良い映画を褒める会。

アクセスカウンタ

zoom RSS 『隠し砦の三悪人』(1958)一作で燃え尽きた、上原美佐の一世一代の大仕事。

<<   作成日時 : 2006/06/14 19:19   >>

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 5 / コメント 4

 『隠し砦の三悪人』は黒澤明監督の手がけた作品の中でも、映画ファンには根強い人気を誇る作品ですが、黒澤フリークの間ではそれほど評価の高い作品ではありません。なぜなのでしょう。個人的には好きな作品でして、年一回は必ず見るのですが、その都度新しい発見があります。

 ストーリー自体はのちに『スター・ウォーズ』でほぼそのまま使われたことからも分かるようにかなり単純明快なものでした。『スター・ウォーズ』を観た人には是非観てほしい作品で、どれだけジョージ・ルーカス監督が黒澤作品を愛していたかが手に取るように分かります。

 佐藤勝の勇ましいマーチ音楽とともに幕を開けるこの作品は主演に上原美佐という全くの新人を大抜擢して製作されました。演技経験の全く無い彼女を黒澤映画の主演に据えるというのは理解しがたい部分もあります。実際彼女の演技はエキセントリックな声の印象があまりにも強く、はっきり言ってお世辞にも上手いとは言えません。

 ただ黒澤映画で、戦国時代の浮世離れした「姫君」を演じるには、手垢のついた職業女優よりも、新鮮な彼女が必要だったのかもしれません。周りを固める千秋実、藤原釜足の二人がかなりアクの強い演技をすることで、彼女の新鮮さは一層際立っていたのは間違いありません。

 上品で美しい容姿と対をなす金切り声で叫ぶような彼女の演技には賛否両論あるとは思いますが、黒澤作品の他の主演女優に比べても、個性的で忘れられないキャラクターを演じきったと思います。

 そして彼女は残念ながら、このスペクタクル娯楽時代劇として有名な『隠し砦の三悪人』という、黒澤明監督の絶頂期におけるたった一作品で、彼女自身の女優生命をも燃え尽くしてしまった感があります。

 実際この後の彼女のキャリアは陽炎のように印象が薄く、『独立愚連隊』、『ある日私は』、『大学の山賊』など岡本喜八監督作品に数多く出演しているのですが、この作品のような存在感と精彩は全くありません。そして彼女はいつのまにか引退し、完全に映画界から消えてしまいました。

 いくつもの作品に顔を出す常連組が大多数を占める黒澤作品の俳優の中で、ヒロインとして一作だけに登場して、強い印象を観る者に与えたのは彼女と京マチコのみです。演技力では比較にはなりませんが、一瞬だけ光る女優、俳優がいることを理解できました。

 新鮮な彼女とは全く対をなす、世慣れてずる賢く、性欲の塊で、臆病だが貪欲な足軽百姓を演じた千秋実、藤原釜足の両人にとっては、彼らが出演したすべての黒澤作品中でも一番のマスターピースとなりました。胡散臭く、泥臭く、汗臭く、そしてコミカルな彼らは最高のはまり役を得たのではないでしょうか。道化役として、狂言回しとして完璧に機能していました。

 冒頭で、加藤武雄が斬られるシーンからずっとスペクタクルが続くこの作品は娯楽性と芸術性が見事に融合した傑作時代劇です。斬られた時に、雲が流れていき、光の強さが画面内で変わる映像はモノクロという制約の中でも色と躍動感をしっかりと観客に意識させるものでした。

 コミカルな凸凹コンビを完璧に演じた二人には大笑いさせられました。池に突き落とされて、三船の顔色を窺いながら米を研ぐシーンの面白さや命が危なくなるたびに泣き言を二人で言い合うのに金を運ぶ段になると途端に欲の皮が突っ張ってくる対比の可笑しさがたまらない魅力を与えています。

 もちろん、黒澤映画には欠かせない三船敏郎は今回もヒーローを演じていて、素晴らしいシーンも多いのですが、今回は普段脇を固めている千明、藤原の凸凹コンビが非常に頑張ったおかげで脇役のようでした。それでも十分に彼の男臭さは画面を占領しています。

 彼の登場場面でもっとも素晴らしかったのが、複数のカメラのパンを最大限に生かした三船敏郎による追跡シーンでした。三船は三人の敵が馬で逃げるのを馬で追いかけて、つぎつぎに打ち倒し、相手の陣屋まで入っていきます。

