませ(笑)。この作品は未見なのですが、今現在、アンドレ・マルロー、マルグリット・デュラス、アラン・ロブ・グリエは、私個人の課題なんです(すみません、あくまで用心棒さんの体系で無理なさらずに!わたしの勝手な願望です)。
それにしても、すごい作品ばかりですね。『西部戦線異状なし』なんかも映画としての完成度は完璧だと思います。
では、また。
トム(Tom5k)
2008/06/15 23:14
用心棒さん、TBとメッセージありがとうございました!。ちょっとここんとこ、時間をうまく手繰れなくて篭もってしまってます。再見されたんですね!私は未見の初期の「鉄路の闘い」「居酒屋」どっかで落ち着いてと思いながら積んだまま。こうやってトムさんとか用心棒さんの記事読んでいると、刺激されて触手だけがどんどん増えてしまってて、あれもこれも渦巻いて、ルイ・マルも待っているし、ブレッソンの「スリ」を久しぶりに見て「抵抗」「アルジャン」みてしまったし、中国映画で文革後期の青春を描いた「太陽の少年」再見して「ルシアンの青春」見て、ある時代の青春を立て続けにみてたらやはり「太陽の季節」「狂った果実」で戦後の日本の青春見なければって思うし、20年経ったらベルトルッチの「ドリーマーズ」の頭でっかちで刹那的な青春になっているし、追っかけたら面白いなって思っているところで、あれもこれもちょっとくわえ込みすぎの状態でちょっと整理しなければ…(笑)こんなドツボ状態でちょっと篭もってしまってます。
話が横みちにそれてしまった!(ペコリ)。
シュエット
2008/06/15 23:53
続き@
用心棒さんが人間の思想や考え方、その時の価値観について言及されているところって同感です。その人の感性そのものや根っこのところの方向性といったものは変わらない部分ってあると思うけれど、その表現とか捉え方といった方法とかって変わっていくものだと思う。見えなかったものが見えてくる。人間が絶対的ではなくってやはり相対的な存在であるってこと。
クレマンも用心棒さんも追っかけてみてくださいね。私はそこまでいかないからお二人の記事でフムフムと感心させていただきます(笑)
トムさんや用心棒さんに比べたら遅れてきた映画好きなもんで(といってゴマカス…笑)


シュエット
2008/06/15 23:59
続きA
で、こんな記事読むとまたもや本作も見たくなるのが悪い癖。熱しやすいのがAB型の悪いと(あっ!と、トムさんもABだった)
この映画、スター総動員で見ていてそういう楽しみも片方であるけれど、スター性が前に出た映画ではないなっていう印象はありました。パリ焦土作戦、フランス解放を背景にレジスタンスや連合軍側だけでなくってドイツ軍内部の葛藤などもキチンと描かれているなって思いました。第二次大戦のヨーロッパ戦争ではアメリカや日本と違い、国土や国民がもろに戦火を味わっている。そのことは戦後の戦争映画の描き方をみてもヨーロッパはアメリカ、日本とは違うなって思う。第一次大戦の記憶も生々しい間に次の戦争を味わうわけですからね。戦火の中で時代が崩壊し、新しい時代が台頭してくる過程を身をもって味わっている。だからアメリカ映画みたいに凱旋のようにも描いていないし、日本のように湿っぽくも描かず、戦争そのものよりも人間を描いているし、どっか突き放した視線で描いている。
シュエット
2008/06/16 00:40
続きB
いくつかの映画を散漫にみている中で、獏とですがそんな印象を持ちます。
ヨーロッパのこの頃の戦争映画って、戦争の実態とか本質をより真摯に足し算引き算なしで描こうという意識って強かったって思いますね。(ワイダの作品みていてもそう思う)
それだけ彼らは悲惨な体験をしているし、ユダヤ人問題も口にこそ出さないけれどナチス・ドイツだけの罪ではないんですよね。それぞれに心の中に戦争の傷跡を持っている。クレマン検証、用心棒さんも頑張って! (笑)突然ヒョこっと来て、思ったまんまで論拠も論理的でもないおしゃべりが長くなってしまってごめんなさい。
シュエット
2008/06/16 00:41
「パリは燃えているか」の記事ではありませんが、クレマンの関連記事をTBさせていただきますね。

