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zoom RSS 『虞美人草』(1935)なんせ、音が酷すぎる。ただ、現存しているだけでもありがたい。

<<   作成日時 : 2006/04/03 10:54   >>

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 『虞美人草』は1935年製作ということで、その当時の多くの映画と同じく、大戦の戦火に焼かれたものも多く、溝口作品も含めてほとんど残っていない。その大火の中で生き抜いてきた、戦前の作品だったために、かなり期待して鑑賞することになりました。

 結果としては、巨匠の名前倒れの作品であり、期待は見事に裏切られました。1935年というと、徐々に軍部の検閲がきつくなりつつあったこともあり、本来は自分の思うままに、墜ちていく女の情念を描き出していくのが得意だった溝口監督にとっては、とても窮屈な時代でありました。

 溝口監督は器用なようで、実はあまり時代の流れに乗るのが上手いとは思えない。彼が時代を読む時、大抵は失敗して、嘲笑される傾向がある。軍部に迎合して作った、戦時中の作品はことごとく駄作であり、50年代に復活するまで10年以上スランプが続いていきました。

 物語自体は原作が、かの明治の文豪、夏目漱石ということもあり、原作のような美しくも、苦悩に満ち満ちた男女の葛藤と、先端と伝統との考え方の軋みを描いてくれるものと期待していました。

 溝口監督は小説で大当たりを取った作品を映画化することも多く、この『虞美人草』以外にも、吉川英二の『新 平家物語』、菊池寛の『宮本武蔵』、谷崎潤一郎の『芦刈』を下敷きにした『お遊さま』、そして森鴎外の『山椒大夫』などが映画化されています。

 また江戸時代に庶民に親しまれていた井原西鶴の『好色一代女』から作られた『西鶴一代女』、同じく近松門左衛門の『大経師昔暦』をベースにした『近松物語』などもあり、彼が撮りたかった世界が墜ちてゆく女の情念と葛藤、最下層の住民の苦しみであると理解するのは、そう難しい事ではないでしょう。

 黒澤明監督と違い、彼には『男の世界』や戦いを描けないのです。『宮本武蔵』、『元禄忠臣蔵』を見れば、いかに彼がこういったものに不向きかが、すぐに理解されるはずです。その代わり、溝口監督には黒澤監督が苦手とする女の世界を描かせれば、世界でも屈指の才能がありました。残念ながら、この作品にはあまり出てはいません。

 具体的には、男一人に女二人の三角関係に加え、夏川と月田の男二人で令嬢の大倉を挟み込む三角関係という二つの三角関係を中心に物語として展開させ、それに異母兄妹と継母の関係、師弟関係の温度差を絡ませて広がりを出していきました。

 そこまでは良かったのですが、いかんせん尺が短すぎるためか、物語の登場人物たちに人間としての深みが足りず、本来描きたかったのであろう男の変節と忘恩、女の無知と高慢からくる悲劇についての物語の焦点がぼけてしまっている様に感じました。

 今まで見てきた作品の中では、「え〜っ!これも溝口なの?」という意外な作品でもありました。特に列車に飛び乗った後のシーンは、むしろ丸ごと全部無かったほうが良かったのでないかと思うほどでした。現存するものからは、ラスト・シーンが消失してしまっているため、尻切れトンボになっていて、訳が判らなくなっているのです。

 本来原作にあった通り、この映画の消失してしまったラスト・シークエンスは藤尾の自殺と葬式で幕を閉じますが、まったく原作についての知識がなく、これを見たならば、評価が曇るかもしれません。

 写真としてはさすがに美しさの片鱗は見せてくれていました。ただあまりにもひどい音響が興をそぎました。焼失してない訳ですし、見れただけで良しとします。
総合評価 52点

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんにちは。
 実は夏目漱石が大好きです。戯作的な味を脱し、近代小説へのスタートを切った「虞美人草」は西洋文学と同じ視点を持った最初の日本文学と言える傑作で、個人的に非常に気に入った記憶が残っています。
 かつて観た「浪華悲歌」の音も相当ひどかったので、推して知ることができますが、仕方がないでしょうね。観ることが出来ただけで良しとしなければ。
 いずれにせよ、基本的に心理小説である漱石の映画化は難しいですよね。森田芳光の「それから」は成功した部類。僕のイメージとは大分違いましたけれど。
オカピー
2006/04/05 16:38
 こんにちは。日本文学も好きなんですね。僕も古典が好きで『史記』、『三国志』、『論語』、『呻吟語』、『韓非子』などの中国哲学、西郷隆盛が残した『西郷南洲遺訓』、吉田松陰の『留魂録』などの日本の古典や、それを解りやすく解説した安岡正篤の文献をよく読んでいました。
 その他にも『鬼平犯科帳』、『宮本武蔵』などの時代小説、トーマス・マンなどの外国物も学生時代には読んでいました。
 思い入れの強い物を映画化されたときは、どうしても情報量が少ない映画の限界を感じると共に、反対に映画ならば3秒で表現し得るシーンに、100語以上かけることもある小説のまどろっこさを感じるときもあります。
 両方の良さを楽しめばよいのでしょうね。ではまた。
用心棒
2006/04/05 19:30
 こんにちは。またお邪魔します。
 十代の頃は映画も観ましたが、とにかく本も読みましたよ。
 最近映画に物足りないものを覚えることが多くて昨年から再び古典を読み始めました。その中には「論語」や「孟子」も。そうそう、「詩経」という世界で一番古い(?)詞華集がありますが、これが映画的で素晴らしいんですよ。対位法と時間経過を巧く使っていまして、用心棒さんならその素晴らしさはご理解戴けると思います。
 大学ではロシア語を専攻した、ロシア文学学士であります。当然有名なところは一通り読んではおります。好きなのはチェーホフとプーシキン。フランス文学、英国文学も好み。
 マンは「トニオ・クレーゲル」。「魔の山」は今年中に読みます。
 日本文学は漱石を筆頭にやはり戦前くらいまでが良いですね。最近の日本文学はリズムがなくてつまらないです。