 このシーンを複数台のカメラを道の各所に配置して、各々のカメラのパンの角度の幅を最大に使い、一気に長回しで撮りきった撮影陣の技術の素晴らしさには感嘆します。画面の展開からドリーを使って撮影したように見えるかもしれませんが、これはマルチカメラの特徴を存分に活かしたパンの効果です。撮影には何度か失敗したようで、三船の馬の尻しか映っていなかった映像などもあったそうです。

 この後に続くのが三船敏郎と藤田進の一騎打ちの場面です。騎士道精神に溢れる二人のやり取りとその後の戦いはこの作品中のハイライトでもあります。静寂に包まれ、陣幕に隔離されたように入り込み、決闘を続ける二人の男の映像は力強く、息を呑む緊迫感があります。

 肉体の軋む音、槍の唸りが聞こえてくるほどの静寂と迫力は他の作品でもなかなか見られない。この決闘シーンは後の展開への布石となっています。『姿三四郎』の姿、『虎の尾を踏む男達』の富樫など藤田進は初期黒澤作品には欠かせない俳優でしたが、久しぶりに彼には良い役が回ってきました。

 またモブ・シーンの卓越性は黒澤監督作品の特長のひとつなのですが、ここでも城での反乱の後に何百人ものエキストラが織り成す騒乱シーンの見事さは他の監督では真似できません。

 特に城門を壊して脱走兵が城外に出るところは出色の出来栄えです。他にも残党を追跡している将兵達の動き、歓楽街での猥雑な賑やかさ、火祭りでの踊りの躍動感など見所満載に仕上がっています。

 音響が格段に向上しているのも見逃せない点です。音楽はもちろん、効果音、台詞ともかなり聞きやすくなっていて、黒澤映画=音が悪く、聞き取りにくいという悪評を吹き飛ばす素晴らしさでした。

 火祭りシーンではモブの素晴らしさ、音楽の素晴らしさ、光と陰の使い方の妙、映像の素晴らしさ、脚本の素晴らしさが一体となった、忘れられないシーンです。ここでは格闘も銃撃も争いも何もありません。ただ皆が踊るだけなのですが、黒澤映画の良さが集約されているシーンであるともいえます。

 アップ映像もあるのですが、極力無駄なものは排除して、シーン全体を画面に取り込む、物語重視の姿勢に好感が持てます。ロング・ショットによる構成が多く、金と姫追跡に絡む群像の様子を客観的に纏めていきます。娯楽性の高い時代劇、なおかつスペクタクル要素の強い群像を描いたこの作品だからこそ、このような画面作りをしたのでしょうか。

 あくまでも作品の世界観が第一である事を画面からも察する事ができます。黒澤監督の世界を示すのが、黒澤映画であり、彼の美学で固めた芝居の中でしっかりと演技できるのが黒澤組なのです。

 完璧な映像は入念なリハーサルから始まり、芝居が固まってからカメラを回すという黒澤スタイルは、TVタレントが安易に映画に出て、スケジュールなど時間の制約が多い、昨今の現状では、機能しません。映画会社は今の監督達に作品をより高めていく余裕を与えていません。そのために消化不良のまま、市場に出てきてしまう作品が後を絶ちません。

 この作品が公開された1958年は日本映画の最後の絶頂期であり、こののちは製作者にとって、自由な環境は二度と生まれてきていません。世界中にファンを持つ黒澤明監督にとっても例外ではなく、映画界自体の流れは悪い方向に向かっていき、60年代中盤以降、彼を取り巻く環境も悪化の一途を辿ります。

 それでもこの作品は今でも輝きを保っています。娯楽性、芸術性、音楽性において現在の監督達がこれを超えていると自信を持って言える人はいったい何人いるのだろうか。また黒澤フリークがこの作品について、納得できない要素として挙げるのが、作品の精神性の浅さとについての不満でしょう。

 黒澤映画としては珍しく単純なストーリーで、深く考えなくて良い作品として仕上げられているのですが、明るい娯楽作品ではダメなのでしょうか。常に暗く深刻でなければならないのならば、黒澤映画は世界中の人を魅了しえたでしょうか。個人的には素晴らしい作品だと思います。

総合評価 92点
隠し砦の三悪人


めぐりズム蒸気でホットアイマスク ラベンダー14P
花王
2009-09-07

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by めぐりズム蒸気でホットアイマスク ラベンダー14P の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



隠し砦の三悪人<普及版> [DVD]
東宝
2007-11-09

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 隠し砦の三悪人<普及版> [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


隠し砦の三悪人 [DVD]