コメントはまた後程致します。レスが大変でしょうから。
豆酢
2008/06/16 12:13
 トムさん、こんばんは!
>すごい作品ばかり
 そうなんですよ!しかし昭和の感性が残っているうちに記事にしたいのです。ぼくらは戦争体験はありませんし、体験した方もどんどん鬼籍に入っています。
 本当のつらさを知る人間が減ってきたのと反比例して、自分よがりの無法者が跋扈しているように感じます。
 戦争は人間の本質を抉り、醜さが前面に出てきますが、それでもなお両陣営軍部の上層にはヨーロッパ人としての誇りがあります。
 歴史に学び、人間として生きるべき指針を持つこと、それが思想であり、宗教であって欲しい。ではまた!
 
用心棒
2008/06/16 22:26
 シュエットさん、こんばんは!
>篭もってしまってます
健全だと思いますよ(笑!)
 ずっと書き続けていると、作品が違っても、いつも同じことを表現を変えて記事にしているだけになってきます。一貫性があるとも言えますが、ワンパターンとも言えます。
 たくさんインプットしていって、溢れるくらいになってから、アウトプットしていけば良いと思っています。そのため更新ペースは遅くなる一方ですが、ゆっくりとウォーキングをしているようにあっちふらふら、こっちへふらふらという感じでやっていきますよ(笑)
用心棒
2008/06/16 22:32
 ヨーロッパ映画出の戦争の描き方では、ハリウッドみたいに、ヒーローなんかいらないし、反対にそんな映画なら、興味がないですよね。
 人間の生き様のありようを、それが幸せであれ、不幸であれ、じっくりとフィルムに定着させているからこそ、ああいう雰囲気や落ち着きのある戦争映画が出来上がるのではないでしょうか。
 トムさんのリクエストにお答えして、まずは『希望』から始めますが、ブニュエルの『糧なき土地』も書いていくつもりです。
 ではまた!
用心棒
2008/06/16 22:37
 豆酢さん、こんばんは!
>レスが大変
お気遣いありがとうございます。遠慮せずにどんどん書いていってください。

 不思議なんですが、自分のところでは、みなさん何故か、新作よりもヴィンテージもののほうに反応してくださる方が多いようです。

 自分がネットで見るのもそうなんですが、昔からの映画ファンほど、新作に絶望的になっているような気がします。

 しかし新作を観ないと、何が問題なのかがぼやけてきてしまうので、できるだけ劇場に足を運ぼうとしている今日この頃です。ではまた!
用心棒
2008/06/16 22:43
用心棒さんに続き,私もトムさんに触発されて再見し、どったらこったら感想あげました。
3度見たけど、これって観るたびに面白かった。あれこれ思ってしまいました。
次クレマンの「居酒屋」行きます(の予定)
「ジャンヌダルク裁判」は一度観たのですが、今シネ・ヌーヴォでジャック・リヴェット特集で「ジャンヌダルク/戦闘」「ジャンヌ・ダルク/牢獄」があるのでそれも観てからもう一度ブレッソンに返ってって思ってます。
ただ、リヴェットは初期の独特の痛快さとかリズムがなくなって焦点がぼけて冗長なだけになってしまってるみたい。「嵐が丘」は駄作。「美しき諍い女」も再見したけど、劇場で観たときに感じた、筆をいれすぎて失敗してしまった画家のような、いま一つ歯切れの悪さを感じてしまった。「ジャンヌ・ダルク」はどうかなって思うけど未見なので見てみようと。
シュエット
2008/06/21 01:07
 シュエットさん、こんにちは!
この映画は見応えがありますね。突き放した視点が心地よい作品だと思います。

>ヌーヴォ
いやあ…。最近あそこはご無沙汰ですね。行きたいのはやまやまですが、なかなか時間が取れません。『べージン草原』とか観たいんですけど。リヴェット版って、たしかめちゃくちゃ長いやつでしたよね。強敵ですね!
 ではまた!
用心棒
2008/06/21 10:21
この映画を見た時に思った事。
フランス人の若者達が祖国の為に死ぬ。
字幕では「フランス万歳
日本の特攻隊みたいなものかな?
そう思いました

>>娘
>知り合いの女子大生ですww

えっあまり突っ込まない方がいいでしょうか・・・?
蟷螂の斧
2016/09/21 01:27
こんばんは!