 「失われた時を求めて」という大長編がありますが、映画なら3秒で表せるシーンに10ページくらい使います。一段落が20ページくらいあるところもあるので、驚きます。友人の奥方に「やだあ、読んでないの?」と言われ一発奮起して読みました。
オカピー
2006/04/06 15:38
 おお、四書もお読みでしたか。戦中派ならともかく、今の世代では、なかなか読んでいる方が少ないのが現状だと思います。
 修身などは軍国主義教育の中で、恣意的に使われる事が多かったためか、本来の良さが顧みられる事もなく、全否定されてしまっているのが非常に残念です。
 『詩経』は大学生の時に読みましたが、おおらかで素直な表現が多く、意外な感じがしましたが、かなり楽しみました。わが国の『古今和歌集』も好きで、岩波文庫で買いました。   花々、草木など花鳥風月の自然の様子を、技巧に走ることなく、切り取った詩の数々には素直に「いいなあ」と思います。
 マルセル・プルーストのあの作品には、学生の時に挑戦しましたが、見事に跳ね返されました。外国文学というとヘミングウェイ、シェイクスピア、カフカの有名どころ、日本文学はといえば、太宰治全集、村上龍の作品群は読みましたねえ。
 小説などを読み出すと、どっぷりとはまってしまうため、映画を見る時間がなくなってしまいます。ではまた。
用心棒
2006/04/07 00:04
 こんにちは。
 「古今和歌集」は昨年久しぶりに味わってみました。「万葉集」の野趣に比べれば洗練されていますが、後世のものよりはずっと素朴で歌心がありますね。「新古今」もいずれ味わってみようと思います。

 ところで、「暴走機関車」に、ひどいコメントがありますね。黒澤だけでなく、用心棒さんへの中傷です。僕の「コラテラル」評にも似たレベルのコメントが寄せられました。この手の共通点は、根拠が示されないこと。こういうのを読むにつけ、未熟な人間が増えてきたなあ、と思います。
オカピー
2006/04/08 14:29
 こんばんは。『古今集』、『万葉集』、『平家物語』などわが国の古典には読むべきものが多くあります。古典を味わうことなく、通り過ぎるのはもったいない気がしますね。
>「暴走機関車」
黒澤サイトのほとんどが誹謗中傷により、閉鎖、もしくは休業状態に追い込まれてしまいました。お名前を明かす事はできませんが、何人かの、かつて共に黒澤サイトにコメントしていた方々とは、今もメールなどで連絡を取り合い、このブログを運営している事もお知らせいたしました。みなさん、温かく見守ってくださっています。
 意図的に黒澤明監督を貶める輩がいる事は承知しております。悪口を書くならば、自分でサイトを立ち上げればよいのです。
 ブログというものは個人の『家』、もしくは『たまり場』ですので、他人の家に土足で上がりこみ、ゴミを撒き散らして平気でいるような無神経な者がいることは驚きであります。
 ブログでは映画の見方、知識、思い出など楽しい話についての実りあるやり取りをしていきたいですね。
 いつも興味深いコメントを下さる、オカピーさんや和登さんには感謝しております。ではまた。
用心棒
2006/04/08 23:13
こんにちは。
本作をやっと観ることができました。
いつもながら溝口作品のビデオを再生し始めた瞬間というのは、独特の高揚感を感じます。

さて、原作の夏目漱石の同名小説を残念ながら読んだことがないのですが、他の漱石作品はいくつか読んだことがあります。
元々日本近代文学は好きな方でして、小さい頃から好んで読んでいました。
特に、その中でも漱石作品は大好きでしたね。

その原作を溝口健二が撮ったということで、かなり期待してみました。
保存状態は悪かったですが、おっしゃる通り、現存しているだけでも非常にありがたく感じました。
比較的、個人的にはストレートに楽しむことができました。
原作を読んでいないからかもしれませんね。
にじばぶ
2007/06/04 09:29
 にじばぶさん、こんばんは。おひさしぶりです。溝口作品では常に大きな驚きか、全くの期待外れかの両極端を楽しむ余裕を持つべきかもしれませんね。
 最近ではツタヤで溝口作品のDVDコーナーまで登場するという隔世の感を味わっております。残念なのはあまり借りられていないことです。若い人がウロウロしていると思わず「借りろよ!観ろよ!」と言いたくなることもあります。言えませんけど。
 ではまた。
用心棒
2007/06/04 23:54
用心棒さん、お久しぶりでございます。
今回の更新記事でにじばぶさんとの対談を掲載しています。また、こちらへ直リン貼らせていただきました。事後報告ですみません。
お暇なときに覗いてみてください。
では、また。
トム(Tom5k)
2007/06/19 01:01
 トムさん、こんばんは。
にじばぶさんとの対談ですか!楽しそうですね。あとで遊びに伺います。ではまた。
用心棒
2007/06/20 01:16

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