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zoom RSS 『学生ロマンス 若き日』(1929)小津安二郎監督の現存する最古の作品。サイレントって、良いです。

<<   作成日時 : 2006/02/14 17:23   >>

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 小津安二郎監督、1929年製作作品にして、保存が最悪だった日本映画会社の倉庫内で、よくぞ残っていたという程、現存していること自体が奇跡に近い、まさにお宝映像です。当時は消費製品であり、地位も低く、不良のたまり場のように言われていた映画と映画界の状況にあっては、上映した後の作品などは、まさにただのゴミでしかありませんでした。

 その流れの中にあっては、戦前の偉大な監督であった山中貞雄監督作品などは『人情紙風船』、『河内山宗俊』、そして『丹下左膳余話 百萬両の壷』のわずかに3作品しか残っていません。溝口健二監督作品もしかりで、『狂恋の女師匠』、『日本橋』などの50本以上の作品が全く残っていません。残っているものでも完全なフィルム巻数ではなく、中途半端に残っているものも多い有様です。

 黒澤明監督の『姿三四郎』も完全な形ではなく、紛失している部分もあります。勿論ここで採り上げる小津安二郎監督作品も例外ではなく、初期作品のいくつかは失われてしまっています。関東大震災や太平洋戦争時の空襲による影響はあったにせよ、日本には映画を文化だと理解する土壌はなかったのです。

 この作品はサイレント作品であり、たまにサイレント作品でも付いているような弁士による解説も、楽団によってつけられた音楽も全く付いていません。完全な無音映画なのです。そもそも映画の本来あるべき姿は、観ただけで内容が理解できることだと思います。

 なかでも、サイレント作品は、その映画の本分を存分に発揮しました。映画ならではの映画表現、映画言語が最も研究されて、1920年代までには、先人達の試行錯誤の末に、洗練された映画表現のほぼ全てが出揃いました。芸術表現としては、この時期にはまさに最高潮を迎えていました。

 その後のトーキーによって得られた「音」、そして40年代になって得られた「カラー」、昨今に得られたCG(特撮もあえてここに含めておきます)などいろいろな表現の拡がりを持つことになった映画ですが、これら3つは活動写真という原点からすると、映画の本質とは本来無関係なものです。

 かえって演劇的かつ文学的影響も入り混じる「台詞」や「効果音」、過度の情報により作品のショットの意味を惑わして減じさせる「カラー」、見た目だけに頼った無意味なCG(特撮)は製作者のレベルの低下と観客のイマジネーションの減退を生んだのではないだろうか。もっと言えば、文学や演劇を映画の形をとりながら、上映していたに過ぎないのではないだろうか。

 仮に今見ている「映画」を、音を絞って無音にして見たいただきたい。果たして、映像だけで作品を理解できるだろうか。本来出来るべきなのが映画であり、出来ないのは監督が「言葉」と「音」に頼り切っているか、映画表現のテクニックを研究していないかのいずれかに当てはまる。昔の映画作家を否定して、自分よがりの作品を垂れ流す輩が多く跋扈していますが、どうか惑わされずに、ただボリュームを下げて、それらの今、一世風靡している我が物顔の監督達の作品を見ていただきたい。過去を否定するのは勝手だが、観客に誤解を与える言動はすべきではない。

 日本が世界に誇る3人の巨匠のうち、小津安二郎監督、溝口健二監督はサイレント作品も多く残しています。つまり映像表現を磨いてから後に、トーキー作品に移行しています。出遅れた黒澤明監督も、兄が弁士を務めていたことからも明らかなように、映画との出会いはサイレント映画でした。なかでもアベル・ガンス監督の『鉄路の白薔薇』には深い感銘を受け、監督になる志を立てたことは有名です。

 後の作品である『夢』でも汽車へのオマージュを捧げています。彼はジョン・フォード監督に心酔していた事でも有名でした。なにはともあれ、3人の巨匠が全員サイレントを経験していたからこそ、世界中の人々に理解できる映画表現を駆使して、自分の哲学を映画で表現できたのではないだろうか。

 前置きがあまりにも長くなりすぎましたが、これより作品のことを話していきます。この作品は勿論サイレントであるために全く音は無いのですが、音を感じる不思議さは言葉で言いようのない、まさに見て見なければ判らないとしか言えません。

 何気ない学生生活を写し取っただけに過ぎないのに、この作品からは活き活きとした登場人物の感情、息使い、下宿のむさ苦しい臭い、そして生活音が聞こえてくるようなのです。五感に訴えてくるまさに映画なのです。物語としては、単純な男二人と女一人のスキー場でのラブ・ロマンスとコメディーをミックスした青春ラブコメディでした。昭和初期という時代背景において、早稲田の学生が軽井沢にスキーに行って、三角関係の青春を謳歌する内容は、斬新であり、新鮮な作品として若い世代からも支持されたのではないでしょうか。ハイカラなスキーというスポーツ、バンカラな早稲田の気風を上手く採り入れた作品です。

 面白いくだりが山のようにある作品で、「貸間」の札を掲げておいて男なら断り、女性なら部屋に引き込んだりする場面、後期試験の点数を教授別に皮算用する場面、スキー場でのナンパシーン、後からわざと女性にぶつかり、美人なら雪を取り払う振りをしながらお尻を触りまくるシーンには爆笑しました。ちなみに不美人の場合には「失礼。」の一言で立ち去っていきます。男同士で女性の取り合いをする一連のシークエンスもコメディー・タッチで描かれていて、チャッップリン映画を見ているようでした。

 邪魔されないように、相手のスキーを谷底に向けて放り投げて取りに行かせたり、戻ってきても倒れたライバルのスキーを埋めて動けなくしてみたり、ライバルが用意したお茶を横取りして女性と一緒にティー・タイムを楽しんでしまう主人公。真面目な学生とは到底思えない行動をひたすら繰り返します。ライバルの表情がとにかく情けなく、途中からバスター・キートンのような無表情からは愛おしさすら覚えます。

 主人公は初期チャップリン映画でのちょっとずる賢いチャップリンのようであり、ライバルは悲惨な道化のようなキートンを思い出させました。まさに喜劇王同士の共演のような錯覚がありました。小津安二郎監督の持っていたコメディーセンスには感服します。最終的には二人とも彼女に手玉を取られてしまい、しょんぼりして帰途に着く主人公たちですが、彼女への失恋と新たな生活へと切り替えていくテンポある展開の速さは素晴らしい。

 テクニック的に見ていくと、スキーをしながら、滑って転ぶシーンでの主観ショットによる撮影はとりわけ素晴らしい。当時の一般の人々の中でどれだけの人がスキーをしたことがあったのだろう。それを疑似体験できる主観ショットのアイデアは斬新なものでした。画面の前方と後方で同時に芝居を行うマルチレベル・アクションを狭苦しい日本家屋で行うのは困難を極めたものだと思いますが、しっかりと芝居がなされています。

 また小津監督作品と言えば、話の合間に挿入される何気ないクッションとなるショットや英語表記の看板などのショットが、既に何度もつなぎに使われていました。恋の進行状況を示す『第七天国』のポスターの使い方にもセンスを感じました。大日本帝国時代でもありました当時であれば、キス・シーンなどは勿論ご法度だったでしょうから、苦肉の策としてあのような表現を用いたことと推察します。表現は、規制が強ければ強いほど、より本質を表そうとする新たなアイデアが生まれるのかもしれません。

 特筆すべきものは他にも多々ありますが、その中でも最も印象に残っているのが、オープニングとエンディングで示されるエスタブリッシュショットでの「パン(カメラを固定した後に、左右に水平に振ることです。)」の用い方です。オープニングの時には遠くから徐々に何回もパンを繰り返し、登場人物の住む下宿に観客の視線を誘導していきました。エンディングはその反対に徐々にパンを繰り返して、遠ざかっていきました。

 小津安二郎監督作品としては、あまり有名な作品でもなく、忘れられがちな作品だとは思いますが、むしろこうした作品にこそ、監督の個性が溢れているのではないでしょうか。個人的にはかなり楽しめました。サイレントって、良いんですよ。
総合評価 88点小津安二郎 DVD-BOX 第四集
小津安二郎 DVD-BOX 第四集

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
TB致しましたが、反映されませんので宜しくお願い致します。

映画についての一般論ですが、全くその通り。我が意を得たりです。<映画=サイレント映画>論はスピルバーグも全く同じことを言っていますね。

この作品はやはりオープニングの環境描写が印象的ですね。
オカピー
2006/02/19 14:48
 オカピーさん、こんばんは。TBとコメントをありがとうございます。反映させていただきました。

 最近、小津監督作品を見ることが多く、見るたびに唸っている次第です。最高の監督ですね。まさに、小津、溝口、黒澤の順番であると確信するようになっています。まあ、大それた言い方かもしれませんが、彼ら三人の中では、最高傑作を多くモノにして、ハズレの少なかったのが小津監督、優秀作を量産したのが黒澤監督、最高傑作も多いが、駄作も多いのが溝口監督といったところでしょうか。

 寂しいことに、この三人以来、彼らを凌駕する作品を量産している人は皆無です。

 ではまた。

 食わず嫌いはいけませんね。
用心棒
2006/02/20 01:29

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