>フランス万歳
どこの国にもこういうフレーズってありますよね。日本では「天皇陛下万歳!」があります。

>突っ込まない
大丈夫ですよ。ぼくは独身なんで、映画を見る時も知り合いの女の子たちでスケジュールが合う娘と観に行ったりしていますww

スターウォーズも一回目は一人で、二回目は知り合いの女子大生と観に行きましたし。

何年か前の年末はTSUTAYAさんのその年流行った映画コーナーを眺めていたら、3本くらい観に行ったのがあったのですが、全部違う女子と観に行っていたことに気づき、ベテランのおばちゃんにその話をしたら、「だから結婚できないんだよ。」と笑われました。

ではまた!
用心棒
2016/09/21 14:28
他に印象に残った場面。
随分太ったオーソン・ウェルズが「口が渇いた。コニャックはないか?」と言ったら「水の方が健康にいいぞ」と言われる場面です

>だから結婚できないんだよ

しかし・・・所帯を持つと給料は自分の物にはならないし、自分の時間も少ないし・・・(愚痴

>映画を見る時も知り合いの女の子たち

何だか素晴らしい環境にいるようですね。用心棒さん
蟷螂の斧
2016/09/22 05:02
こんばんは!

今日はお休みだったので、ひとりで朝六時に起きて、9時から始まるビートルズ映画の初回上映に行ってきましたよ。

もちろんライブ盤CDを購入したのを昨日三回ほど聴いてからですw

まあ、その前の一週間は海賊盤のハリウッドボウル(1964年と1965年の3公演分)を聴き直し、アナログ盤LPを聴き直して臨みました。ついでに武道館ライブも…。

なんだか修行みたいですが、ビートルズにカツアゲされるように、10年ごとくらいの周期でお金を巻き上げられるのは慣れっこなので、それほど苦にはなりません。

思い出しても、2009年のモノボックス発売、1995年のアンソロジー・プロジェクト、1985年から始まったCD化などお金がどんどん無くなりましたww

持っていても買ってしまうのは物欲なのか?インドに傾倒したジョージなら、CDなんか買わなくていいよ!と言ってくれるだろうか?もちろんビートルズとジョージのは買わなきゃと言うのでしょうがww

>自分の時間
みんな言いますね。休みの日に何をするか、どこに行くか、何を食べるかも決められている。5年ほど付き合った彼女がいましたが、後期はそんな状態でした。

>素晴らしい環境
若い奴ほどがっつかないし、美味しい食べ物屋さんは知っているし、適当な距離で付き合えるので、オジサンにもそこそこ需要はあるみたいですねww

ではまた!
用心棒
2016/09/22 21:56
>ゲルト・フレーべ

今更言うまでもなく、「ゴールドフィンガ〜
滝口順平さんの吹き替えを思い出します。「おいよろず屋

>ビートルズにカツアゲされるように、10年ごとくらいの周期でお金を巻き上げられる

こちらはカツアゲされるだけの金もありません

>インドに傾倒したジョージなら、CDなんか買わなくていいよ

「Living in the Material World」ですな

>5年ほど付き合った彼女

新しい彼女は・・・?

>連合軍側(アメリカ・サイド)に気を使っているため
>アメリカ軍への不満はあまり大きくは述べられない。

仕方ない・・・って感じでしょうか?
蟷螂の斧
2016/09/23 19:05
こんばんは!

>新しい
ちょこちょこ数名にちょっかいをかけていますが、深く付き合いたいと思える娘はいませんww

>連合軍
united nations、つまり国連と呼んでいますが、あれは連合国軍です。負担をするのは日本とドイツ、つまり枢軸国です。第三次大戦で勝つまでは永久に何も変わりません。

ではまた!
用心棒
2016/09/24 00:13

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