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い
ナイス

トラックバック(5件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
映画評「隠し砦の三悪人」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中) 1958年日本映画 監督・黒澤明 ネタバレあり ...続きを見る
プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]
2006/06/15 03:04
隠し砦の三悪人■黒澤明クロニクル〜18
 黒澤明が亡くなった時、ふと映画評論家の淀川長治がこの映画について否定的だったことを思い出しました。淀川はいうまでもなく黒澤のファンでしたが ...続きを見る
シネクリシェ
2006/09/22 07:11
隠し砦の三悪人
1958年公開。 ...続きを見る
Akira's VOICE
2008/05/05 12:16
『隠し砦の三悪人』'58・日
あらすじ戦国時代、戦に参加した百姓の太平と又七は敗れて途方に暮れていた時、偶然にも秋月家の軍資金を発見する。だが、謎の男が彼らに接近してきて・・・。感想ベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞受賞今年、松潤、長澤まさみ、阿部寛でリメイクされた黒澤明監督の作品で『... ...続きを見る
虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映...
2008/11/07 20:32
女優評 上原美佐 「隠し砦の三悪人 (1958)」
上原美佐 「隠し砦の三悪人」 伝説の美女 ...続きを見る
ミカエル晴雨堂の晴耕雨読な映画処方箋
2009/10/31 10:06

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 TB致しました。
 例の「七人の侍」論争の後見直して実に面白いことに驚きました。
 公開当時に較べると現在の方が格段と人気がありますが、それは「スター・ウォーズ」に影響を与えたという知識によるところが強いかもしれませんね。実際に観て面白いのだから、駄目押しになって。
 甚だ簡単ですが、挨拶まで。
オカピー
2006/06/15 03:08
 オカピーさん、こんばんは。TBありがとうございます。こちらからもすぐに返させていただきます。

 梅雨に入り鬱陶しい天気が続きそうですが、インドア派である映画ファンにはあまり関係ありませんね。まあ劇場に行こうと思えば、傘が要りますが。

 >「スター・ウォーズ」に影響を与えたという知識による

 ルーカス監督、コッポラ監督、そしてスピルバーグ監督が師と仰ぐ黒澤監督の作品を見ないのは勿体無いんですけれども、見ていない人が多いのは寂しいです。

 こういったオマージュ作品がきっかけとなって、新しいファン層が出来るのも良い事だと思います。オマージュばかりでは困りますがね。

 ではまた。

 
用心棒
2006/06/15 18:20
用心棒さん、こんばんは。
20数年ぶりにレンタルして観てみました。
やはり、素晴らしい!
誰でもそうかもしれませんが、私は雪姫の強烈な個性に最も魅力を感じます。
男女共同参画の社会を目指すならば、あのような女性リーダーを育てるべきでしょうね。
気品があり、強くて美しい、弱者へのヒューマニズムを徹底し、現実から眼をそらさず学習し勇敢に行動できるリーダー。
一国を統治する器は年齢や性別を超越します。しかも実に日本的ですよね。いい意味での封建のキャラクターだと思います。
また、火祭りのシークエンスも素晴らしいです。あのような土着の文化を映像として最高レベルまで引き上げることが出来る才能には感嘆するしかありませんよ。「夢」の「水車のある村」の農民たちの歌・踊りを想い出しました。
今回印象に残ったのは、雪姫が助けだした農民の娘さんが主に対して真心を尽くして仕える姿でした。憎めない個性ではあるものの千秋実、藤原釜足の卑小で情けない二人、敵方からの裏切りとは言え藤田進の行動などと対比すると黒澤明のフェミニズムが実にうまく表現されていると思いました。
では、また。
トム(Tom5k)
2015/10/21 01:02
 こんばんは!おひさしぶりです。

ようやく暑い季節も去りましたが、周りは急な天候の変化についていけない人ばかりで風邪を引いているのが多いですよ。お気を付けください。

 この映画は『七人の侍』とともに観れば良さがわかるさと言える数少ない作品の一つです。黒澤映画での女性の描き方は極端な性格であることが多くて批判されがちですが、雪姫については表面上はギャアギャアわめいているように見えますが、内面は優しいお姫様なのだろうなあというのが身代わりになった三船の妹や売られてしまいそうな村娘への気遣いから分かりますね。

ぼくも政治家や大きな組織のリーダーという職業?はリアリストの女性の方が向いていると思います。FRBもIMFもトップは女性ですし、ドイツのメルケル首相がギリシャ危機の時にチプラス(ミスター・ビーンを思い出す。)をにらめ付けている様子に「いいぞ!いけいけ!」と思いながら、テレビを見ていましたよww

ではまた!
用心棒
2015/10/22 00:23

コメントする help

ニックネーム
本 文
『隠し砦の三悪人』(1958)一作で燃え尽きた、上原美佐の一世一代の大仕事。 良い映画を褒める会。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる